44.ヒーラーという名の耐久力
「だからここ間違ってるって言ってるでしょ、馬鹿じゃないのあんた」
「お前にだけは言われたくねーよ!」
俺は紙をくしゃっと握りつぶすと、そのままゴミ箱目がけて投げ捨てる。
……お、入った。
「大体、あんたが習いたいって言ってきたんだから、少しは敬いなさいよね」
「へーへー」
机の反対側から半眼で睨んでくるフィーネに、俺は気のない返事を返す。
とりあえず店がひと段落ついたし、ダンジョンの新しい目玉を作ろうとフィーネに魔法を教わっているのだが……なんだかなぁ。
見た目はそんなに悪くないし、女の子と二人きりで教えてもらうというのは悪くない……というか、夢のようなシチュエーションなのだが。
「なによ」
こちらの視線に気づいたのか、問いかけてくるフィーネ。
さすがになー、こいつと結婚とか不幸になるのが目に見えてるもんなー。
「別に」
「……あっそ」
軽くため息をつくとフィーネは俺の後ろに回り、ペンを持った俺の手を軽くきゅっと握った。
フィーネの髪が俺の耳にかかると、ふわっと石鹸の香りが鼻をくすぐる。
思わぬシチュエーションに身を固くする俺。
何となくだが背中に何か当たってるような気がするのは気のせいだろうか……いや、当たるほどのものがあったっけ?
だが男だ。
……いや、女か?
「ほら、さっさと続きをやるわよ」
「お、おうっ」
フィーネに急かされてぎこちない動作で左手を机の上に置いた俺だったが――
「うぉいたっ!?」
紙を切るのに使ったナイフの上に手を置いてしまう。
当然のことながらナイフは俺の左手を軽く切りひらき、流れ出た血が机の上に歪んだ染みを作る。
突然の痛みに俺が思わずのけぞると、そこには覗き込むようにしていたフィーネの顔があり――頬と頬が勢い良くぶつかり合った。
何となく気まずくなり、慌てて離れる俺とフィーネ。
落ち着け俺、こいつはアホだ……。
俺は深呼吸しながらヒーリングの札を取り出すが、
「ヒーリ……」
「やめなさいって」
しかし、途中でフィーネに取り上げられる。
「なんでだよ」
「あんたの魔力でヒーリングなんて使ったらどうなるか分かったもんじゃないわよ。死にかけてるならともかくそんな軽い傷で」
「って言われても痛いもんは痛いんだけどな」
傷は思ったより深かったのか、手のひらからは血がとめどなく溢れていく。
その様子を見てフィーネは軽くため息をつくと、
「仕方ないわね」
フィーネは俺の左手を軽く握ると、そのまま力ある言葉を囁くように呟いた。
「ヒーリング……」
「ん……」
うっすらと柔らかい光が、俺の手を包み込む。
その温かい光に包まれて、みるみるうちに――とは言わないが少しずつゆっくりと血が止まっていくのを感じる。
「ほら、このままじっとしてて」
「おう……」
ひんやりと冷たい小さな手、しかしその手が発する温かい光が傷をゆっくりと癒していく。
横顔しか見えないが、その表情はいつもの馬鹿っぽい感じとは違ってなんていうか……。
小さな沈黙が続く。
何となく気まずくなって俺は言葉を口にした。
「しかしあれだな」
「ん?」
「魔力がしょぼいのもたまには役に立つんだな」
「うっさいわね!」
その言葉と共に、フィーネは俺の手をぎゅっと握って離した。
そしてもう一方の手で俺の背中をバシっと叩くと元いた位置――机の向こう側へと戻っていく。
「ほら、さっさと続きやる!」
「へいへい」
すっかり乾いた血をぺりぺりと剝がしながら生返事を返す。
傷がなくなった左手は、しかしまだ温かさが残っているような気がした。
◇◆◇◆◇
「アイシクルランス!」
映像の中で女魔法使いの放った氷の槍が燃え盛るスライムを凍り付かせたかと思えば、次の瞬間には男剣士の剣がスライムを粉砕する!
「ふう、これで全部ね」
「ああ、そうだな。あとは……」
二人の視線は自然とある一点に吸い寄せられる。
そこには燃え盛る炎の巨人と、その猛攻に耐える重鎧を纏った大柄な戦士。
他の冒険者たちも雑魚を倒し終わったのか、巨人の元へと集まっていく。
「俺たちも……!」
「そうね!」
剣士と魔法使いも巨人の方へと駆けていく。
飛来した氷の槍が、稲妻の矢が巨人の力を削ぎ、あるいは凍らせて動きを鈍らせる!
巨人の燃え盛る双眼とは裏腹に、その身を守る炎はまるでマッチの火のように弱弱しく周囲の冒険者たちを照らし出していた。
赤く照らされた剣が、鈍器がその巨人を打ち砕くのはもはや時間の問題だった……。
「よっしゃぁー!」
「いい感じね!」
倒れた巨人のそばで勝利に沸く冒険者たち。
重鎧の男もその兜を脱ぐと大きく息を吐くと、その毛の一本もない頭を布で拭った。
男はそのまま一枚の札を取り出すと力ある言葉を解き放つ。
札が燃え尽きると同時に男の手が優しい光を放ち、剣士の傷を癒していく。
「しかしおっさん、凄いよな」
「なあに、大したことないさ。ただ突っ立ってただけだしな」
「もー、そんなこと言って!」
剣士と魔法使いに褒められて、まんざらでもないのかガハハと笑い声をあげる男。
男――ヒーラーは巨人の横に落ちてきた剣を拾うと、一転してつまらなそうな表情を浮かべる。
「しかしなんだな、こんだけ苦労してただの剣ってのもな……」
「確かに、なんかしょぼいわよねー」
「まあ、レアものは中々出ないからレアなんだよな」
苦い顔を浮かべるヒーラーと魔法使いに、剣士が同じく苦い笑みを浮かべながら答えた。
――しかし、続けて起きた振動にその表情は別のものへと塗り替えらえる。
「な、なに……!?」
「おい、あれ……」
扉が開く音――しかし、それは彼らが入ってきた場所だけではなく、その反対からも響いてきた。
音の先に全員の視線が集まる。
そこには今まで壁にしか見えなかった場所に、大きな扉が現れてその口を開いていた。
恐る恐る扉の奥を覗き込む冒険者たち。
その奥に続く階段から流れてくるのは、冷たく澱んだ空気と生あるものを羨むような怨嗟の呻き――。
炎に包まれた部屋にいるにも関わらず、彼らはまるで寒さに怯えるかのようにその身を寄せ合って固まっていた……。
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