42.店番という名の招き猫
「いらっしゃいませー!」
「おう!」
ハルの元気な声に客の野太い声が応える。
声の主はいかついおっさんだったが、その表情はまるで孫娘でも見るかのように緩んでいた。
「ハルちゃん、今日はなんかいつもより明るくないか?」
「そうですか?」
笑顔で疑問を返しながらも、ハルは商品を整理する手を休めていない。
うん、偉いな……。
思わず飼っている犬でも見るような気分になる俺。……いや猫か?
そんなことを考える間におっさんは商品を選び終えたのか、数本の瓶をカウンターの上に置いた。
「えーと、全部で1500フィルですね」
「うしっ、これで丁度だな!」
おっさんは硬貨と引き換えに瓶を受け取ると、腰につけた布袋に無造作に突っ込もうとして――
「おっと、忘れるところだった。ほれ、これやるよ」
そう言って取り出したのは数本の花でできた、小さな花束だった。
ハルはその目を丸くすると嬉しそうに受け取る。
「わあ、ありがとうございます!」
「なに、いいってことよ」
おっさんはそう言うと、ガハハと笑いながらあらためて瓶を無造作に突っ込んでいく。
「じゃ、また来るわ」
「はい、お待ちしてますね!」
そう言ってダンジョンの奥に消えていくおっさんを、ハルは笑顔で見送っていた。
……俺、空気!
まあどうでもいいけど。
「しかしそれ、どうするんだ?」
「これですか?」
どうするもなにも受け取った以上、飾るしかないんだろうけど。
ちなみに俺が昔、女性にあげた花束はそのほとんど全てが踏みにじられ、寒い夜風に舞って都会へと消えていった。
……まあ踏んだのは俺だけど。そもそも受け取ってもらえなかったからな!
そんな内心を知ってか知らずか、ハルは手にした花束をかかげて目を輝かせて言った。
「食べます!」
「まじでか!?」
思わず突っ込みを入れた俺だったが、ハルのきょとんとした顔を見て不安になる。
もしかしてこの世界ではそれが普通なのか……?
それとも食うに困ってとか? ちゃんと給料は払っているつもりだったが……。
考え込んでいる俺を見て、ハルが慌てて言葉を続けた。
「ああ、すみません。これ全部食べられる花なんですよ」
「お、おう……」
「何でも中央の方で流行しているらしくて、その話をしていたらじゃあ俺が持ってきてやるよって言って」
「……なるほど」
ここ数日、ハルと一緒に店番していて分かったことがいくつかある。
一つは、ハルが冒険者たちにかなりの人気だということだ。
まるで餌付けでもするがごとく、何も買わない客でもハルと軽く雑談をして、なぜかちょっとしたお菓子なんかを置いて去っていく。モテるというよりは、愛されているという感じだろうか。
……たまにちょっと愛し方が怪しい方向のやつも来たりしていたが、そういう連中は軽くゴーレム(護衛用)で小突いてご退場願っていた。
そして、もう一つは……
「平和だな」
「そうですね」
俺がいると、万引きや強盗などが全く現れないということだった。
……まあ、変装のためとはいえフードを目深に被った男とゴーレムが後ろに控えてたら、そうそう変なことをしようという気にはならないよな。
かといって引き上げてまた襲われてもアレだし……とはいえずっと一緒に店番してるわけにはいかないし。
そう、俺には嫁探しという重大な使命がある!
「という訳でだ」
「はい」
何がという訳なのか分からないだろうが、とりあえず頷くハル。
俺はそんなハルの頭にぽんと手を置くと店の中を見渡した。
薄っすらと青い光を放つ無機質な壁に、必要最低限だけ置かれた机と椅子。
別に狭いわけではないが、床に並べられた商品が部屋を実際以上に狭く感じさせていた。
正直、自分が一人でこんなところで働いていたら一日として持たないだろう。
「改装するか」
きょとんとした顔でこちらを見上げていたハルに、俺は笑顔を返して言ったのだった。