30.救いという名のぼったくり
「うっ……」
「ここは……?」
冷たい地面に横たわっていた冒険者たちは、その温かい血が通った体を起こして口々に呟いた。
みんなまだ意識がはっきりしていないのか、頭を振ったり顔を叩いたりしている。
「……おい、お前、なんて恰好……!?」
「なっ……なにこれ!?」
剣士――今は剣を持っていないので元剣士というべきだろうか、が魔法使いを一瞬だけ見て慌てて目をそらす。
その言葉で自分の格好に気付いたのだろう、魔法使いは体を隠すように両手を体に巻き付ける。
他の冒険者たちの目も、彼女にくぎ付けになっていた。
「ちょっと、ジロジロ見ないでよ!」
「ああ、悪い悪い」
「しかし……なんで下着?」
名残惜し気に視線をそらし、今度は自分の格好を見て誰かが呟く。
そう、冒険者たちは魔法使いも含め彼らは全員下着を纏うのみとなっていた。
服を着ていてわからなかったが、魔法使いは意外と出るところは出ていて、引っ込むべきところは引っ込んでいる。
男たちが視線を向けたくなるのも仕方がないことだろう。
「つか、俺たち死んだんじゃ……」
「あれは夢だったのか?」
剣士の呟きに、ヒーラーが言葉を重ねる。
ヒーラーは考えるときの癖だろう、胸元に手をやり――ペンダントが下げられたままなことに気づく。
しかしそのペンダントはどこか歪み、また装飾の隙間には固まった血がこびりついていた。
「いや、夢じゃねぇな……」
「じゃあ、わたしたちは死んだっていうこと?」
「でも……生きてるよな、俺たち」
冒険者たちは生きていることを確かめるためか、頬をつねったり、指を反らしたりしている。
ヒーラーがあたりを見渡すも、その石造りの大き目な部屋には出入り口どころか家具の一つもなかった。
「しかし、どうしたもんかな」
ヒーラーが呟く。
――と、その呟きに答えるように壁の一部が開き、光が差し込んできた。
そして――
「皆さん、大丈夫ですか?」
「あんたは受付の……」
光とともに部屋に入ってきたのは、銀髪の美しい少女だった。
◇◆◇◆◇
「はい、紅茶です」
「ありがと……」
少女――ロッテから紅茶を受け取り、魔法使いは感謝の言葉をこぼした。
簡素とはいえ服を着て落ち着いたのだろう、彼女は紅茶を口に含み――そのまま顔をしかめて紅茶をテーブルに置いた。
コップの中で揺れる紅茶は、何度使いまわしたらそうなるのだろうか、ほとんどお湯に近い色をしていた。
「とにかく、私たちは生きていて、ここはダンジョンなのね」
「そうですね」
魔法使いの確認の言葉に、ロッテが小さく頷く。
そのやり取りを聞いて、剣士が疑問を口にした。
「なあ、その、俺たちの剣とか服とか、どうなったか知らないか?」
「さあ? ボクは何も……」
「そうか……結構高かったんだけどな」
「俺なんて財布にいくら入っていたか……やばい、カミさんにどやされる……」
無くした装備や財布のことを思い出したのか、言葉をこぼしながら表情を曇らせていく冒険者たち。
しかし、そんな彼らにペンダントを握ったヒーラーが言葉をかけた。
「ま、生きてただけでも儲けもんだろ。金なんざまた稼げばいい」
「……そうだな」
ヒーラーの言葉に、ぎこちない笑顔を浮かべて剣士が答えた。
しかし、剣士はヒーラーを見ると怪訝そうな表情をして首を傾げた。
「なあ、おっさん……」
「なんだ?」
「あんた、なんか小さくなってないか?」
「はぁ?」
「小さくなったっていうと何か違うわね、なんかこう、細くなった?」
「ああ、確かに。身長は変わってないな」
「そう言われれば確かに……なんか、いつもより力が入らねぇんだよな」
ヒーラーはそう言いながら手を開いたり握ったりしていた。
