45.ダンジョンという名のお化け屋敷
「ちょっと、くっつかないでよ!」
「お前がこっち寄りすぎなんだよ!」
「おい、いちゃつくのもいいが油断するなよ?」
「誰がっ!?」
ヒーラーに冷やかされ、勢いよく離れる剣士と魔法使い。
少しの間そのまま無言で通路を歩いていたが、やはり怖いのかまた段々とその距離を近づけていく。
「にしても不気味ね……」
「確かに……なんか臭うしな」
話しながら歩く二人だが、その表情には隠しきれない不安が浮かび上がっていた。
しかし彼らが今歩いている場所を考えれば、むしろいつもと変わらない様子のヒーラーの方が異常だともいえる。
通路の壁は今までの階層とは異なり薄暗い光が足元を照らしだすだけたった。
おぼろげに見える通路は、心なしか壁に人の顔が浮かび上がってはこっちを見ているような気さえする。
そしてどこからともなく聞こえてくる呻き声に、足元の腐葉土の柔らかい不安定な感覚……。
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
「どうした?」
いきなり叫び声をあげた魔法使いに、剣士とヒーラーの視線が集まる。
魔法使いはそのまま泣きそうな顔で、目だけは下を――しかし顔は上にあげたまま震える口調で言葉を続けた。
「なんか……今、足に触った」
「足?」
言われて剣士が魔法使いの足元を見るが、そこには枯葉に隠れた彼女の足が見えるだけ。
「何もないぞ――」
言いかけた剣士の言葉が途中で止まる。
その視線の先には魔法使いの足と――手探りでそれを探るように蠢く床から生えた人間の手!
その手は探り当てた魔法使いの足をがしっと掴み――
「うおおおぉぉ!?」
驚きか、あるいは恐怖か、叫び声をあげながら剣士が振り下ろした剣に指を切り落とされ、力なく地面へと落ちる。
しかしそれをきっかけに、
「――んなっ!?」
「こっちも!?」
彼らのいく手を阻むように、あるいは彼らの戻る道を断つように地面が蠢き、盛り上がってくる!
囲まれている――彼らがそれを悟った時には、彼らの前後をゾンビの群れがふさいでいたのだった。
「くそっ、キリがねぇっ!?」
剣士の剣が目の前のゾンビを袈裟切りにするが、切られたことに気づいていないのかゾンビは左右に裂けつつもその歩みを止めようとしない。
一歩後ろに下がった剣士だったが、直後に今度は横に勢いよく押しのけられ――
「これでどう!? ライトニングランス!」
剣士が居た空間を稲妻がその光跡を残して通り過ぎる!
魔法使いが放った電の槍は裂けかけていたゾンビを焦がし――後ろの二体の動きを止めるも、三体目に阻まれてその光を宙に散らした。
中途半端に稲妻を食らって溶けかけたゾンビ――例えるなら火事で溶けかかった人体模型といったところだろうか、はその体液をまき散らしながら魔法使いの方へと歩みを進めていく。
「いやぁぁぁぁ!?」
「うぉい!?」
夢に出てきそうなその光景にショックを受けたのか、思わずゾンビの方へ剣士を突き飛ばす魔法使い。
剣士は抗議の声をあげながらも、その勢いを殺さぬままゾンビの頭へと剣を振り下ろす!
「くそっ、抜けない!?」
頭を割られたゾンビはそれでも動きを止めずに、剣を、剣士の腕を掴みその動きを封じる!
そしてその横から別のゾンビが剣士の喉元に食らいつこうとして――
「ライトニングボルト!」
剣士の後ろから飛来した電撃に撃たれ、その頭を黒い物体へと変えた。
動かなくなったゾンビはまるで恋人のように剣士へと倒れ掛かる。
剣士は引きつった顔で、しかし何とか剣を引き剝がすと頭が割れているゾンビの首を思い切り切り飛ばす!
