31.情報という名の金の種
『不思議のダンジョン、新たな階層現る!
以前よりその特異性から注目されていたこのダンジョン。
そこで最近、冒険者によってさらに下へと続く階段が発見された。
新しく発見された階層では火属性のモンスターが多く出現し……
……
…
また、その最奥にはフレイムタイラントとインフェルノスライムが出るという噂もあるが、その真偽についてはこれからの調査に期待したい』
掲示板に張られた記事を読んで、ちょっと安心したような、がっかりしたような気持ちになる。
死んだけど生き返った話はまだ載ってないのか。
まあ、自分が死んだっていう話を進んでしようと思うやつも居ないか。
大体、そんな話しても信じてもらえないだろうし。
「なあ、読み終わったならどいてくれねぇか?」
「ああ、悪い悪い」
冒険者ギルドの情報掲示板、そこには小さな人だかりができていた。
新しく増やした階層について、どういう情報が流れてるか確認に来たのだが――。
……なんか、思いのほか注目されてる……。
ちょっと調子に乗ってやりすぎたか?
少し後悔しながらも俺は人だかりから抜け出すと、受付のカウンターに手をついた。
そのまま受付嬢に話しかけようとすると、カウンターに置かれた『不思議のダンジョンの地図:二千フィル』という文字が目に入る。
「これ、一枚頼む」
「はい、二千フィルですね」
俺は地図を受けとると、それをポケットの中にしまいながら言葉を続けた。
「なんか、凄いことになってるな」
「そうですね、まあ新しいダンジョン自体、ここ数年発見されてなかったですしね」
「そうなのか?」
「ええ、しかも他のダンジョンと大分仕組みが違うみたいですし」
他のダンジョン、か……。
確かに前に行ったダンジョンは手入れされている感じはなく、放置された結果、モンスターが住み着いているという感じだった。
つか、ダンジョンの存在を当たり前のように受け入れてたけど、そもそもこの世界のダンジョンって何なんだ?
俺は思いついた疑問をそのまま口にする。
「そういや、そもそもダンジョンって何なんだ?」
「んー、そうですね」
彼女は俺の言葉に、書類を整理する手を止めてこっちを向いた。
昔、本で読んだ話ですけど……と前置きをして彼女は続ける。
「ダンジョンって、元々は要塞だったらしいですよ」
「要塞?」
「ええ、昔――といっても、神話になるくらいの昔ですけど。神と魔神の戦いがあって、その中で要塞として造られたのが今のダンジョン、とのことです」
「……なるほど」
「まあ、本当かどうかは知らないですけどね。昔は魔法の武器なんかも発見されたらしいですけど、今では勝手に住み着いたモンスターが居るだけですし」
そういや魔神のやつも昔、神と戦ってたとか言ってたな。
要塞だから罠もあるし、やたら頑丈で分かりにくい造りになってるってわけか。
とはいえ管理する人も居なく、モンスターが勝手に住み着いてる、と……。
「でも不思議ですよねー」
「不思議って?」
「あの不思議のダンジョンですよ。あんなところにあったら絶対誰かに発見されてるはずですし、そもそも今まで発見されてなかったこと自体不思議なんです」
「……まあ、確かにな」
「しかも倒しても倒しても沸いてくるモンスターに、採っても採っても生えてくるハーブ。挙句の果てにはボスから魔法のアイテムがドロップしたり、新しい階層が増えたり……」
「そーだね、不思議だねー」
口にしながら考え込む受付嬢。
俺は彼女から目をそらしつつ適当な答えを返した。
やばい。
このまま話を続けると墓穴を掘りそうな気がする……。
俺は彼女の考えを中断させるべく、慌てて話題を切り替えた。
「な、なあ」
「はい?」
「そういや、えーっと、ハルちゃんはどうしたんだ? 今日は見かけないけど」
今日、冒険者ギルドに来た時から気になっていたのだが、ハルちゃん――前回もてなしてくれた猫耳の少女が、今は見当たらなかった。
まあ、たまたま今日は休みなのかもしれないし、そもそも別に何か用事があるわけでもなかったのだが。
俺のその言葉に、彼女はその表情を曇らせて二階へと続く階段を見上げた。
釣られて階段の上の方に視線をやると、暗くてよく見えないが何だか焦げているような感じがした。
彼女は会談に視線を向けたまま、暗い表情で言葉を続ける。
「ハルちゃんは――」
◇◆◇◆◇
「……雨か」
ぽつり、ぽつりと振ってきた水滴に、俺は空を見上げた。
灰色の空が、まるで俺の心を覆いつくすように世界を包み込んでいる。
ハルちゃん、大丈夫かな……。
冒険者ギルドからの帰り道、街の中を歩きながら俺は考える。
一度しか会っていないといえばそれまでだが、あの純真な笑顔がもう見れないと思うと何だか悲しくなってくる。
――と、
「……っ」
路地の奥から泣き声が聞こえた気がして、俺は足を止めた。
そのまま耳を澄ますと、今度ははっきりと聞こえた。
確かに泣き声だ。
しかもこの声は――。
頭の中に、ある人物の姿が思い浮かぶ。
俺は声の主を確かめるべく、路地の奥へと駆け出したのだった。