38.死神という名の包囲網
俺たちを囲うように黒い霧が湧き上がってくる。
しかし沸いてきているのは霧だけではなく――
「囲まれた……か?」
「……ですね」
先ほど倒したのと同じ死神が7体、いや8体か?
数えている間にも霧は晴れるどころか濃度を増しており、その中から死神たちが次々と湧き出してきている。
その手にはお揃いの大きな鎌。
警戒しているのか、数が揃うのを待っているのか――ゆっくりとその輪を縮めてくる。
「で、どうしてくれるんだ?」
背後にいる男は首だけでこちらを向くと皮肉めいた口調で俺に言葉を投げてきた。
どうしてくれるってもな……。
男の息がかかるのが嫌で顔を反対に向けると、そこではロッテがやはり非難めいた顔で俺を見上げていた。
籠を背負ったゴーレムも心なしか俺を責めているような気がする。
「くそっ、わかったよ。どうにかすりゃいいんだろ!?」
「どうするんですか?」
「どうするもこうするも――」
俺は言いながら辺りを見渡す。
あたりは既に死神の群れで壁のようになっているが――よし!
俺は大体のあたりをつけると、ポーチから一枚の札を引き抜いて叫んだ。
「ファイアランス!!」
言葉と共に放たれた一本の巨大な炎の槍が死神を、墓石を、その勢いを邪魔するものを全て灼き溶かしていく!
その後には黒く灼け焦げた道だけが残り――
「逃げるんだよ!」
「きゃっ!?」
呆気に取られているロッテの手を掴むと、俺はゴーレムにしがみつく。
逃がすまいと死神たちがその輪を一気に縮めてくるが――その輪が縮まりきるよりも早く、俺を乗せたゴーレムが道を一気に駆け抜ける!
「「「イィィィィイイィイィィイィィ!?」」」
死神たちの断末魔を背に、ゴーレムは木々や墓石を避けながら勢いよく墓地の中を駆けていく。
後ろから何かを引きずる音や、時々何か固いものがぶつかる鈍い音が聞こえてくるが――今は振り向いている余裕はない!
……どれくらい走っただろうか、
あたりには墓石が少なくなり、かわりにという訳でもないだろうが小さな小屋が視界に飛び込んできた。
俺を乗せたゴーレムは速度を落としながら小屋に近づいていく。
「ふう、これだけ走れば大丈夫だろ……」
耳を澄ますが、聞こえてくるのは遠くから聞こえてくるゾンビたちの呻き声だけだった。
小屋の前でゴーレムを止めると、俺は後ろを振り向き――
「うおっ!?」
視界に飛び込んできたものに驚き、思わずゴーレムから手を離して後ろずさった。
確かに死神達はもう追ってきていないようだったが……
「ご……しゅ……」
「うぁあぁぁ……」
代わりに二体のゾンビ……いや、ボロ雑巾のようになったロッテと、いまだにその足を掴んで離さない男が俺を見上げて怨嗟の声を上げていた。
何があったのか、男の脚にはゾンビのものだろう片腕だけがしがみついていた……。
◇◆◇◆◇
「いや、忘れてたわけじゃなくてだな……」
「それでもせめて一言言ってくれれば、ボクもゴーレムに乗れたのに……」
拗ねているのか、恨みがましい目で俺を見上げるロッテ。
俺がかけた回復魔法のおかげで傷はすっかり癒えているが、さすがに服までは治るわけもなくボロボロのままになっていた。
服の裂け目からヘソが見えていたり、胸の部分も見えそうで見えなかったり――。
思わず視線がいってしまうのを堪えられずに、目だけ動かして必死で見ていない風を装う。
……だが男だ。
そんな俺の視線に気づいたのか、ロッテは俺の胸元に飛び込んでくると潤んだ上目遣いで囁いてきた。
「キス……してくれたら許してあげますよ」
「お前な……」
胸元からほんのりと体温が伝わってくる。
閉じた瞳に、相も変わらず柔らかそうな唇。
少しでも顔を遠ざけようとして背を反らすが、密着しているので距離は一向に遠くならない。
むしろ近くなってきている気すらする。
その顔はまるで恋する乙女のよう……だが男だ。
そう、男なんだが……無理に引きはがすのはなんだか気が引ける。
女の子には優しくしろと言われて育ってきたからな……逆はないけど。
いや、だが男だ。
優しくする義理はない。
俺が何とか引きはがそうとロッテの肩に手をかけると、それを見計らったかのように男から声がかかる。
「なあ……いい雰囲気のところ悪いが、儂にも回復魔法頼む」
「あんっ」
「変な声上げんなっての……」
男の言葉に、俺はロッテを引きはがして倒れっぱなしの男の方へと歩いていく。
「回復してやるよ、ただし……」
俺は男の脚に付いたままのゾンビの腕を蹴とばして言葉を続けた。
「その前に知ってることを全部話して貰おうか」