7.魔力という名のチート能力
「盗賊団ゴールデンフォックス! わたしが来たからにはあんたたちの悪行もこれまでよ!」
突然現れた少女はそう言うとこちらに剣を突き付けてくる。
朝と夜の狭間の薄暗い世界に銀光が閃いた。
……ゴールデンフォックス?
相変わらず落とし穴で埋もれているおっさん達のことを思い出す。
こいつら、そんな名前だったのか……。
しょぼい奴ほど豪華な名前を付けたがるよな。
「ちょっと、無視しないでよ! このフィーネ・フォン・グレンヴィル、没落しても貴族の誇りは捨ててないわよ!」
うん、しょぼい奴ほど豪華な名前を付けたがるよな……。
名前……。
と、その名乗りを聞いて思い出す。
「そういや自己紹介がまだだったな。俺は山田利明。ヤマダでもトシでもダーリンでも好きに呼んでくれ」
「ボクはシャルロッテと言います。ロッテって呼んでください」
「だから無視してるんじゃないわよ!」
「なあロッテ」
「なんでしょう、ご主人様」
「ご主人様じゃなくてダーリンと……」
「ダーリン! 無視しないでってば!」
「お前にダーリンと呼ばれる義理はない」
言い捨ててフィーナとやらを見ると、ちょっぴり涙目になっていた。
さすが異世界というべきか、青い髪、腰に下げた剣とポーチ。
盗賊団を倒しに来た冒険者、という感じだろうか。
ってもまあ、すでに俺が倒してるんだけどな。
こいつら引き渡したら金になるのかな?
「盗賊団なら俺がもう倒したぞ」
「へ?」
「ほら、そこの穴の中に」
「……ほんとだ」
「で、いくらで買うんだ?」
「いくら……って、なに?」
「こいつらを倒しに来たってことは、金になるってことなんだろ? 売ってやるって言ってるんだよ」
「えーと、依頼金が10万フィルで、準備に5万フィル、借金が……」
何やら考え込むフィーネ。
こっちのお金の単位はフィルっていうのか。
10万が高いのか安いのかはよくわからんが……。
交渉するときによくやる方法がある。
向こうが提示してきた額の2倍を言うというものだ。
そうすると大体1.5倍くらいに落ち着くし、お互いそこそこ納得する額になるはずだ。
ようやく計算が終わったのか、彼女は胸を張るとこう言った。
「わかったわ!」
「で、いくらだ?」
「あんたを倒して0フィルで奪う!」
「うぉい!?」
「問答無用、ファイアーボール!」
フィーナがポーチから一枚の札を抜き出して叫ぶ!
札が燃えると同時に、ビー玉程の小さな火の玉が彼女の前にあらわれた。
火の玉は勢いよく宙を飛ぶと俺の体にあたり炎をまき散らす――!?
「あちっ……」
「とりゃぁぁぁぁ!」
少女は火の玉を追うように剣を振りかぶり突っ込んできた!
俺はすっと横に避けるが、片足だけその場に残す。
フィーナは切り込んできた勢いのまま俺の足につまづき、勢いよく地面に転がった。
……なんだこれ。
ファイアボールとやらも服が焦げただけですんだし、なんていうかしょぼい。
とりあえず地面に転がっていた剣を拾い、倒れたままの彼女へ向ける。
剣は見た目の割には軽く、特に鍛えていない俺でも片手で扱えるものだった。
「おい」
「……なによ」
「いや、こっちのセリフだろ」
「そんなもの向けたって怖くないわよ。だってそれ木刀だし」
そりゃ軽いはずだわ……。
よく見ると破れた銀紙の隙間から下地の木が見えていた。
そういやこいつ、没落したとか、借金とか言ってたな……。
こんなんでどうやって盗賊団倒すつもりだったんだろうか。
「……なんかもういいや」
「じゃあわたしはこれで」
「逃がすかっての」
「なーにーよー、だってもういいんでしょ!? いーじゃない逃がしてくれたって。ついでに盗賊たちを譲ってくれるとなお良し!」
「なんでいきなり攻撃してきたやつにそんなサービスせにゃならんのだ」
「そんなこと言ってるとモテないわよ!」
「ふっ、残念だったな。俺はもうすぐ結婚するんだ」
そう、昨日までの俺とは違う。
だって俺は結婚するのだから!
……そうだ! こんなことしてる場合じゃない。
さっさと教会に行って結婚式を上げないと。
「なあ、この近くに町はあるのか?」
「歩いて半日くらいだけど……」
「うし、じゃあ案内してもらおうか。盗賊たちも引き渡したいしな」
「取り分は5:5でいいわよね」
「ああ、0:10でいいぞ」
「悪魔!」
悪魔って……まあ確かに魔族側に召喚されたし、間違いではないけど。
そういやこの紋章はなんなんだろな。
右手の甲を見ると、そこには紅い目の黒い竜が刻まれていた。
……中二っぽくって恥ずかしいから、後で隠しとこ。
「はぁ……とりあえず行くわよ。ライティング!」
フィーネがやはり札を手にして唱えると、小さな明りが現れる。
そういやさっきも火の玉出してたし、魔法使いなんだろうか。
威力のしょぼさからして見習いっぽいけど。
魔法かー、せっかく異世界に来たんだし、どうせなら使ってみたいよな。
「なあ」
「なによ」
「俺にも魔法使えるのか?」
「はぁ? そんなことも知らないの?」
馬鹿にしたような目でこちらを見るフィーネ。
なんだろう、馬鹿に馬鹿にされるとやたら腹が立つ。
こっちの世界だと魔法は一般的なのか?
そういやまだこっちの世界のこと全然知らないよな。
とりあえず生活費を稼がないと……。
考えていた俺に、フィーネが一枚の札を差し出してくる。
「はい。 明りの魔符」
「お、おう」
「で、ライティングって唱えれば明りが出るから」
「わかった。ライティング!」
俺は教わった通りに呪文を唱える。
手に持った札が一瞬で燃え尽き――そして世界は光に包まれた。
「目が、目がぁぁぁぁぁ!?」
「ちょっと! 何とかしなさいよ!」
「ご主人様、まぶしいです!」
なんだこれ!?
明るすぎて何も見えない。
白、白、白。
世界が光に包まれていた。
「何とかしろって、どうすりゃいいんだ!?」
「こう、力を絞るイメージで……」
「絞るイメージ……こうか?」
腹に力を込めて、明りを絞るイメージを浮かべる。
それにつれて明りがだんだんと小さくなっていく。
――最終的に握りこぶし大にまで小さくなったが、しかしその明りは力強く周囲を照らしていた。
「うー、まだ目がチカチカする」
「なんだったんだこれ」
「ご主人様、明りの魔法でこんなになるなんて、魔王並みの魔力ですよ!」
「そうなのか?」
「うー、魔法も知らないのになんでこんな……」
俺の出した明りとフィーネが出した明りを見比べる。
俺のが煌々と周囲を照らしているのに対し、フィーネのは風に吹かれたろうそくのように頼りなさげに揺れていた。
「……才能の差か」
「うっさいわね!」
「さすがにご主人様と比べるのは酷ってものですよ。……まあ、それを引いてもフィーネさんのはしょぼすぎますけど」
「しょぼいって言うなぁ!」
「残念な奴……」
「ひどっ!?」
魔法の才能なし、剣もダメ。
ついでに言うと見た目が特別いいわけでもなく、しかも馬鹿。
残念すぎるだろ……。
憐れみのこもった視線を向けるが、しかしフィーネは笑みを浮かべてこう言った。
「あんた、金儲けに興味はない?」