50.期待という名の始まり
「おし、準備できたな」
「……ちょっと食べてもいい?」
「ダメだって言ってんだろ」
机の上に並んだご馳走をこっそり――本人としてはこっそりしているつもりだろうが、皿ごと持っていこうとするフィーネ。
俺はフィーネから皿を奪い返すと奇麗に並べなおす。
ダンジョンの受付があるロビーと繋がる小さな部屋。
このイベントのためだけに作られた部屋は、銀製の燭台に照らされて温かな――しかし豪勢な雰囲気を醸し出していた。
そして――
「どうよ、決まってるだろ?」
「あーはいはい、そうねー」
ピシッとポーズを決める俺に、フィーネが見もせずに適当な返事を返す。
最初は貧相っぽいだの服に着られてるだの言っていたフィーネだったが、回を重ねるごとに返事が適当になっていった。
ともあれジャケットに白いシャツ、そしてズボン!
やはり男の戦闘服といえばスーツだろう。
元の世界のものとは若干違うものの、この世界でも正装はスーツっぽい感じだった。
ネクタイが無いのが残念だが――まあいい。
「髪型はどうだ? 大丈夫かな」
「誰もあんたの髪型なんか気にしないわよ……」
フィーネの呆れたような言葉を無視して、俺は再び鏡に向かい合う。
もう少し前髪立てたほうがいいかな……。
鏡を見ながら髪を整えていると、鏡の前ににゅっと手が伸びてくる。
「ほら、もういいでしょ?」
「いや、もう少し……」
「なんかナルシストっぽくてキモいわよ」
「ほっとけ!」
確かにトイレの鏡で髪型整えてるやつを見て、俺も昔同じことを思ったが……今ならその気持ちがわかる。
俺はフィーネの手を払って鏡に集中しようとするが、しかしすぐにまた伸びてきた手に邪魔をされる。
「なんだよ」
「いや、ほら」
「いえーい?」
「違うわよ!」
タッチをしようとした手を、今度は逆に勢いよく叩かれる。
再びフィーネは手を伸ばしてきて、
「お金よ、お金!」
「お前な、そんなに金に汚いとモテないぞ」
「あんたにだけは言われたくないわよ!」
フィーネはそういうと疲れたように肩を落とした。
出銭は縁起が悪いんだけどなぁ……俺はしぶしぶ財布を取り出すと銀色に輝く硬貨を数枚、その手に握らせる。
「ロッテにはバレてねぇだろうな?」
「んー、一応気づかれてはいないと思うけど……」
何か心当たりでもあるのか、自信なさげにフィーネ。
ちなみに今はロッテは街へ買い物に出しているので、しばらくは帰ってこない。
帰ってくることには俺たちはこの場を離れているはずなので問題ないはずだ。
「あいつに知られたら絶対邪魔されるからなー……」
「まあ、でしょうね……」
「っとそろそろ時間か」
小さくはあるが、街の方から正午を知らせる鐘が聞こえてくる。
よしっ!
俺は部屋の中を見渡すと、満足感と――これからの展開への期待に胸を膨らませた。
「うし、やるぞ!」
「まーせいぜいがんばりなさいな」
フィーネの投げやりな励ましは無視し、俺は背筋をピンと伸ばすと誠実な印象を与える笑顔――少なくとも自分はそう思っている、を浮かべて受付に立った。
横に座ったフィーネは頬杖をつきながら俺を見上げていたが、椅子を少し俺から遠ざけるようにずらすと笑いを堪えるように机に突っ伏したのだった……。