6.欲望という名の放火
「火事だー! ご主人様、火事です! 起きてくださいぃぃ!!」
「けほっ、なんだ?」
「火事だと? なんだこりゃ!?」
少女の声にたたき起こされた男たちが、慌てて部屋から飛び出してくるのが見える。
寝起きだからかただでさえ歪んでいる顔がさらに酷いことになっていた。
あたりは既に煙で満たされており、右も左もわからないような状況だ。
通路に出るも立ち止まり戸惑う男たち。
少女はその中の一人の手引っ張って叫んだ。
「ご主人様、こっちです!」
「お、おう!」
少女に先導されて、おっさんたちが走っていく。
煙で視界が悪いせいか、走るといっても小走り程度だが。
男たちが居なくなったのを見計らって、俺はこっそりと部屋に入り、あるものを回収する。
俺はそれをポケットにしまうと、少女の消えていった方を見る。
ちょうど最後の男が通路を曲がって消えていくところだった。
よし、俺も移動するか……。
俺は男たちに気づかれないように気を付けながら後を追いかけた。
つかず離れず、とはいえ煙でうっかりするとすぐに見失いそうになる。
ちょっと近づきすぎたか……?
最後尾の男まで、2~3メートルというところだろう。
とはいえ何かあったときにフォローに入るためには離れすぎていてもしょうがない。
こっそりと後をつけていると、先頭の男がいきなり声を上げた。
「おい、ジョージのやつがいねぇぞ!?」
「あいつ、どこいきやがった!」
「くそっ……あいつを見捨てるわけにはいかねぇっ! 俺は戻るぞ!」
「馬鹿野郎! お前だけで行かせられるか!」
うおっ!?
いきなりこちらを振り向いた男にビビり、俺は慌てて物陰に隠れる。
なんだ? まだ居たのか?
全部で6人と聞いていたから油断してた……っ!
くそっ、見るからに悪人面なのになんでこんな時だけ仲間思いなんだよ!?
いーじゃん一人くらい欠けたって!
……ていうかジョージって、もしかして最初に踏み倒したあいつ……。
「待ってろよジョージ、今行くぞ!」
「おう!」
言うなり駆け出そうとする男たち。
ちょっと待って悪人ども!
こっちに来てもジョージ居ない!
居るのは結婚できない男だけ!
いや、もう結婚はできるんだっけ?
――そんなことを考えている間にも、足音はこっちに近づいてくる。
やばい、バレる……!?
「皆さん!」
少女の声に、近づいてきた足音が止まった。
ナイスフォロー!
でもここからどうするつもりだ……?
物陰からこっそりと見たい誘惑に駆られるが、そんなことをしたら一発でバレる。
仕方がないので俺はその場にしゃがみこむと、目を閉じて耳を澄ませた。
「なんだ、お前まだいたのか?」
「俺たちはジョージを探しに行く。仲間を見捨てるわけにはいかねぇからな」
「お前は仲間でもなんでもねぇんだからとっとと行っちまいな」
少女に向かって口々に吐き捨てる男たち。
だからなんでそんな見た目でいいやつなんだぁぁぁ!?
思わず叫びそうになり、慌てて口を押える。
そんな俺を知ってか知らずか、少女が言葉を続けた。
「皆さん、大丈夫です。ジョージさんはもう館の外にいます!」
「あん? なんでてめぇがそんなこと知ってるんだ?」
「だって……その、ジョージさんとボクは……」
「なん……だと……?」
おっさんたちに取り囲まれる少女。
いや、さすがに無理だろう!?
ていうかそうなの?
俺と結婚するんじゃなかったの!?
男たちと俺の間に混乱が走る。
嘘だと言ってよハニー……。
「そうか、そういうことだったのか」
「ジョージのやつ……後で半殺しだな!」
「よし、そうと決まったらさっさとここから出るぞ!」
まあ、その場を誤魔化す嘘だろう。俺は信じてる。
……何はともあれなんとかなった。
後は仕上げが上手くいくかだな。
しかし、なんだろう。こいつら悪いやつらのはずなんだけど、いまいち憎めないな。
これから起きることを考えると、少し可哀そうにすら思えてくる。
……けどまあ、結婚の障害になるなら仕方ない。
そうこうしている間にも、男たちは少女に導かれて出口へと近づいていく。
「ここです! 皆さん、出口です!」
「やったぜ!」
「空気だ、新鮮な空気だー!」
少女によって開け放たれたドアからもくもくと煙が吐き出されていく。
その煙と一緒に男たちが勢いよく飛び出してきた。
「うぉ!?」
「ごべっ!?」
そして勢いよく飛び出してきた男たちは――足元に張られた糸につまづき、勢いよく穴の中へとダイブしていった。
よし、計画通り!
「いてぇ……」
「なんだこりゃ!?」
口々に声を上げるおっさんたち。
その頭上でその光景を見下ろす少女と男が一人。
しかし少女の顔に喜びはなく、男の顔には怒りが浮かんでいた。
これは……計画外。
「おい……どういうことだこりゃ」
「見ての通りですよ……もうあんたに従う必要はないっていうことです!」
「てめぇ、俺に逆らってどうなるか分かってんだろうな!」
ボスだろうか、一人だけ難を逃れたそいつは、少女の胸ぐらを掴むと片手でそのまま持ち上げる。
そしてそのままもう片方の手で種所を殴ろうとして――
「あべしっ!?」
物陰から勢いよく突っ込んできた俺に突き飛ばされ、穴の中へと転がっていく。
突然降ってきたボスに潰された手下たちが変な声を上げるのが聞こえた。
……ふう、備えておいてよかった。
俺は一息つくと、少女に手を差し伸べる。
「大丈夫か?」
「うん、ありがとう……」
「なんとか上手くいったな」
俺は穴に落ちた男たちを見下ろし、つぶやいた。
――なぜ俺はこんなことをしたのか?
