41.死体という名の店番
「あー、疲れた……」
地下室の床に倒れこむとそのまま眠気に負けそうになる。
まぶたが重い。
このまま寝ても……いや、どうせ寝るならベットで寝たい。
それにその前にやることはやらないと……。
俺は寝っ転がったまま腕を伸ばし、壁にダンジョンの様子を映していく。
ふっと香るゾンビ臭。
着ていた服は全部捨ててぬるま湯で体を拭いたものの、匂いは完全には取れていなかった。
「うー、あー……」
眠気を誤魔化すためにうめき声を上げると、匂いも相まって無駄にゾンビっぽい感じになる。
……まあ、もう一回死んでるからある意味ゾンビっちゃゾンビだけど。
そんなことを考えながら映像を切り替えていく。
受付で突っ伏して寝ているフィーネ。
さすがに明け方だけあって、ダンジョンの中は人が居ないようだった。
……そういや店はどんな様子だろ。
目をこすりながら壁の映像を切り替えると――
「なんだ、これ……」
思わず言葉を失う俺。
そこには荒らされた店の様子と、床に倒れたまま動かないハルの姿が映し出されていた。
映像の中で唯一、ハルの頭から流れ出る血だけが動きを止めずにいた……。
◇◆◇◆◇
「ご、ごめんなさっ……」
とりあえず蘇生したハル(死んでた)から話を聞こうとするが、泣きじゃくっていて話にならない。
それだけ怖い目にあったということなんだろうが……。
俺は胡坐をかくと、その上にハルを座らせてゆっくりとその頭を撫でていく。
昔、自分が子供だった頃によくこうしてもらったっけ……。
人の体温と、頭を撫でる大きな手が安心するんだよな。
「あの……」
「落ち着いたか?」
「はい……」
ハルが座ったまま俺を見上げると、服の隙間から、その……見えそうになる。
思わず覗きたくなる衝動に駆られるが、さすがに今はまずい。
俺は何とか衝動を抑えると、ハルが落ち着くように笑顔を浮かべた。
ハルの丸い緑の目が、泣きはらしたせいだろう少し赤みがかっていて妙な色気を醸し出している。
上気した頬に、伝わってくる体温。ほんのりと香る花のような香り。
惜しむらくはそこに血の匂いとゾンビの匂いが混ざっていることだろうか……。
「で、何があったんだ?」
「はい、その……」
ハルがゆっくりとだが話してくれた内容を整理すると、つまりこういうことだった。
二人組のごろつきが客としてやってきたが、そのうちの一人が万引きをしようとしたらしい。
それに気づいたハルが品物を返してもらおうとしてもみ合いになり、突き飛ばされた拍子に机の角に頭を打って今に至る……と。
「ごめんなさい、その、品物とお金……」
「いや、俺こそ怖い思いさせて悪かったな」
恐怖を思い出した、というよりは恐らくは俺への申し訳なさだろう。
再び泣きそうになるハルの頭を撫でながら考える。
最近、ダンジョンを増築するにつれて売り物の質や量も上がってきている。
武装した冒険者たちを相手に商売するのに、無防備な女の子を一人で店番させてた俺が悪い……。
「よしっ、決めた!」
「はい?」
「明日から俺も店番に立つことにする」
「そんな、ご迷惑じゃ……」
「そんなことはないさ。ちょうど一回、どんなもんか見て見たかったしな」
言葉では遠慮しているものの、その頭に生えた猫耳がピンッと立っているのがまた可愛らしい。
それにハルみたいな可愛い女の子と一緒に働けるなら喜んで店番でもなんでもやるさ――という言葉は言わずに飲みこんだ。
いつも余計なことを言って失敗してる気がするし。……せめて後2年、ハルが年取ってたらなー。
「ま、そうと決まれば」
「はい!」
返事をして再び俺を見上げるハルだったが、泣き疲れたのかあくびを噛み殺そうとして失敗していた。
腫れが引いてきた目には、さっきまでとは違う涙が浮かんでいた。
「とりあえず寝るか」
衝撃的な展開に覚めていた意識だったが、とりあえず落ち着いたことで再び眠気が戻ってくる。
あくびを噛み殺そうと堪えていると、ちょうど同じようにあくびを噛み殺そうと変な顔をしているハルと目が合った。
なんとなく可笑しくて、どちらからともなく笑いだす。
「そうですね」
そのハルの言葉をきっかけに、二人で一緒に立ち上がるとダンジョンの入口の方へと歩きだす。
ふらつくハルの手を軽く握りって、やはり思う。
傍から見たらカップルっていうよりは兄妹なんだろうなぁ……と。