57.現実という名の映画
「すみません。今、視察が来ていて立ち入り禁止なんですよー」
「えー、折角来たのに……」
「まあ、しょうがないな……今日は休むか」
ロッテの説明に、ダンジョンの奥を見ながら残念がる剣士と魔法使い。
剣士はきびすを返して出口の方へと歩き始めるが、魔法使いがついて来てないことに気づき歩みを止める。
「どうした?」
「その……良かったら行きたいところがあるんだけど」
「おう、まあ今日は休みだし、自由行動でいいんじゃないのか?」
「そうじゃなくて!」
魔法使いは怒ったのか、落ち着かない様子で体を揺らし、火照った顔を軽く膨らませていた。
剣士はその様子を見て困惑した表情を浮かべるが、ロッテはその理由が分かっているのか笑いをかみ殺している。
「その……街に行きたい料理屋があるんだけど、一人だと入りづらくて……良かったら一緒に、どう?」
「ああ、いいけど……」
「やった! じゃ、行きましょ!」
魔法使いは剣士に飛びつくと、その腕を引っ張り出口の方へと向かっていく。
「なんかね、素材に魔物の肉を使ってるんだって」
「……悪い、ちょっと腹の調子が……」
そんなやり取りを残して、二人はダンジョンから去っていった。
ロッテは少しの間、羨ましそうに二人が出ていった方を見ていたが、やがてダンジョンの奥に目を向けて呟いた。
「うまくやってるでしょうか……」
◇◆◇◆◇
壁に映し出された映像の中で、勇者が剣を振るうたびにモンスターが一体、また一体と地に倒れていく。
いつものように映し出された映像。
しかし、俺は今一人ではなく、またいる場所もいつもの地下室ではなくダンジョンの最奥――今回のために用意した大広間だった。
その一番奥に椅子を二つ並べ、映画館さながら俺はハルと映像に見入っていた。
「悔しいけど、さすが勇者ってところだな」
「わたし、やっぱり……」
不安そうな表情で俺を見上げるハル。
その頭から生えた猫耳はぺたんと垂れ下がり、尻尾もまるで何かから身を守るかのようにその体に巻き付いていた。
「まあ、心配するな。なんとかなるさ」
そう言ってハルの頭をくしゃっと撫でると、落ち着いてきたのかその猫耳に力が戻ってくる。
俺はそのままハルに笑顔を向けるが――もしかすると若干引きつっていたかもしれない。
映像の中で魔物たちは、勇者に傷一つ負わせられないまま次々とその剣に倒れていった。
ここに来るまでに少しでも削れるといいんだが……。
「わたし、信じてますから!」
「おう」
その言葉に、ぐっと胸が熱くなるのを感じる。
ハルは大事な従業員であり、常識人であり、そして何より俺の未来の嫁候補だ。
あんなイケメンで、金持ちで、その上モテまくりのあんな奴に渡すわけにはいかない!
……自分で言っていて空しくなるが、まあ本人が嫌がっている以上、大義名分はこちらにあるのではなかろうか。
「そういや、ハルは何であいつじゃ嫌なんだ? 顔もいいし、金も持ってるし、勇者だしいうことないだろ」
「それは、その……」
何故かこちらを見ずに口ごもるハル。
髪の隙間から見えるその顔は、若干火照ったように赤くなっていた。
ぺしっ、ぺしっと大きく振られた尻尾が俺の足を叩く。
「他にもう、心に決めた人がいるから、ですかね……」
「そうか」
興味がない風を装って返事を返す俺だったが、恐らくこの世界に来てから一番の衝撃を受けて思わず椅子から落ちそうになった。
心に決めた人、それってつまり好きな人が居るってことだよな。
誰だ!?
ダンジョンの客か?
しかし店での様子を見ていた限り、特別な中のやつが居るようには見えなかったが……。
――まさか、あのヒーラーのおっさんか?
そういやこの年頃の女の子は年上に憧れるって聞くが……そうなのか?
あるいは――外!
俺はダンジョンの外のハルをよく知らない。
もしかしたらダンジョンの外で……。
「トシさん、来ました!」
「んあ、もう!?」
ハルの声で俺はいきなり現実に引き戻された。
映像の中で勇者は第一層のボス――ゴーレムと対峙していた。
「ああ、ボス部屋に、ね……」
もうこの大広間まで来たのかと思って驚いた。
ゴーレムは見た目こそいつもと変わらないが、いつもよりもかなり魔力を込めて造っている。
これで倒せないまでにしてもある程度ダメージを与えられれば……。
「そこです! いけっ!」
ゴーレムが勇者を殴り飛ばすのを見て、ハルが歓声を上げる。
女の子とスポーツ観戦に行ったらこんな感じなんだろうか……。
そんなことを考えながら映像を見ていたが、
「まただ……」
「また?」
俺のこぼした呟きに、ハルが疑問の声をあげた。
映像の中で、見たことのある光景が再現されていく。
ゴーレムの一撃を剣で受けるたびに、勇者がその身に纏う光を強くしていき――
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
映像の中で光が弾ける!
光が収まった後には――無残に砕け散ったゴーレムと、それを踏み越えてダンジョンの奥へと進む勇者の姿。
そうかあの時のあいつ――。
あれも剣の力なんだろうか……厄介だな。けど、
「まあ、細工は流流仕上げを御覧じろ、ってか」
勇者を待つ魔王はこんな気分なんだろうか……。
俺は浮かんできた笑みに少し驚きながらも、勇者を追って映像を切り替えたのだった。