53.お店という名の罠
「いらっしゃいま……せ」
店の中に入ると、笑顔のハルが俺たちを出迎えてくれたが――なぜか言葉の途中で、ハルは丸い目をさらに丸くして固まった。
なんだ、俺の正装姿がそんなに決まっていたのか?
俺は上機嫌に、何ならめったに歌わない鼻歌も歌いながら店を見渡した。
普段は地図や薬、それに剣や鎧などを扱っているこの店だが、今日の品ぞろえは一味違う。
武骨な武器や防具、薬などが置いてあるはずの棚には、しかし今は煌びやかなアクセサリーの類が奇麗に並べられていた。
さっきまでの沈んだ空気はどこやら、 その中のあるものに気づき目を輝かせて騒ぎ立てるハム子と狐さん。
「うそっ、これって……」
「タイロナのダブルリングネックレス……新作のハートイヤリングもあるわよ!」
イエス!
今、街ではタイロナというブランドのアクセサリーが大流行していた。
開店の何時間も前から……いや、その前日の夜から行列ができるほどの人気だが、職人の少数生産らしく入手は困難を極める。
そもそも数が出回っていないので金を積んでも買えないというのが現状だ。
そんなアクセサリを、俺はフィーネと何度も徹夜で並んでようやく2個だけだが手に入れることができたのだった。
「でも、やっぱり高いね……」
「こんなことならもっとお金を持ってくるんだったわ!」
値札を見て地団駄を踏む二人。
その値札には5,000,000――500万フィルと書かれていた。
――そう、普通ダンジョンにそんな大金を持っては来ない。
が、俺は買うことができる!
そもそも俺の店だからお金払う必要すらないし。
その大金を払ったふりをしてアクセサリーをプレゼント!
大人の男の魅力をアピールという作戦だ。
俺は笑顔を浮かべると二人の前へと回り込み、
「二人とも、そう気を落とさないで……」
「そうですよ、よかったら僕が買いましょうか?」
「えっ、いいんですか!?」
「そんな、勇者様……大丈夫なんですか?」
「ええ、さっき雰囲気を悪くしてしまいましたからね。そのお詫びです」
俺の台詞を勝手に乗っ取って勇者。
いや、ちょっと待て。
人から何もかも奪っていくんじゃない。
奪うのは勇者じゃなくて魔王の仕事じゃないのか?
つか勇者ってどんだけ優遇されてるんだよ……女にはモテるわ金は唸るほど持ってるわ。
俺もできれば魔神なんかじゃなくて女神様に召喚されたかったな……。
適当に魔物を倒して、どっかの奇麗なお姫様を救って結婚……。
俺がそんなことを考えている間に、勇者は棚からアクセサリーを取り出すとハルのいるカウンターの方へと向かっていく。
「これを貰いたいんだが」
「は、はい! あの、えっと……1000万フィル……です」
緊張しているのか、噛みながら値段を告げるハル。
その動きもいつもとは違い、ぎこちないものとなっていた。
その姿はまるで、好きな男子を目の前にした中学生のようで――まさか、ハル、お前もか……!?
部屋の隅で独り打ちひしがれる俺。
そんな俺を尻目に、勇者は懐から袋を出すと、カウンターの上に置いた。
じゃらりと重い音が店の中に響く。
「あいにく現金は100万フィルしかなくてですね、後はこの国王陛下の印が入った証書で――」
断れっ!
現金じゃないとダメだって言え!
心の中でハルに向かって念を送る――と同時に、手で大きくバツを作ってハルに何とか伝えようとする。
しかしハルはそれにすら気づかない様子で証書を受け取ると、俺の苦労の結晶――アクセサリーを勇者へと渡してしまう。
「はい、こちらお品物になります……」
「ありがとう、ほら」
「本当にいいんですか!?」
「きゃー、ありがとうございます!」
ああ……。
アクセサリーを受け取り、今にも踊りださんばかりに声をあげて喜ぶ二人。
二人はアクセサリーを早速身に付けると、勇者の腕に勢いよく抱き着いた。
だからそれは俺のポジション……。
俺は血の涙を流して、しかしその光景を見守ることしかできない。
視界が赤くにじんでいるのは、涙か、あるいは本当に血が出ているからだろうか……。
にじんだ視界の中で、勇者は二人に抱き着かれたままハルの顔をのぞき込んでいた。
「あの、何か……」
「いや、可愛いなって思って。もし君に値段をつけるとしたらいくらなんだい? 僕が払える金額だといいんだが」
「まさか勇者様、こんな獣人の娘がいいんですか!?」
「こんなのより私の方が――」
ハルの方もまんざらではないのか困ったようにうつむいてもじもじとしていた。
……こいつ、殺ス!
いくらあいつが勇者で俺が魔王側の人間だからと言って、合コンの主役を奪われ、今度は将来の嫁候補すら奪われていい道理がない!
……そう、今度はこっちが根こそぎ奪う番だ。
――やるなら一撃必殺。
俺はポーチから一番強力な魔法の札を取り出すと意識を集中し始めたが――
「冗談ですよ」
「そうですよね!」
「やっぱり勇者様にはちゃんとした人間じゃないと!」
言って勇者はハルの顔から視線を外す。
それに安心したのか二人は口々にハルをけなす言葉を吐いた後、自分がいかに勇者にふさわしいかを競い始めた。
……ちゃんとした人間ってなんだよ、ハルの方がよっぽどちゃんとしとるわ!
まあ、人間なのは半分だけだけど。
勇者は少しの間、二人の言い争いを興味なさそうに聞いていたが、二人を腕から離すと、
「すみません、僕はそろそろ行かなければ……」
「えー、勇者様行っちゃうの?」
「もう少しお話を……」
「僕もお二人と離れるのは辛いですが、これも勇者の定め。貴女たちなら分かってもらえるはず……」
その言葉に、言いかけてた言葉を飲み込んでしゅんとする二人。
よし、いいぞ!
さあ帰れ今すぐ帰れ、何ならテレポーテーションの魔法でどこへでも送ってやるぞ!
送り先はランダムだけどな!
「さあ、出口までご案内しますよ」
「わあ、ありがとうございます!」
「さすが勇者様、紳士ですのね……」
……あれ?
勇者はわいわいと盛り上がる二人を引き連れて、店の外へと来た道を引き返していく。
店には、乾ききって血も涙も出ない俺と、気まずげな様子のハルが残されたのだった……。