確かに、ボスに殺される前と比べて細く――筋肉が減っているように見える。
その様子を見て、ほかの冒険者たちも己の体を確かめるように、手を握ったり軽く跳んだりしていた。
「ま、とにかく街へ戻るか」
「ちょ、ちょっと待てよ、戻るったってこの格好じゃ……」
「て言ったって、ないもんはどうしようもないだろ」
「あー、えーっと、そうだ! なんか要らない服とか余ってないか?」
パンツ一丁でダンジョンから出ようとするヒーラーを止めながら、やはりパンツ一丁の剣士がロッテに問いかける。
ロッテはその一種異様な光景に、しかし笑顔を崩さず答えた。
「ありますよー」
「本当か!?」
「ええ」
「ありがとう、助かる!」
瞳に涙さえ浮かべて喜ぶ剣士。
笑顔で詰め寄る剣士に、ロッテが言葉を重ねる。
「お一人様、2000フィルです」
「え……金、取るの?」
「今は持ち合わせがないでしょうから、後払いで大丈夫ですよ」
笑顔のロッテに、固まる冒険者たち。
しかし、彼らに選択の余地は残されていなかった……。
◇◆◇◆◇
「まあ、なんとかなったな……」
俺はそう言葉をこぼすと、ロッテが入れてくれた紅茶に口をつけた。
味はほとんどしないが、それでもちょっとリッチな気持ちになるのはなぜだろう。
「しかしなー、なんだろうなー」
俺の呟きが部屋の中に響いて消える。
壁に映し出された映像の中では、服を着た剣士と魔法使いが仲良く手をつないでダンジョンから出ていくところだった。
くそっ、見せつけてくれる……。
こんな事ならいっそ、剣士だけ蘇生しなければよかったか?
いやまあ、蘇生しなかったからって魔法使いと結婚できるわけでもないけども。
今回のこと――冒険者たちの死は想定外の出来事だったが、おかげで意外な収入ができそうだった。
一つは服の代金。
さすがに下着で帰るわけにもいかないだろう、後払いとはいえやや高めの値段でも服が売れた。
さらに、後払いならまたダンジョンに来なければいけない。
そうなればついでにまたダンジョンに潜ろう……となるかもしれないという一石二鳥の考えだった。
そしてもう一つは――。
部屋を見渡すと、乱雑に積まれた剣やメイス、防具などが目に入る。
そう、冒険者たちの装備である。
全部売ればそれなりの金額になるだろう。
もっとも、売る場所は考えないといけないが……。
さすがに町の武具屋で売ったら一発でお縄になりそうだし。
「けどまあ、ちょっと悪いことしたかもな……」
そう呟いて、ヒーラーのことを思い出す。
彼らが話していた、細くなった――という話に、俺は思い当たることがあった。
これは後から知ったことなのだが、蘇生魔法はあくまで生き返らせる魔法とのこと。
ある程度は体の傷を一緒に癒してはくれるものの、大きな傷や欠損までは完全には回復しないらしかった。
剣士や魔法使いは死に方が綺麗だったので蘇生魔法だけで十分だったが、ヒーラーは踏みつぶされて体の欠損が酷く、結果として前よりも体が減ってしまっていた。
正式には生き返らせる前に回復魔法で体を治して、それから蘇生魔法という順番らしい。
まあ、本来なら死んだらそこで終わりなわけだし、これくらいはデスペナルティとでも思って受け入れて貰おう……。
「さてと……」
そう言って立ち上がると、ずっと座っていたからか足がパキリと音を立てた。
ついでに軽く体を動かしながら考える。
武具を売る場所を考えないといけないし、色々気になることもある。
「面倒くさいけど、いくしかないか……」
そもそも俺はただ結婚したかっただけなのに、なんでこんなことしてるんだろうか。
一体俺はいつになったら結婚できるんだろう……。
そんなことを思いつつ、俺は部屋を後にしたのだった。