37.救助という名のミイラ取り
「何処へいった……?」
「見失っちゃいましたね」
男を追って墓地の奥へと進む俺たち。
その前にも後ろにも、首を落とされ、あるいは矢で射抜かれたアンデットたちが倒れていた。
腐臭が漂う死体でできた道を歩きながら思う。
「なあ」
「はい」
「なんで俺たち、こんなところに居るんだろうな……」
「……さあ」
足を止めて振り返ったロッテ。
メイド服を着ているはずだったが、血なのか何なのかよくわからない染みのせいで、メイド服がまるで赤黒い喪服のようになっていた。
恐らく自分も同じような感じだろう。とにかく臭いし、謎の液体が服や靴に染みついてきている。
……なんか病気とかならないよな、これ。
俺は手に着いた液体を服でこすりながらため息を吐き出した。
「まあ、帰るってもこの騒ぎが収まるまで家には戻れないだろうしな……」
正確に言うと戻れないことはないが報酬が貰えない。
今回補給は貰っているものの持ち出している部分も少なくない。
儲けられないにしてもせめて赤字は避けたい……とりあえず服を買い直したいし。
「で、どうします?」
「どうするってもな……」
散発的に襲ってくるゾンビを文字通り刈りながら聞いてくるロッテに、俺はポーチの中の札を確認しながら答えた。
「まあ、もう少しさっきの男を探してみるか」
「ですね」
何か知ってそうだったしな。
それでダメだったら全力で浄化の魔法を使えばなんとかなるだろ。
……ロッテも浄化されたら女になったりしないかな。
そんなことを思いながら、念のため確認する。
「ところでさ、ダークエルフってアンデットじゃないよな」
「……一緒に見えます?」
質問に怒ったのか、ロッテが剣先に刺したゾンビの首をこちらに見せながら聞いてくる。
うえ、目が合った……。
軽く謝りながらロッテに剣を下すように言うと、それに答えるように変な声が聞こえた。
「ぐぅっ……」
「どうした?」
「ボクじゃないですけど」
思わず顔を見合わせる俺とロッテ。
俺でもなくてロッテでもないということは――。
耳を澄ますと、再び呻き声が聞こえてきた。今度はそれに剣と剣を交えるような音も混ざる。
「いくぞ!」
「はい!」
言うと同時に俺は音のした方へと走り出す。
乱立する墓石を、木を避けながら駆けると――そこには倒れた男と、その上にのしかかる化け物が目に入ってきた。
まるで巨大な黒い卵がぼろきれをまとったような姿で、その手にした鎌を男の方へと押し付けている。
ぱっと見の印象は死神という感じだろうか。
押し負けたのだろう、男の剣があらぬ方へ弾かれ、死神の鎌が男の首目掛けて振り下ろされ――
「ファイアボルト!」
ザスッ!
音を立てて鎌が地面に刺さる。
文字通り首の皮が一枚切れて、男の首から血が垂れる。
火球に腹を撃ちぬかれた死神は少しの間、ゆっくりとこちらに近づこうとしているようだったが、やがて力尽きたのか地面に倒れるとその目を赤く輝かせ――
「イィィィィイイィイィィイィィ!!」
「うおっ!?」
墓地中に響き渡るかのような甲高い断末魔を上げて動かなくなった。
顔をしかめた男が立ち上がりこちらへ駆け寄ってくる。
男は左腕が巨大な剣になっており――つまり本来手がある部分に剣がある、右手には木製のボウガンを携えていた。
それ自体が異常な風体だが、前掛けに大きなコック帽という服装が異常さをさらに強調していた。
「余計なことをしてくれたな……」
「助けてやったんだがな、まずは礼を言うのが筋じゃないのか?」
「頼んでない」
思わず言い返そうとして、しかしぐっと堪える。
今は言い争ってる場合じゃないし、言い負かしたところこの大量発生が解決するわけでもない。
俺は大人の男だし、多分こいつよりはモテると思う。片腕が剣じゃないし。
むしろモテるなら両腕剣にしたっていいくらいだ……。
俺は自分を言い聞かせると、大人の男らしく質問をすることにした。
ええと結婚してるかどうか――じゃなくて、
「あんた、この大量発生について何か――」
言いかけた俺だったが、目の前の光景に途中から口が開きっぱなしになる。
いつの間にか横に来ていたロッテが、珍しく緊張した面持ちで言葉をこぼした。
「ご主人様、今のはちょっとまずかったかも……」