51.人気者という名のお邪魔者
「それでは、我々の出会いを祝して」
「「乾杯!」」
その言葉で一斉に傾けたワイングラスがかすかに触れて、チリンという小さな音を立てる。
先ほどの部屋に、机を挟んで男が三人、女が三人。
女側は左から小動物っぽい感じの元気そうな娘――俺は心の中で、ハム子というあだ名をつける。
胸元の開いた青いドレスを着た、若干狐っぽい印象の美人――狐さん。
そして野暮ったい服を着た、いまいち特徴がない感じの普通な娘――若干犬っぽいから犬子でいいか。
犬子はともかくとして、左の二人はかなりレベルが高い!
本命は……真ん中の狐さんだな。
ちなみに男側は左からなんか騎士っぽい青い軽鎧に天鵞絨マント、長剣を背負った……しかし、一番の特徴はその整った顔の男! 、俺、特徴がない感じの――しいて言うなら村人Aという並びだった。
天は二物を与えずというが――何でこいつは顔と金、両方持ってるんだろう。
俺は笑顔でそいつを睨みながら歯を食いしばっていたが――ふと既視感を覚えて我に返る。
この長剣、どっかで見覚えがあるような――。
「あの、何か……?」
「いえ……」
さすがに声をかけられて、俺は視線を逸らした。
くそっ、フィーネのやつ……イケメンは書類で弾けってあれほど言っておいたのにっ!
表は笑顔で、しかし心の中では血の涙がナイアガラの滝のごとく心から溢れていた。
そんな内心は表に出さないまま俺は乾杯のために浮かした腰を椅子に戻すと、手にしたワインで唇を湿らせる。
ぶっちゃけ赤ワインはあまり好きではないが――そうするのが通っぽくて恰好良い気がする。
「えー、それではまず軽く自己紹介を……」
皆の視線を浴び、緊張しながらも俺はなんとか話を進めていく。
司会もしつつ、かつ女性のハートもゲットしなければならない。
そう、これは合コン!!
しかもただの合コンではない。
(恐らく)世界初のダンジョン合コンだ!!!
この日のために練習に練習を重ねた自己紹介を頭の中で反芻しながら笑顔を浮かべる俺。
よし、いけるっ!
「どうも、司会兼参加者の山田利明です」
「ヤマダトシアキ……?」
「変わった名前ですね」
いきなりの食いつきに思わず固まる俺。
そうか、そういえばこの名前ってこっちだと普通じゃないんだよな……。
何かウケのいい言い訳を考えないと――必死で頭を回転させていたが、思いつくよりも先にイケメンに遮られる。
「もしかして、君も勇者なのか!?」
「いや、俺の親が勇者のファンで……って、君も?」
「あ、いや……」
イケメンは否定するように目の前で右手をパタパタと振るが、緩んでいたのかその手に巻いていた包帯がほどけて床に落ちる。
そしてその下から現れたのは――
「その白い竜の紋章、本当に――」
「きゃー、どうしよう!? 本物の勇者様だわ!!」
「いや、まいったな……」
「お名前は? お名前は何ておっしゃるんですか!?」
「えーと、僕は風早卓也って言って……」
「カザハヤタクヤ様、何で素晴らしい響き!」
「タクヤでいいですよ」
「タクヤ様……!」
いや、まいったな?
まいったのはこっちだこの野郎……っ!
一週間かけて練習した自己紹介は、しかし名前を言っただけで始まる前から終わってしまっていた。
右隣の村人Aに至っては名前すら言う前に完全に蚊帳の外になってしまっている。
殺す……この勇者、絶対殺す!
そもそも俺は魔王側の人間だし、それが本来あるべき姿なんだよな。
うん……いや、冷静になれ俺。
まずは合コンの司会としてこの状況を何とかしなくては。
「なあ、君たち――」
「何よ」
「邪魔しないでくれる?」
笑顔から一転、女性陣の氷のように冷たい視線が俺を突き刺す。
思わずこのまま逃げたい衝動に駆られるが……なんのこれしき、へこたれない!
「いや、そのだな……」
「そうだわ、この後みんなでダンジョンに潜るんでしたよね!」
「いや、その前に食事が……」
「早く行きましょ、勇者様!」
「分かったから引っ張らないで」
ハム子と狐さんに引っ張られて部屋の出口へと向かう勇者。
唯一、犬子が申し訳なさそうにこちらを見て――しかし、その足は部屋の出口へと向かっていた。
大枚をはたいで用意した豪勢な料理も、食べる人が居なければただのゴミとなる。
なんだろう、誕生日会に呼んだクラスメートをクラスの人気者に根こそぎ持ってかれたようなこの敗北感。
思わず涙がこぼれそうになるのを堪えていると、ふと聞きなれた声が部屋の出口の方から聞こえてきた。
「はい、ではご案内しますね」
「ロッテ!?」
「はい」
当然のように笑顔を向けて、勇者たちをダンジョンの入口へと案内するロッテ。
くそっ、バレてたのか!
絶対邪魔してくると思ってできる限りこいつには知られないようにしていたのだが……。
「それでは、ごゆっくり~」
勇者&女性陣に続いてダンジョンの中へと歩みを進めると、ロッテが小さく手を振りながら声をかけてくる。
ロッテは俺と目が合うと、笑いを堪えるように手を口に当てる。
……こいつ、あとで覚えてろよ……。
心の中で呪いの言葉を吐きながら、しかし俺は一抹の期待を心に抱いてダンジョンへと潜っていったのだった……。