2.意識改革という名の洗脳
「モテたいかー!」
「「おお-!!」」
「俺たちはモテる!」
「「俺たちはモテる!!」」
……俺はいったい何をしているんだろう。
腕を振り上げ、声を張りながら俺の中の冷静な部分が声を上げる。
一週間泊まり込みのモテ講座。
Dr.モテランゲなる人物が主催する講座に参加したは良かったが、胡散臭さが邪魔をしていまいち入り込めていない。
彼は丸いサングラスに白衣という格好で、胸元のアクセサリが光を受けて輝いていた。
「そこの君、もしかして胡散臭いと思ってないかい!?」
「え、俺!? いや、そんなこと……」
顔に出ていたのか、俺はいきなり指差されて慌てふためいた。
モテランゲは構わず俺の腕をつかむと、ぐいっと引っ張って皆の前に連れ出していく。
「これはね、気持ちの問題なんだよ」
「気持ち?」
「ああ、君たちは自分がモテないと思ってしまっている。そうなるとどうなるか?」
「……どうなるんでしょうね」
「本来君たちはもっと魅力的な人間なんだ! それなのにモテないと思うことで本来持っている魅力がくすんでしまっている。だからまずはモテないという固定概念を捨て去って本来の魅力を出せるようにすることが重要なんだ!」
「モテない……固定概念……」
言われてみれば俺も、小学生の頃とかはもっとモテていた気がする。
それがいつからだろう……振られ、捨てられ、モテないことが当たり前になっていた。
そう、俺はモテない人間じゃない、もっとモテる、魅力がある人間なんだ……!
「そう、君たちは魅力的な人間なんだ! さあ、もう一度!」
「「俺たちはモテる!」」
「俺たちは魅力的な人間だ!」
「「俺たちは魅力的な人間だ!」」
そう、俺は魅力的な人間なんだ……!
汗が流れ、腕を振り上げるたびにはじけ散る。
溢れる熱気にこの一体感。
ああ、こいつらとなら何でもできるような気がする……!
「先生!」
「ドクターと呼びたまえ」
「ドクター! 俺たち、これでモテるんですね!」
「いや、それはないな」
「んなっ!?」
予想外の言葉に会場の熱が一気に冷めるのを感じる。
モテランゲは、生徒からの殺意すらこもった視線を軽く受け流しながら言葉を続けた。
「君たちはまだ入り口に立ったに過ぎない」
「入り口?」
「ああ、考えてもみたまえ。君たちは恐らく生まれてこのかた女に縁がない生活だったのだろう。彼女いない歴イコール年齢なのだろう。そんな人間が心構えだけでモテるようになるほどこの世の中が甘いと思うのかね」
「それは……」
「だけどドクター、それじゃ俺たちはどうすればいいんですか!」
「慌てるな諸君、まだ初日だ。これから一週間、俺のモテテクニックをみっちり泊まり込みで教え込んでやる」
「ドクタ……!」
モテランゲの自信にあふれた笑みに、再び会場の熱気が上がっていく。
――と、モテランゲがポンと俺の肩に手を置くと、
「ところで君」
「はい」
「君はなんでモテたいんだい?」
「なんでって……」
なぜモテたいか?
聞くまでもない、俺は――
「結婚したいからです!」
「そうか、それはいい心がけだな。ただ結婚するだけならモテる必要はないが、より良い相手と結婚するにはモテないことには相手を選べないからな」
「はい!」
そう、俺は結婚をしたいんだ。
そのためには出会いが必要だし、その出会いをモノにするためにもモテる必要がある。
モテランゲは俺の肩から手を離すと、前列にいる男を指差して同じ質問をした。
「君はなんでモテたいんです?」
「女の子にチヤホヤされたいからです!」
「君は?」
「美人と付き合いたいからです!」
「君は?」
「……」
全員がその質問に答え終わると、会場は妙な一体感に包まれていた。
それもそうだ、なぜモテたいかなんて言う恥ずかしい質問に本音をさらけ出したのだ。
ここにいる全員は仲間――そんな空気が会場を包み込んでいた。
「さて、それではモテテクニックについてだが――」
「はい!」
「今日はもう遅いし、明日にしよう」
「そんなっ!? 俺たちまだやれます!」
モテランゲの言葉に、俺も含めた生徒全員が抗議の声を上げる。
今なら何でもやれる!
そんな熱気に圧され、俺たちは彼に詰め寄ったが――
「馬鹿野郎!!」
モテランゲの罵声が会場に響く!
彼は勢いに任せて机をバンッと叩くと厳しい表情で会場を見渡したが、ふと表情を和らげてゆっくりと俺たちを見渡した。
「いいか、モテるためには体調管理も大事なことの一つだ。お前は風邪でヘロヘロの人間がモテるとでも思っているのか?」
「……すみません」
「分かればいい、自分を大事にできない人間がモテると思うなよ?」
「はい!」
その言葉に納得した生徒たちが会場から出て、それぞれの部屋に散っていく。
こうして俺たちのモテ教室の初日は幕を閉じたのだった。