58.ダンジョンマスターという名の魔王
その後に続く炎の階層も、不死者の階層も、ボスを出さなかったこともあり勇者に有効な傷を負わせることはできず――
「来たか……」
「はい……!」
緊張した面持ちのハルと俺の視線の先で、大広間の扉が重い音を立てて開いていく。
急ごしらえで作ったからか、天井からパラパラと土が降ってくる。
そして姿を現す勇者。
手には長剣を、目には殺意を携えてこちらにゆっくりと歩いてくる。
「くくくっ、よく来たな勇者よ」
椅子から立ち上がり言う俺に、しかし勇者は無言で一気に間合いを詰めてきて――
ガギンッ!!
振りぬかれた長剣が見えない壁に阻まれて弾かれた。
「さっさと彼女を渡してもらいましょうか。さもなければ……」
「そう焦るな勇者よ、まだゲームは始まってすらいない」
「ふざけたことを……」
怖っ!?
こいつ無言でいきなり斬りかかってきやがった……。
プロテクション二重にかけていたおかげで助かったが……その見えない障壁に小さな傷が入ってるのに気づいてぞっとする。
普通の攻撃でこれなら、あの光の一撃食らって耐えられるのか……?
障壁を壊される前に倒さないと……。
俺は少し震えつつも腕を振り、仕掛けを作動させる。
「さあ、ゲームの始まりだ!」
勇者の後ろで、大広間を覆うように黒い霧が現れ――部屋を埋め尽くすように巨大な魔法陣が赤い光で辺りを暗く照らす。
そしてそこから現れたのは――
「グルァァァァ!!」
気を抜くと魂ごと持っていかれそうになる咆哮。
本能的に恐怖を感じたのか、ハルが俺に抱き着いてくる。
レッドドラゴン――魔王ですら手に負えずに北の山に追いやられたという、ドラゴンの中でも最も凶暴な種族。
元いた世界のビルの3、4階はあるだろうか。
見上げたその先では、唸り声と共に白い炎が口から溢れて漏れていた。
すぐにそいつは足元のちっぽけな――しかし強大な力を秘めた存在に気づき、その巨大な体重を込めた一撃を勇者に向かって振り下ろす!
「――くっ!?」
勇者はドラゴンの爪の一撃を剣で受けるが、衝撃を殺しきれずにまるでゴミくずのように吹っ飛んでいく。
よし、このまま押し切る!
立ち上がろうとする勇者を囲むように、今度は前のよりも小さい――といっても十分大きい魔法陣が複数現れた。
そこから現れたのは――
「させるかっ!」
完全に姿を現す前に、勇者の剣に両断されていくモンスターたち。しかし――
「くあっ!?」
倒したはずのモンスターから炎の一撃を食らい、勇者は驚きの声をあげる。
勇者を取り囲むのは――そう、インフェルノスライム!
後ろへ下がる勇者の背中が、壁にぶつかって鈍い音を立てる。
これで逃げ場はない。
勇者の体は白く光を蓄えているが、まだあの一撃を出した時の輝きには遠く及ばない。
よし、このまま力を蓄えきる前に倒しきる!
「いけっ、レッドドラゴン!」
この機を逃さずに、ドラゴンが大きく息を吸い込み――炎を吐き出す!
ドラゴンが吐き出した炎は一気に勇者を包み込み、それでは収まらずに部屋を炎で埋め尽くした。
「よし、やった!」
一瞬勇者を倒したという喜びが胸を埋め尽くすが――直後に人を殺したという事実に息苦しさを覚えた。
今回は蘇生するつもりもないし、しかも相手は同じ世界からやってきた、いわば同類だった。
果たして今後、千歳や別の勇者が俺の前に立ちはだかった時、俺はまた相手を倒す……いや、殺すのだろうか。
障壁の向こう側で炎が引いていく。
勇者はあとも残さず灰になったんだろうが……いや、
「なんだありゃ……」
「白い……霧、ですね」
勇者のいた一角は、炎の代わりに白い霧に包まれていた。
そしてその中には黒い人影。
「まさか……」
霧が晴れるとそこには――息を荒げてはいるものの焦げ跡の一つもない勇者が、剣を構えて立っていた。