8.男の娘という名の禁断の果実
「思ったよりは楽だったな……」
俺はベットに腰かけて息を吐く。
疲れた体が風呂で温まり、眠気を誘っていた。
そう、フィーネが去った後、俺とロッテは一日かけて洋館を片付けていた。
日本の2階建てアパートを倍にしたくらいの大きさだろうか。
掃除には時間がかかると思っていたが、盗賊がいた部屋以外はあまり使っていなかったらしく、思っていたよりも早く片付けることができた。
……ちなみに落とし穴は既に埋めてある。
中に入っていた盗賊たちは、縛ってフィーネが連れて行った。
どうせ儲け話が上手くいけば大金が手に入るんだから、そのまま埋めとけばいいのに……。
ともあれ洋館を片付け、穴を埋めた俺とロッテは疲れた体を癒すために風呂に入ったのだった。
服も大分汚れていたので、今は掃除のときに見つけたシャツとズボンに着替えている。
漫画とかだと一緒に入ってあんなことやこんなこと――という展開なんだろうが、そんなことにはならなかった。
……まあ、結婚すればいくらでもできるし、今はいいか。
「ふぁ……」
ともあれ。
眠気に侵食されてきた頭で考える。
明日にはフィーネが金をもってやってくるはず。
結婚式っていくらくらいかかるんだろ……。
ていうかこっちの世界の結婚式ってどんなんなんだ?
親御さんにもあいさつに行かないと……いや、奴隷だからそれはないか。
ああ、風呂から帰ってきたらロッテの意見も聞かないとな。
とりあえず婚姻届けだけでも先に出して……。
……結婚……。
そこまで考えたところで、意識が闇に落ちた。
◇◆◇◆◇
……まぶたをこすり、目をぱちぱちと瞬きする。
しかし見える風景は変わらない。
顔、顔、顔。
俺の視界をロッテの顔が占めていた。
「うぉぁ!?」
俺は驚いて勢いよく後ずさり――しようとして頭を思い切り枕にぶつける。
……そうか、俺はベットであのまま寝てしまって――。
回ってきた頭で思い出す。
でもなんでロッテが俺の上に……?
「あのー、ロッテさん?」
「なんです?」
「あの、なんで俺の上に乗ってるんですかね?」
「だって……結婚するんですよね。結婚って要は番になるってことでしょう?」
「番って……」
湯上りだからか、上に乗った彼女から石鹸のいい香りが漂ってくる。
上気した頬に湿った唇、その瞳はうるんでいるように見えた。
やばい、理性が……。
顔から視線をそらすと、メイド服の隙間から胸の肌が見え隠れしていた。
ごくり。
唾をのむ音が大きく頭に響く。
「そ、そうだ」
「はい?」
「ロッテ、お前は俺のどこがいいんだ?」
「どこって……」
「えーと、結婚っていうのはあれだ。お互い好きなもの同士がするもので……」
「だって、ご主人様はボクのこと助けてくれたじゃないですか。それに……」
言いながらロッテは俺の右手を優しく包み込んでくる。
やわらかい……。
女の子の手ってこんなにやわらかいものなのか!
彼女はそのまま俺の右手を撫でながら、耳元で囁いてきた。
湿った吐息が俺の耳を撫でる。
「この紋章、それにあの魔力。名のある魔族様とお見受けしました」
「魔族?」
「ええ、ボクたちダークエルフは本能的に力あるものに魅かれますから。」
「ダークエルフ……」
ロッテはダークエルフ……。
言われてみれば褐色の肌に銀色の髪、尖った耳。
結婚で舞い上がっていて気づかなかったが、それは昔読んだ小説のダークエルフそのものだった。
魔族と結婚……。
――いや、俺も今は魔族なのか?
ていうかあの紋章は何なんだ? 名のある魔族……?
考える俺の頬に、ロッテが頬をゆっくりと重ねてくる。
その柔らかな頬からじんわりとその体温が伝わってきた。
彼女の湿った髪がこぼれて俺の顔に触れる。
「ねえ、ご主人様……。ボクじゃ、嫌ですか?」
「いや、その……」
何か言おうとするが、口も頭も回らない。
心臓の音がうるさい。
なんだこれ。
俺はどうすればいいんだ。
いや、結婚したら毎日やるんだしこれでいいのか!?
ふいに彼女が顔を動かすと、鼻と鼻がかすかにぶつかり、唇と唇が触れそうになる。
近い……。
俺の吐く荒い息とロッテの柔らかな吐息が混ざって唇を湿らせる。
彼女は固くなった俺をほぐすように手を下に伸ばしていき、もう片方の手で俺の手を優しく掴む。
こそばゆい感覚が首から胸、そして腹のあたりへと移動していくのを感じる。
「緊張してるんですか?」
「……いや、その……」
「大丈夫です、ボクも。ほら、心臓がドキドキいっています。……ね?」
ロッテはそう言うと俺の手を自分の胸に押し当てた!
手のひらに伝わるやわらかい感触。
これが女の子の――って、あれ?
確かにやわらかくはある感触、しかし俺はその感触に大きな違和感を感じていた。
……ない。
あるはずのものが……ない!?
そんなまさか、いやしかし……単純にないだけなのかもしれない。
そうだ、ならあっちは――。
でもどうやって確かめる?
さすがに触るわけにはいかないだろう。
――いや、この流れなら許される!
俺はその違和感を払拭するために、もう片方の手でロッテのスカートに手を突っ込んだ。
そして感じる、あるはずのない感触――。
そんな、まさか……
「おまえ……男か!?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ?」
俺の声にならない問いに、しかしロッテはあっさりと答えたのだった。
男……。
なんだこれ、どうなってるんだ?
異世界に転生して結婚できると思ったら、実は男の娘でしたって? 冗談じゃない!
いや待て。こんなかわいい娘が男のはずがない……。
だが男だ。
今までに出会ったどの女よりも女らしく可愛いのに……。
だが男だ。
こんなにメイド服が似合っているのに……。
だが男だ。
空が……青いな。ここからじゃ見えないけど。
だが――男だ。
今度は別の意味で固まった俺。
ロッテはそんな俺の顔を撫でながら囁いてくる。
「男じゃ駄目ですか……? ホク、女なんかよりよっぽどご主人様を満足させられますよ?」
「満足って……?」
「ボクは元々、貴族の男婦として人間側に潜り込む予定だったんですよ。……初任務でいきなり盗賊にさらわれるとは思ってなかったですけど」
「そりゃ……災難だったな」
「だからぁ……女なんかよりよっぽどご主人様のことを愉しませられるんです」
「た、愉しむ?」
「そう、あーんなこととか、こーんなこととか……」
あーんなことって何だ?
こーんなことって、どんなプレイをする気なんだ!?
いや、落ち着け……確かにこいつは可愛いし、しかもエロい!
だが男だ。
いや、けど確かオランダだと同性婚ってできたよな。
もしかしたらこの世界では普通なのかも……。
……あれ? 男じゃ駄目なのか?
子供作らなければ男でも問題ないよな?
養子をとるっていう手段だってある。
あれ? 問題ない?
「ほら、ご主人様。早く……」
ロッテは言いながら俺の服を少しずつ脱がしていく。
いいのか?
このまま流されていいのか、俺!?
悩む間にも俺を脱がす手は止まらない。
いいのか!? 俺の初めてが男で本当に――!?
しかし、その答えが出る前に――
「大変よ! 大変なのよぉぉぉぉ!?」
勢いよく部屋に飛び込んできたフィーネによってそれは中断されたのだった。