「はぁ、はぁ……これで全部か?」
「みたいね……」
息を荒げた二人が後ろを振り返ると、ちょうどヒーラーが最後の一体の頭を砕くところだった……。
◇◆◇◆◇
「しっかし趣味の悪いダンジョンね……」
「まあ魔族の趣味は人間と違うんだろうけどな」
通路を抜けて部屋に入ると、あまり広くない部屋に所狭しと墓石が並んでいる。
さらには墓石にもたれかかった白骨が、生前は目が合ったはずの黒い空洞を冒険者たちの方へと向けていた。
ガララ……と音を立てて、部屋の扉が閉じる。
湧き上がる黒い霧に対し、冒険者たちは各々の武器を構えながら言葉を続けた。
「でもこれ、本当に誰が、何の目的で作ったのかしらね」
「誰がって、魔族じゃねぇのか?」
「それにしてもほかのダンジョンとあまりに違いすぎるっていうか……」
「まーそりゃそうだけど……っとくるぞ!」
黒い霧を突き破るように、ゾンビが地面から這い出てくる。
2、3体はそこを焼かれ、切られそのまま立ち上がることなく地面に倒れていく。
しかしその間に数体のゾンビが立ち上がり、その穢れた爪を、歯を冒険者たちに突き立てようと襲ってくる!
「ライトニングボルト!」
「うぉぉぉ!」
剣が、メイスが、稲妻がゾンビたちの頭を確実に砕いていく。
しかし――
「危ないっ!?」
「きゃっ!?」
魔法使い目がけて振り下ろされた剣を、割って入った剣士が手にした剣で受ける。
その剣を振り下ろしたのは――
「スケルトン!?」
「ふんっ!」
ヒーラーが横なぎに放ったメイスの一撃で骨を砕かれ、スケルトンは上下に分かれながら地面に崩れ落ちる。
しかし、その腕は動きを止めずに、ヒーラーに向かって手を伸ばし――
ゴシャッ!
ヒーラーのブーツに踏み砕かれ、ようやくその動きを止めた。
「油断するなよっ!」
「ありがとうございます!」
ヒーラーに礼を言いながら、今度はスケルトンに向かって切りかかる剣士。
ぱらっ。
天井から振ってきた土が、魔法使いの頭にかかる。
「なに――」
魔法使いが上を向くとそこには天井から生えたゾンビが数体、彼女を見下ろしていた。
目が合ったからというわけでもないだろうが――ゾンビたちが一斉に天井から抜けて冒険者たち目がけて振ってくる!
「んぐっ!?」
とっさに避けそこなってゾンビの下敷きになる魔法使い。
あまりの衝撃に、ゾンビを押しのけることすら忘れて目に涙を浮かべている。
ゾンビは構わずその歯を彼女の首筋に突き立てようとして――
「ターンアンデット!」
しかしヒーラーの魔法によって、その首筋に届く前に灰となって崩れ落ちた。
駆け寄ってきた剣士は魔法使いの手を握ると、彼女をそのまま立ち上がらせる。
「大丈夫かっ!?」
「……」
問いかける剣士に、しかし魔法使いは虚ろな目でぶつぶつと何かを呟きながら一枚の札を引き抜いた。
その札を見た剣士は表情を引きつらせ――
「おっさん、早くこっちにっ!!」
「おうっ!」
ヒーラーは目の前のスケルトンを砕くと、そのまま勢いよく剣士たちの方へ跳びのいた。
瞬間、カッと目を見開いた魔法使いが力ある言葉を解き放つ!
「アークライトニング!!」
刹那、魔法使いを中心に稲妻の渦が迸り――吹き荒れる稲津がゾンビを、スケルトンを、さらには墓石すらも焼き焦がしていく!
……ガララッ――。
扉が開く。
力を使い果たしたのか、気を失って倒れそうになる魔法使いを剣士が慌てて抱き留める。
その彼女の幸せそうな表情を見て、焦げた二人の男は苦い笑みを浮かべたのだった。