40.人質という名の的
魔法でちゃんと回復したマッシュを先頭に、俺たちはこの騒ぎの中心へと足を速めていた。
……まあ、ある意味マッシュがこの騒ぎの中心といえば中心なのだが。
なんかもう、こいつを役人とかに突き出して事件解決でもいいんじゃなかろうか。
そんなことを考えながら、俺は燃え尽きた札を捨てて次の札を引き抜く。
「まだなのか?」
「も、もうすぐだ」
若干震える声で答えたマッシュ。
その服は何故か所々焦げたり凍っていたりする……主に後ろ側が。
別に狙って撃ったわけではなく、彼を敵から守ろうとした余波でそうなっただけだから仕方がない。
しかし……さすがに召喚の魔法陣に近づいているだけあって、アンデットと遭遇する頻度が多くなってきていた。
札の残数を確認して若干不安を覚える。
札の枚数と反比例してゴーレムの背負った籠にアンデットたちの死体――死んでるのに死体というのも変だが、が積み重なっていく。
「ファイアランス!」
これで何度目だろうか、巨大な炎の槍が立て続けに目の前のアンデット達を焼き払い、道が開けて――
「……着いたぞ」
その言葉に灼け焦げた道を駆け抜けると、唐突に広いスペースが目の前に姿を現した。
本来は憩いの場所だったのだろう。
花壇の花は踏みにじられ、ベンチだったものは無残にもその残骸を晒すのみだった。
そしてその真ん中にでかでかと描かれた血の魔法陣。
こうして見ている間にも中からゾンビやら何やらが次々と姿を現している。
「よくこんなの描けたな……」
「ちなみに血は牛の血だ」
「だから何だよ!?」
何故か自慢げに言ってくるマッシュに、思わず突っ込む俺。
つーかこいつ、こんな禍々しいもん描いてて何も疑問に思わなかったのだろうか……。
ともあれ――
「こいつを破壊すればいいんだな」
言いながら俺は残り少なくなった札から一枚を抜き取って構えた。
そして力ある言葉を解き放とうとするが、それを遮るように歪んだ声が広場に響き渡る。
「そうはさせん……」
「なんだ?」
「あ、あいつは……!?」
俺の誰何の声と、マッシュの驚きの声が被さった。
その歪んだ声の主は……
「本が……しゃべってる?」
ロッテが目を丸くしながら声を上げる。
――そう、声の主は空中に浮かんだ本だった。
本は一見革製に見えるが、水でたわんだように皺くちゃで、所々歪んだ穴が開いていた。
遠目で見るとまるで人の顔――醜い老婆のように見える。
本が悲鳴とも呻き声とも取れるような声を発すると、あたりにいたアンデット達が本の下に集まってくる!
アンデット達はそのままぐしゅぐじゅと嫌な音を立てながら、まるで力任せの粘土細工のように形を変えていき――
「ヴァォァァヴァァァ!!」
みるみるうちに、ビルの二階分はあるだろう巨大な人型へと姿を変えていった。
その顔に当たる部分に本が張り付くと、その人型は全身を震わせて威嚇の声を上げる。
「うわきしょ、ファイアボルト!!」
俺が叫ぶと同時に、一個一個がスイカよりも大きい火球が数発、現れてはその人型へと降り注ぐ!
燃え尽きた札が風に乗って消えてから数瞬後、ようやく煙が晴れて――
「……ちょっとやりすぎたか?」
後には、ちょっとした大きさのクレーターが残るのみだった。
人型はおろか、その下にあった魔法陣も跡形もなく吹き飛んでいる。
「まあ、これで解決だな」
言いながら俺は後ろのマッシュとロッテの方へと振り返る。
騒ぎの元凶の魔法陣は破壊したし、後は放っておいても他の冒険者たちが何とかしてくれるだろう。
とりあえず皆のいるところへ行って札を補充しないとな。
――と、こちらを見ていたマッシュがいきなり表情を変えて駆け寄ってきて――!?
「危ないっ!?」
「うおっ!?」
右側からマッシュに突き飛ばされ――ついでに反対からロッテに引っ張られる形で俺は勢いよく吹っ飛んだ。
「何だ、一体――」
「ククク、甘かったな」
マッシュの歪んだ声が響く。
いや、あれはマッシュの声ではない……。
ゆっくりとこちらを振り向いたマッシュの顔には、焦げてはいるものの先ほどの人の顔の本が張り付いて声を上げてた。
「マッシュ、お前……」
「この人間の命が惜しくば、大人しくこの場を立ち去るがよい。さもなくば……」
「ファイアボルト」
「グゥォォォゥァ!?」
威力を絞った光球が、本の台詞を悲鳴へと変えた!
さすが本だけあってよく燃える。
最初のはどうやって耐えたのか少し疑問だが……まあいいか。
そんなことを考えながら目の前の光景を眺めていたが、
「貴様ぁぁぁぁ!?」
燃え盛る本がマッシュの顔から離れると、俺の顔目掛けて勢いよく飛んできて――ザンッ。
しかし、俺の顔に届くよりも先に、割って入ったロッテの剣によって切り捨てられたのだった……。
「助かった、ありがとなロッテ」
「当然のことですよ」
そう言うロッテは、しかし少し自慢げに見えた。
俺はその頭を軽くなでると、軽く伸びをして歩き始める。
「さて、帰るか」
「そうですね」
墓地の出口に向かって歩く俺たちの後ろを、ゴーレムがゆっくりとついてくる。
その背中の籠にはちゃっかりと切り刻まれた本も積まれていた。
そのさらに後ろでは、顔と体がいい感じに焦げた男が一人、まるでゾンビのようにゆっくりと出口へと這っているのだった……。