それはひとえに結婚のためだった。
そう、少女を助けたあの後、一緒にその場を離れようとした俺に少女はこう言った。
◇◆◇◆◇
「ごめんなさい、ボク、一緒にはいけないんだ……」
「な……どういうことだ?」
「その、ボク、奴隷なんだ……」
奴隷だから一緒に行けないっていうのはどういうことだろう。
俺は奴隷でも結婚できるなら全然気にしない!
そのことを告げると、しかし少女は悲しそうにかぶりを振るのだった。
「ボク、盗賊団に買われちゃったんだ……。ダメなんだ、逃げられない……」
「なんでだ? 今なら気づかれずに逃げられるだろ?」
「……この紋章、見える?」
そういって少女が差し出した腕には、鎖の模様が刻まれていた。
奴隷の証ということだろうか。
でもそんなもの隠せば済む話だ……。
「奴隷はね、この紋章を入れられるんだ。そして、魔法の宝珠を持ってる人には絶対に逆らえない。逃げるなと言われれば逃げられないし、死ねといわれれば……」
「……で、その宝珠を持ってるのがあそこにいる野盗たちっていうことか……」
「うん……」
少女から聞いた話だと、野盗はさっき倒した男を含めて6人いるらしい。
下戸な一人を除いて夜遅くまで酒盛りをしており、残りの男たちはまだしばらく起きないだろうとのことだった。
だからこそ酒を飲んでなかった一人が、今ならバレないと少女に手を出したわけだが。
飲めないやつに飲ませないとか、何気にホワイトだな、盗賊団。
盗賊団のアジトである洋館を見て考える。
折角の結婚のチャンスだ。
しかもこんな美少女と!
なんとか気づかれないように宝珠とやらを奪えないだろうか……。
爆睡しているなら気づかれないか?
……いや、さすがに5人いると一人くらいは気づくかもしれない。
そうしたら逃げきれずに結婚もできずにゲームオーバーだ。
死んだら結婚もできないし、また異世界に行けるとも限らない。
――だがしかし。
こんな美少女と結婚できるチャンス、あと100年生きたとしてもう一度訪れるのだろうか。
27年生きてきて、美少女どころかモンスターにまで結婚を断られた俺だぞ?
しかも年を取れば取るほど結婚は難しくなっていく……。
よく考えろ俺!
こんなチャンス二度とない!
何とかこの娘と結婚できないか……。
考えに詰まったときは見方を変えよう。
逃げられない……。
なんで逃げるのか。
相手が強くて倒せないからだ。
……本当に倒せないんだろうか?
結局、考えた俺は少女と一緒に大きな落とし穴を掘り始めたのだった。
……まさか新入社員研修の穴掘りがこんなところで役に立つとは思わなかったが。
ついでに、少女が雑用で館の構造や道具の場所を知っていたのも大きかった。
その後は知っての通り、館のあちこちで入れ物に入れた古着や木切れに火をつけ、館を煙で満たし、男たちをたたき起こしたのだった。
……もしかすると一部、本当に館が燃えているかもしれないが、まあ俺は別に困らないし。
さて、ここからどうしたものか……。
少女との結婚式を考える前に、穴に落とした野盗どもをどうするか考えなければいけない。
めんどうだなぁ……どうしよう、これ。
そう思いながら穴をのぞき込むと、男たちは口々に俺を罵ってくる。
「おいてめぇ! こんなことしてただで済むと思うなよ!?」
「あー、今から縄を落とす。自分たちでしっかり結んで大人しくするならここから出してやるよ」
「ふざけんな! 誰がそんなことするかってんだ!」
「うっせぇ! 俺はお前らにかまってる暇なんかないんだよ! 俺はこの娘と早く結婚したいんだ!」
「はぁ? なに訳のわからんことを! 大体そいつは……うぶっ!?」
ボスの言葉は、しかし少女が蹴落とした土によって遮られた。
少女はそのまま足で土を穴に落としていく。
「ねーご主人様ー。こいつら埋めちゃいましょうよー」
「そうだな、なんかもうめんどくさいし。そうそう、呼び方はご主人様じゃなくてダーリンがいいな」
「ちょっと待てぇぇぇ!?」
男たちの姿が徐々に土で隠れていく。
やだなー、靴が土で汚れちった。
まあ服も土だらけだから今さらだけども。
「わかった、お宝を全部お前にやろう! だからちょっと待って……」
「いや、俺のお宝はここにあるし。悪いけど俺、急いでるから」
「やん、そんな……宝だなんで」
「ふざけるなぁぁぁ!?」
男たちの断末魔が響き渡る。
しかし、この場には俺と少女の二人だけ。
何が起きようと二人だけの秘密、っていうわけだ。
男たちの声に応えるものなど誰もいない――
「ちょっと、あんたたち何やってるのよ!」
そんな甘い考えを否定するように、女の声が響き渡ったのだった。