9.壁という名の出入口
「――で、強いのか? こいつら」
「……まあ、それなりに」
斬りかかってきたミノタウロスは、俺の放った魔法によってあっさりと倒されたのだった。
確かにあの身も凍るような叫び声にはビビったし、思わず札を取り落としそうになったが……まあ、魔法で一撃だわな。
「てことは、調査隊はこいつらにやられたのか?」
「んー、強いって言っても普通の冒険者だと苦戦する程度だし……別のやつじゃないかしら」
「かー……」
地下へと続く階段を降りること10回、俺の声にも疲労がにじみ始めていた。
とりあえず動くものを見たら片っ端からふっ飛ばしているのだが……帰りのことを考えると気が重くなる。
ゴーレムに乗って帰ろうにも罠にかかった瞬間、ゴーレムは無事でも俺が死ぬし。
ちゃんとゴーレムを盾にして慎重に進まないと危ない……とはいえだるい。
「なあ、魔力球ってどんなもんなんだ?」
俺の問いかけに、しかし帰ってきたのは微かな振動のみ。
後ろを歩くフィーネから返事はない。
「おい……」
振り返るとそこにはただ暗い通路が広がるのみ。
別に誰に問いかけられたというわけでもないが、とりあえず思いついたことを口に出してみる。
「1、モンスターにさらわれた、あるいは食われた」
モンスターに襲われたというのが一番ありそうだが、だったらなぜ俺は無事なのか。
更に言うと、襲われたなら声の一つも上げていいものだが、俺は何も聞いていない。
気になるのはさっきの振動だが……。
「2、罠を踏んで別の場所に移動した」
一番ありそうなのがこれか。
問題はどんな罠を踏んで、どこへ移動したか、ということだ。
落とし穴……であれば、ゴーレムが上を通った時の音でわかるから違うはず。
それ以外だと……
「回転床、とか?」
子供のころに行った遊園地のことを思い出す。
あれは掛け軸を引くと壁が回転して隠し部屋に行けるというものだったが、さてさて……。
魔力の光を強め、来た道を戻りながら注意深く壁を見てみる。
「――ここか」
壁の模様に混じって分かりづらいが、よく見てみると壁に薄い隙間があるのが見える。
さて、これを動かすスイッチは……と。
俺は少し考えると壁から離れ、ゴーレムに指示を出した。
ゴーレムは腕を大きく振りかぶると――壁に向かって勢いよく殴りかかる!
今度は大きな振動。
壁の破片がピシッっと音を立てて顔に当たる。
「うし、成功!」
仕掛けがどうあれ、壁を壊せば通れるのが分かってるのだから壊せばいい。
別に自分のダンジョンじゃないし。
「おーい、生きてるか?」
土埃が収まるのを待って壁の奥に入ると、腰を抜かしたのかフィーネが呆然とした表情で床に座り込んでいた。
大当たり!
ちなみにその3はフィーネは実は存在せず、俺は一人でダンジョンに潜っていた――だったが、まあ外れていてよかった。
寂しさのあまりに架空の人物を作り出すというのはよく聞く話だが、それで作られたのがフィーネだとしたらあまりにも空しすぎる。
そんなことを考えていると、フィーネが我に返ったのか勢いよく立ち上がり――
「ちょっと、危ないじゃない!」
「何がだよ」
「破片で怪我したらどうするつもりだったのよ!」
「ああ、そのことか。大丈夫、ちゃんと破片で怪我をしないように距離をとってから破壊したぞ」
「あんたのことじゃないわよ!」
言って噛みつかんばかりのフィーネ。
俺は片手で彼女の頭を押さえると、飛んできた唾をフィーネの服でこっそりとぬぐった。
「ちゃんとお前のことも考えてるさ」
「……本当に?」
「ああ、お前なら俺がこうすることを予測してちゃんと横に避けてくれてるって信頼してたからな」
「そ、そう。そうね、まあ分かってたけど?」
「それにモンスターに襲われでもしたらと思うと居てもたってもいられなくてな」
「……まあ、あんた一人じゃ何もできないものね」
機嫌が直ったのか、にやけた顔を浮かべるフィーネ。
……馬鹿でよかった。
ちなみに運悪くフィーネに当たる可能性も考えてはいたが、まあその場合は回復なり蘇生なりすればいいやー程度に思っていた。
とりあえず自分が死なない限りは魔法で何とかなるし。
「ほら、先を急ぐわよ!」
「だから先行くなっての!」
ついさっき罠にかかったばかりだというのに、全くもって懲りてない……。
手を引っ張り歩き出そうとするフィーネを押さえ、俺はゴーレムを前に立たせる。
先頭にゴーレム。
そして少し離れたところに手を繋いだ俺とフィーネ。
通路の奥には薄っすらとした光と、恐らくはモンスター。
繋いだ手は温かかったが、何故か俺は背中に寒気を覚えたのだった……。