29.蘇生という名の再開
やばい、これはやばい、まじでやばい。
ひんやりとした部屋の中で、しかし俺は汗にまみれていた。
壁に映し出された映像の中で、最後の冒険者が巨人に踏みつぶされるのが見える。
やばい、これ死んでるよな?
完膚なきまで全員死んでるよな!?
「落ち着け俺、こんなときはアレ、アレを数えるんだ……」
なんだっけ、アレ、あれ、おれ?
そうだ、俺だ。
俺が一人……、俺は一人……、結婚できない……、牢屋でも一人……。
「って、誰が一人だ!?」
自分で突っ込み、我に帰る。
寂しかったら猫でも飼えばいい。
一生一人ってことはないはずだ。
いや、問題はそこじゃない。
とりあえずこれ以上酷くならないうちに……。
集中してイメージする。
すると巨人を取り巻くように魔法陣が現れ――数俊吾、魔法陣が消えた後にはただ黒い煙だけが残されていた。
よし、後はあいつらを何とかするだけだ!
大部屋の中に転がる冒険者たち……だったものを見ながら頷く。
まあ、それが一番問題なんだけども。
……いや、まじでどうしよう……。
「とりあえず……」
深呼吸して考える。
冒険者たちは死んだ。
全滅だ。
焦って生き返るわけでもなし、落ち着いてゆっくりと部屋に行って考えよう。
そんなことを考えつつ俺は小走りでダンジョンへと向かったのだった……。
◇◆◇◆◇
「で、だ」
「はい」
「どうしようか……」
「と言われても……」
俺の問いかけに、ロッテが何かを考えるように目を閉じる。
巨人のいなくなった大部屋は、しかし変わらず暑く俺たちを照らしていた。
俺は手に持っていた荷物を下ろし、服の裾で汗を拭いた。
……ちなみに何でロッテが一緒かというと、ちょうどダンジョンに向かう途中でばったり会ったからだ。
なんでも俺に飯を届けにいく途中だったらしい。
もっとも、今のこの状況で腹に何かを入れる気にはならなかったが。
「んー、埋めちゃうっていうのはどうですか?」
「いや、だめだろ」
最終手段はそれかもしれないが、それは本当に最後の手段にしておきたい。
なんか人として超えてはいけない一線を超えそうだし。
魔族側に召喚されたとはいえ、人間であることを捨てたくはない。
それに――
「大体、ダンジョンに誰が来たか全部記録つけてるんだから、そんなことしたらバレバレだろうが」
「大丈夫です! 一ページくらい抜けてたって誰も気づきませんよ」
「いや気づくだろ……」
そう、ダンジョンの入場者はちゃんと記録し、ダルトンのいる役所に定期的に提出していた。
そんなことをしてバレた場合、芋づる式に俺がこのダンジョンを造ったことまでバレそうで怖い。
「でも、ダンジョンに来るってことは死ぬ覚悟があってだと思うんですよ。自業自得じゃないですか?」
「いや、そうは言ってもなぁ……」
自己責任といえばそれまでなのだが、さすがに今回のボスは強すぎた気がする。
俺も戦いが始まるまではギリギリ死なずにクリアできると思ってたし。
千歳が腹パン一撃で沈めていたので気づかなかったが、魔法使いの言葉から察するに伝説的なモンスターだったらしい。
まあ、腐っても勇者ってことか……。
「でも、じゃあどうするんです? 生き返るわけでもないですし」
「ん?」
生き返る……?
ロッテの言葉が頭の中で引っかかる。
そういや蘇生の魔法ってありそうだよな。
大体どんなゲームでも蘇生の魔法とかアイテムってあるし。
俺はそう考えると持ってきた荷物から札を取り出し、漁り始める。
「これは違う、これも違う……」
「これなんて使えるんじゃないですか?」
ロッテもこちらの意図を察したのか、札の山から一枚の札を取り出し、俺に差し出してくる。
「蘇生の魔法か?」
「えーっと……ゾンビライズ、対象をゾンビ化させる魔法ですね。これで誤魔化せるんじゃないですか?」
「できるか!」
受け取った札を思い切り地面に叩きつける。
ゾンビを街に送り返したら余計に酷いことになるわ!
……いや、そうなったらそうなったで最悪誤魔化せるか……?
ゾンビに感染した町を想像する。
調査団の連中もゾンビ化してしまえば、調べるものは誰も居なくなる……。
「いや、駄目だろ」
「いけると思うんですけどねー」
不満げな顔で呟くロッテ。
だめですかね、と首をかしげると、その動きにつられて数条の銀髪がその細い首筋にかかった。
同時に伸ばした指をその柔らかそうな唇に押し当てる。
いつもの笑顔とはまた違って、憂う感じが妙に艶っぽかった。
だが男だ。
というか、つい忘れがちだがこいつは魔族なんだよな。
時々出る黒い発言は、むしろそっちのほうが素なのかもしれない。
「あ、ありましたよ」
「今度は何だ?」
「はい、リザレクション――蘇生の魔法ですね」
「でかした!」
なんだかんだでロッテはできる子!
俺はロッテの頭をガシガシと撫でると、そのまま勢いで抱きしめる。
髪の毛からほんのりと甘っぽい香りが漂ってきた。
「あの、ご主人様……」
「ああ、悪い」
慌ててロッテを放すと、しかしロッテは物欲しげな表情でこちらを見上げてくる。
なぜかその手は、俺の服の裾をぎゅっと掴んでいた。
「その、ボク、ご褒美としてご主人様のモノが欲しいなって……」
「また今度な」
「今度っていつですか!」
札を取り上げ、もう片方の手で服を掴んだその手を振り払う。
今は忙しいし、そんなことをしている暇はない。
とりあえず冒険者たちを生き返らせないといけないし、その後も色々とやることがある。
例えば息をするとか。
それらが全部終わってからのまた今度だ。
「さて、それじゃ生き返らせるか。リザ――」
そこまで唱えて、ふと考える。
折角だから生き返らせる前に――
「どうしたんですか?」
「ああ、ちょっとな」
不思議そうなロッテの視線を受けながら、俺は冒険者だったものへと近寄っていった……。