27.好奇心という名の罠
「ねえ……あれって、まさか溶岩?」
「さあ……」
汗を拭きながら歩みを進める冒険者たち。
暑さで消耗したのか、その声には張りがなく、その姿もどこか気だるげだった。
「どんだけ広いのよ……」
「さあ……」
「喉乾いた……」
「さあ……」
愚痴る魔法使いに、剣士は同じ答えを返し続ける。
既に彼らがこの階層に来て四時間は経っていた。
モンスターとの戦いにも慣れてきてはいるものの、体力や札の消耗は無視できないものになってきている。
「……部屋?」
「さあ……ああ、部屋だな」
通路を抜けた彼らの視界に、部屋の中央でうっすらと光を放つ宝珠が飛び込んできた。
その奥にはさらに先へと続くのだろう扉が重く閉ざされている。
魔法使いが宝珠を見ながら呻く。
「これでまだ続くようだったら、帰るわよ……」
「そうだな……」
魔法使いが宝珠に触れると、部屋の入口が音を立てて塞がれた。
と同時に、十に近い数の魔法陣が輝いて消えた。
魔法陣が消えた後に黒い煙が残される。
「来るわよ!」
「ああ!」
各々構える冒険者たち。
あるものは剣を、あるものは札を構えてモンスターを待ち受ける。
しかし煙が晴れるよりも早く、煙を切り裂いて炎が冒険者たちに襲い掛かった!
「うおっ!?」
「きゃぁ!?」
咄嗟に剣士が魔法使いと炎の間に割って入る!
まともに炎を浴びた剣士が苦悶の声を上げてあたりを転げまわる。
魔法使いが剣士に駆け寄ろうとするが、それよりも早く煙が晴れ――
「ドラゴンパピー!?」
モンスターがその姿を現した!
そこには見慣れたサラマンダーやヒクイドリに混じって、小型のドラゴンが小さな羽で宙を漂っていた。
小さな炎を吐きながら剣士を見るその表情は、どことなく笑っているようにも見える。
「こんのっ、ライトニングランス!」
彼女が呪文を唱えると同時に、空中に現れた三本の雷槍がドラゴンパピーを、サラマンダーを穿つ!
魔法に怯んだか、それとも感電したか。
動きを止めたモンスターたちを冒険者たちの剣撃が、魔法が襲い掛かる!
後には動かなくなったモンスターたちが床に転がり――通路を塞いでいた扉が音を立てて開いた。
「だ、大丈夫……?」
「ああ、何とかな……」
魔法を放って力尽きたのか、へたり込んで問いかける魔法使いに、転がったままの剣士が答える。
腕でかばったからか、腕こそ火傷が酷いものの命には別状がないようだった。
「ちょっと見せろや」
メイスを持った冒険者は剣士の腕を取ると、右手をその火傷の上にかざした。
そしてもう片方の手で懐から札を取り出して呪文を唱える。
「ヒーリング……」
男の右手が光を放つと同時に、剣士の火傷が治っていく。
みるみるうちにとまではいかないものの、その光は着実に剣士の火傷を癒していった。
「ありがと……おじさん、ヒーラーだったんだね」
「なに、いいってことよ」
安心した表情でお礼を言った魔法使いに、男――ヒーラーが答える。
彼女を元気づけるためか、彼はそのまま言葉を続けた。
「それより姉ちゃんこそ、あんな魔法が使えるなんてな」
「まあね……あれ撃つと魔力切れでしばらく魔法使えなっちゃうけど」
話す間にも火傷は癒えていき――やがてわずかな痕を残して治ってしまう。
剣士はしばらく感覚を確かめるためか手を握ったり開いたりしていたが、やがて剣を取って立ち上がった。
「ありがとうございます、助かりました」
「ま、困ったときはお互い様だ。……さて、どうすっかな」
頭を掻きながら奥へと続く通路を見るヒーラーと、それにつられて同じく通路を見る剣士。
二人に限らず、全員の視線はその通路の奥へと集まっていた。
「進んでみたいが……そろそろ引き際か?」
「確かにあたしもそろそろ札が無くなってきたし……」
腕を組み、他の冒険者たちを見渡しながらヒーラーが呟く。
傷は回復しているものの、剣士に限らず全員が戦いと熱のせいで疲弊していた。
また、魔法使いもポーチの中の札が数えるほどとなったからか、心細い声を上げた。
悩む冒険者たちに、一歩だけ前に出て魔法使いが声をかける。
「ねえ、こういうのはどう?」
「ん?」
「通路の先に進んでみる。で、どんな部屋があるかだけ確認して帰る」
「そうだな……。まあ、宝珠に触らなければ基本的にモンスターは出ないし、ハーブやお宝がある部屋だったら美味しいしな」
「よし、決定! それじゃ行くわよ」
先ほどまでのしおらしさはどこへ行ったのか、元気よく歩き出す魔法使いに他の冒険者たちも続いていったのだった。
◇◆◇◆◇
「ねえ……もしかしてここって……」
「ああ……」
部屋の中ほどで魔法使いと剣士が呟く。
その呟きは、しかしその大きな部屋の中で沈んで消えていった。
通路を抜けた先は、大きな部屋――というか、巨大な空間だった。
部屋は赤い光で照らされていたのだが、それでも上を見上げると明りが届かないのか暗い空間が広がっていた。
奥には赤く光る沼のようなものが見える。
他の冒険者たちもただならぬ雰囲気を感じたのか、集まってあたりを見渡していた。
「やばそうな気がする、戻るぞ」
「そうね」
その言葉に冒険者たちは振り返り、部屋から出ようとするが――
ガララ……ガシャン。
入ってきた入口が音を立てて塞がれる。
「ちょっと!」
「おい!」
冒険者たちは慌てて扉に駆け寄るが、しかし扉は固く閉ざされたままだった。
ごくり、と誰かが唾を飲む音が聞こえる。
その背後で、巨大な魔法陣と複数の魔法陣が音を立てずに輝き始めていた……。