56.作戦会議という名の井戸端会議
「勇者ってさ」
「うん」
「どうやったら死ぬんだろうな」
「毒でも盛るとか」
「どうやってだよ……」
フィーネの期待外れの回答に、俺はべしゃっと机の上に突っ伏した。
足を延ばすと、何か固いものに当たる感触。
今、俺たちがいる控え室の床には、あちこちからかき集めた札や道具などが乱雑に転がっていた。
何とか勇者を煙にまいて追い返した次の日。
俺とフィーネ、それにロッテは勇者を迎え撃つべく、作戦会議をしているわけだが――
「後ろからご主人様の魔法でざくっとやっちゃうとか」
「魔法ねぇ……」
言われて、山での出来事を思い出す。
インフェルノスライムに追い詰められて撃った全力の魔法は、火山を氷の山へと変えていた。
この狭いダンジョンで全力の魔法なんて撃った日には……冗談ではなく街まで消し飛びかねない。
せめて少しの間でも動きを抑えられればいいのだが――
「なあロッテ、少しの間、あいつの動きを抑えることってできるか?」
「うーん、ちょっと厳しいです……技量の差もありますけど、武器の差が大きすぎます」
「武器の差?」
「ええ、剣を切り飛ばすなんて非常識もいいところですよ。それにあの時、剣の柄が一瞬氷のように冷たくなったたような……あの剣、切れ味以外にも何かある気がするんですよね」
「剣、ねぇ……」
まあ、戦闘が専門でもないロッテに勇者を抑えろって言うのも無理な話か。
それにしてもあの長剣……女神からもらった武器、とか?
前に千歳――もう別の勇者と話したときに、女神から何を貰うかは選べたようなことを言っていたし。
剣を奪う……どうやって?
ダンジョンに来るまでは相手の場所は分からないし、さすがにダンジョンの中で剣を手放すようなことはしないだろう。
「くそっ、こいつさえ無けりゃなー……」
「相手のが一枚上手でしたね」
右手に付けられた腕輪を見ながら呻く俺に、苦笑を浮かべるロッテ。
俺が勇者に提案した賭けというのは、ダンジョンを攻略できるかどうか、ということだった。
一週間後、ダンジョンの最奥で俺を倒せたらハルを渡す。ダンジョンを攻略できなかったらハルは諦めて中央にも報告しない。
口先三寸でその条件を飲ませたまでは良かったんだけどなー……。
「いっそのこと腕ごと切り落とす、とかどうですか?」
「いや、さすがにそれはちょっと……やるなよ?」
ロッテの、冗談ともわからない言葉に俺は思わず腕を後ろに隠した。
こいつなら本当にやりかねないから恐ろしい。
この腕輪は迷子の腕輪といって、本来は貴族なんかの子供に付けて攫われないようにするためのアイテムらしい。
装着した人間の位置がセットの地図に表示されて、かつ無理に外すと地図に通知がいくというおまけ付きだ。
「別にダンジョンなんて作りなおせるし、とっとと逃げるつもりだったんだがな……」
「まあ、勇者を倒したとなれば魔王様への受けもよくなりますし、魔王領に行った時の待遇が良くなりますよ」
「いや、そんな危ないとこ金輪際行く気はないぞ」
「またまたー」
ご冗談を、とでも言いたげにロッテが肘でわき腹をつついてくる。
こいつは俺を何だと思ってるんだろうか……。
「じゃー、強い魔物をぶつけて倒させるとかは?」
「別の勇者だけど、フレイムタイラントを素手の一撃で沈めてたぞ」
「……わたし、ちょっと用事思い出したから街に行ってくるわ」
「……逃がすと思うか?」
白々しく言って部屋から出ようとしたフィーネを、頭を鷲掴みにして机に連れ戻す。
そもそもこいつが居なけりゃダンジョンなんて作らずに、今頃彼女の一人や二人できてたかもしれないのに……。
大体、魔物で倒せるくらいならこんなに悩んだりしない。
いっそ本当に腕を切り落として逃げるか――そんなことを考えていると、
「……意外といけるかもしれませんよ、それ」
ロッテは言うなり床に転がっていた袋をひっくり返し、中身を机の上にぶちまける。
ロッテは少しの間、机の上を漁っていたが――
「あった、これです!」
「ちょっと、それってわたしの――」
ロッテが取り上げたものをみて、フィーネが声を上げる。
フィーネが腕を伸ばすよりも早くロッテが俺に渡してきたそれは、一枚の召喚の魔法が書かれた札だった。
「わたしは反対よ、そんなの……万が一召喚できても、制御できるわけがないわよ」
「ボクはご主人様なら大丈夫だと思いますよ」
睨むようなフィーネの、期待するようなロッテの視線を感じながら、俺は札を握りしめる。
勇者に倒される――つまり、それは殺されることを意味する。
まだ結婚してないのに死ねるわけがない。
それに――……。
「俺はやる」
「……まあ、そう言うと思ってたけどね」
「さすがご主人様!」
フィーネは軽く肩をすくめて呆れたようにこっちを見るが、その表情には笑みが混ざっているように見えるのは気のせいだろうか。
ロッテは満面の笑顔で机の上に乗り出してきた。
「で、相談なんだけど。これって使えないか……?」
わずかではあるが希望が見えてきたことで、さらにアイデアが沸いてくる。
以前、店を襲って死神に殺された賊が落としたもの。
その性質から売るに売れずにほったらかしになっていたのだが――
「ちょっとこれ……マジ?」
それを見たフィーネの眼が、まるで新しいおもちゃを見つけた少年のように輝く。
……さて、俺もゆっくりはしていられない。
なにせ一週間しかないのだ。
一週間。
そういや最初にダンジョンを造ったときも一週間だったな……。
ふとそんなことを思い、笑みを浮かべる。
ま、何とかなるだろ。
俺は呟くと、勇者を迎え撃つべく準備を始めたのだった……。