59.再生という名の第二形態
さっきまでの葛藤はよそに、焦りを感じる俺。
あの炎を食らって焦げ跡一つないって、どういう仕組みだ……!?
とはいえさすがに消耗したのか息を荒げる勇者に、インフェルノスライムたちが雪崩のように襲い掛かる。
それに答えるように勇者は剣を腰だめに構えると、回転するように一気に振りぬいた!
「ふんっ、懲りない奴……」
そいつらに物理攻撃は効かないっていうのはさっき身をもって経験したはず。
今度こそ骨も残さず灰になるがいい!
悩むのはこいつを倒した後でいい、今はとにかくこいつを倒さなければ……!
「なっ!?」
――しかし、部屋に響き渡ったのは勇者の断末魔ではなく、俺の驚愕の声だった。
勇者に斬られたスライムたちは斬られた箇所から一気に凍り付き、その勢いのまま地面に激突すると粉々に砕け散ってしまう。
「さて、残るは貴様か」
言ってドラゴンと相対する勇者。
その姿はまるで、まるで英雄譚の一シーンだった。
ただし、結末はまだわからない。
「はあっ!」
今度は勇者が先手を打ち、ドラゴンの足元へと斬りかかっていく!
ドラゴンはその巨体が災いしてか避けることはできずに、足に浅くではあるが傷を作る。
炎を吐き出して消耗したのか、ドラゴンの動きは最初よりも鈍いように感じられた。
勇者はドラゴンの爪を、尻尾を掻い潜りながら着実に傷を増やしていく。
ドラゴンがその身を動かすたびに、その体中の傷口から生えた氷が別の個所をえぐり、新しい傷を増やしていった。
「ドラゴンさん……」
ハルが不安そうな声をあげる。
俺はハルを安心させるため――あるいは、自分自身が安心するために、その身を引き寄せた。
冷え切った体を温めるように、俺とハルは身を寄せ合う。
……冷え切った?
さっきまで炎に包まれてあれだけ暑かったのに?
「そうか、ドラゴンの動きが鈍いのももしかして……」
しかし、その疑問に答えが出るよりも早く終焉が訪れた。
力を蓄えきったのか、勇者の体が強く光り輝き――
「くっ!」
「きゃっ!?」
一瞬、光が部屋を満たすと同時に衝撃が走る!
そして数瞬後には別の重い衝撃が部屋を大きく揺らした。
「ひっ!?」
俺とハル、どちらが上げたかわからない、引きつったような悲鳴。
その視線の先では、体を上下に裂かれて絶命したドラゴンの、もはや動くことのないその目が身を寄せ合う俺たちを暗く、映し出していた。
「さあ、彼女を渡してもらおうか」
再びゆっくりとこちらに歩いてくる勇者。
最初と違うのはその身に負った傷と、返り血で赤く染まったその衣装。
その凄絶さに押されたのか、ハルは目に涙を浮かべながら――しかし、俺の服をぎゅっと握り勇者を睨む。
まさかレッドドラゴンが倒されるとは思っていなかったが、それでもまだ策はある。
けど、その前に……
「なあ、なんでハルなんだ?」
俺は最初から疑問に思っていたことを口にする。
ハルは家柄がいいわけでも、金を持っているわけでもない。
ついでに言うと、合コンの時に女たちが言っていたように、ハルのような獣人は普通の人間にはあまりよく思われていないらしい。
勇者であれば貴族の娘から大金持ちの娘まで、女なんて選びたい放題のはず。
わざわざこんな危険を冒してまでハルにこだわる理由がわからない。
「どうせ死ぬのに、そんなことを知ってどうするんです?」
「わたしも知りたいです!」
俺の疑問を一蹴して剣を構えた勇者だったが、ハルの言葉に構えを解いた。
どっちみち次の仕掛けが動き出すまで少し時間がかかる。
ここは少しでも時間を稼がないと……。
「……そうですね、いいでしょう。ハルさんは僕のことを、ここで会う前から知ってますね?」
「はい……」
視線を下に向けながら、ハルが答える。
ここに来る前から知ってる――そういやハルは冒険者ギルドで受付もしてたんだよな。
そしてそこをクビになったのは……
「そう、あの事故で僕はこの世界に来て初めて生死の境をさまようほどの大けがを負った」
「それは……申し訳ないと思ってます」
「申し訳ない? とんでもない!」
ハルの謝罪の言葉に、勇者は大きく手を振ると興奮した様子で言葉を続けた。
「あんなに……あんなに気持ち良かったのは生まれて初めてだ!」
「……はぁ?」
「言っただろう、僕は僕をちゃんと責めてくれる人がいいと。ハル、君は僕の理想なんだ。君といたら、これからどんなことをしてくれるのかと思うと、今から背中がぞくぞくするよ……」
感極まった様子で、自分で自分を抱きしめる勇者。
俺とハルはその様子を見て、思わず一歩後ろに後ずさる。
要するにこいつ……。
「Mなんじゃねぇか!」
「人聞きの悪いことを。あらゆる責めに耐え、苦難に打ち勝ってこそ勇者というものでしょう」
「いや、言い方変えても変態はただの変態だからな」
「まあ、あなたに分かってもらう必要はありません。さて……」
俺たちが遠ざかった分、勇者は俺たちに近づいていた。
勇者は気づいていないが、その後ろで黒い霧がドラゴンの死体を徐々に飲み込んでいくのが見える。
勇者は障壁を手で触りながら言葉を続けた。
「これで最後です。彼女を渡してください。それとも……死にますか?」
「悪いが、どっちもご免被るね」
「そうですか、残念です」
勇者は剣を構えるとこちらに向かって突き出してくるが――それが障壁を破るよりも先に、剣は勇者ごと殴り飛ばされていた。