1.絶望という名の始まり
「ねえねえ、そこの彼女……」
「すみません、急いでるので」
8人目。
俺の言葉を遮って、女は早足で目の前を去っていく。
始めたころにはまだ薄っすらと差していた日差しも、今では真上から煌々と俺を照らし出していた。
大丈夫、まだ勝負は始まったばかりだ。
「良かったらお茶でもいかがですか? 奢りますよ」
「あら、ありがとうございます。この辺りに行ってみたい店があるんですけど……残念、正装じゃないと入れないんですよね」
「すぐ着替えてきます!」
……10分後、服を買って戻ってくると彼女はそこに居なかった。
きっと何か用事があったんだ――親が危篤とか。
なら仕方がない。
17人目。
少し前までは真上にあった太陽も、今では赤みがかった光で俺を優しく照らし出していた。
「大丈夫ですか? 迷ってるなら案内しますよ」
「いや、地元ですし大丈夫です。待ち合わせしてるだけなんで」
「お待たせ、何? あいつ」
「さあ? なんか話しかけてきたんだけどよくわかんない」
「ナンパだったんじゃねーの? お前可愛いから」
「もう、マイキーったら……」
32人目。
良かった、道に迷ってたわけじゃないんだ……。
俺は安心して、思わず目に涙が浮かぶのを感じていた。
と同時に、忘れていた疲労感が一気に俺を襲う。
今日一日で街を一周しただろうか、太陽は既に姿を隠し、月明かりがただ一人、立ち尽くす俺だけを照らし出していた……。
◇◆◇◆◇
「ねえねえ彼女、もう夜も遅いし家まで送ってあげようか」
「まあ、ありがとうございます!」
横から聞こえてきたやり取りに、思わず俺は目を疑った。
そこには一組の男と女。
女の方はいかにも清楚な美人という感じで、白いワンピースが良く似合っている。
――が、問題は男の方だ。
薄くなった髪に小太りな体形、お世辞にも美男とはいいがたい。
男の地味な服装の中で、首から下げたハート形のネックレスだけが月の光を受けて妖しく輝いていた。
なんで俺がダメであんなやつが……。
「神は……死んだ!」
力を失った俺は絶望に打ちひしがれ膝を、手を地面につき額を地面にこすりつけた。
なんでだよ、なんであんなやつが……。
零れた涙が地面に染みを――いや、落ちていた紙に吸われて丸い染みを作る。
……なんだ?
疑問に頭を上げると、紙に書いてある文字が飛び込んでくる。
『これであなたもモテモテ! 集中一週間のモテ講座!』
なん……だと!?
その衝撃の内容に、俺は思わず涙をふくのも忘れて夢中で続きを読んでいく。
『どんなにモテない男性でも、この講座を受ければモテ男に早変わり!
講座修了の記念にこのシルバーのネックレスをプレゼント!
※男性のみとなります。』
――これは、あの男がしていたのと同じやつ!
そうか、それで……。
普段だったらこんな胡散臭いチラシは相手にしないが、今回は違う。
なんせ成功例を目の当たりにしているのだ。
モテテクニック……今思えばあの男のあの格好にも意味があったのかもしれない。
少し隙がある方がモテるとか、そういう感じの。
受講料50万フィルという高額設定も、この話の真実味を深めていた。
「これで俺も……」
チラシを握りしめて俺は空を見上げる。
暗い夜空に孤独に輝く青い月。
その月に向かって俺は誓う。
一週間後、次に見上げるときは一人ではないと――。
またすぐにダンジョン潜ったりするわけですが、その前にちょっと一息。