24.猫耳という名の誘惑
「お疲れ様でしたー」
「あー疲れた……」
「お付きの方も、お疲れ様です!」
「どうも……」
暗転した視界が戻ると、そこは出発したのと同じ場所――冒険者ギルドの二階、転送陣のある部屋だった。
出迎えてくれた受付嬢が、温かい紅茶を手渡してくれる。
メイド服のようで野暮ったい感じの服が良く似合っていた。
「さすが勇者様ですね、あの狂暴化したインフェルノスライムまで倒してしまうなんて!」
「まーねー」
褒められてまんざらでもなさそうに答える千歳。
ウイスキーだろうか、瓶に入った液体を紅茶に注いでいる。
お前は何もしとらんだろーが……。
俺は心の中で突っ込んだ。
まあ、俺が倒したって言うとややこしくなるからいいっちゃいいんだけど……。
なんかむかつく。
紅茶を飲みながらふてくされる俺。
そんな俺に、紅茶をくれた受付嬢が話しかけてくる。
「お付きの方も凄いですね、生きて帰ってこれて良かったです」
「……まあな」
……なんだろう、倒したの俺なんだけどな。
まあ生きて帰ってこれたのは良かったと思うけど。
実際、何度か死にかけたし。
そんなことを考える俺を、受付嬢は嬉しそうに見上げていた。
いわゆる亜人というやつなのだろうか、基本的な見た目は人間なのだが、しかしその耳は人間のそれではなく猫のものだった。
感情が出るのか、その頭に生えた猫耳も、スカートから覗く尻尾もピンと立っている。
うん、これはこれで可愛い……。
ロッテの計算された可愛さとは違って、純真な感じが好印象だった。
そういやあいつもダークエルフだから亜人なのか?
いや、確か魔族って言ってたよな……。
魔族と亜人って何が違うんだ?
ていうか亜人って言い方であってるのか?
頭が混乱してきた俺に、受付嬢は構わず言葉を続ける。
「あの火山に駆け出しの冒険者を連れて行くなんて……と思いましたけど、ヤマダさんは意外に凄い方だったんですね」
「って、そんなにヤバいところだったのか?」
「またまたご謙遜を~」
冗談だと思ったのか、彼女は笑顔でパタパタと手を振って答えた。
……どれくらい危険な場所だったんだろう。
よく考えたら、勇者と俺の二人で苦戦するって、かなりハードな場所だったんじゃないだろうか。
ちょっとしたお願い、でそんなところに連れていかれたのか……。
そう思って千歳の方を見ると、俺の視線に気づいたのか呑気にこっちに向かって手を振っていた。
……もうこいつの依頼を受けるのはやめよう。
当面の目的は果たしたし。
半眼で千歳を見つめる俺に、受付嬢は言葉を続けてくる。
「今回の依頼は非公式なので実績には乗りませんが、この調子で冒険者ギルドの依頼もガンガン消化していってくださいね」
「まあ、死なない程度に頑張るよ」
「わたし、強い人って憧れます!」
適当に返事をした俺を、きらきらとした目で見つめてくる少女。
その眼差しには尊敬以外の何かが込められている気がした。
これは……もしかして、フラグ!?
そう思って改めて少女を見る俺。
猫耳と尻尾こそ余計なものの、話している限りでは常識はありそうである。
見た目も綺麗とは違うものの可愛らしく、何より人を和ます笑顔が魅力的だった。
「そういやまだ名前を聞いてなかったな」
「あああ、すみません。わたしはハルって言います」
「ハルちゃんか、いい名前だな。ところで結婚――」
「結婚?」
そこまで言いかけて言葉を止める。
半ば癖になっていたが、いつもいきなりプロポーズをしては失敗している。
今回は珍しく向こうが俺に好意を持っているように思える。
ここはもっと慎重にいった方がいいんじゃないだろうか……。
それに結婚するにはちょっとまだ小さいような気もするし。
首をかしげてこちらを見ているハルに向かって、俺は無理やり言葉を続けた。
「結婚――って、何歳からできるんだっけ?」
「結婚ですか? たしか14歳からできたと思いますけど……あ、そういえばわたし、今月で14になったんですよ~」
マジでか。
そういや昔は平均年齢が低かったから結婚も早かったって歴史の授業で聞いたっけ……。
いや、問題はそこじゃない。
いまの結婚できるアピールは俺と結婚したいっていうことなのか?
これはいくしかないのか!?
固まる俺と、見上げる少女。
しかしその硬直はすぐに打ち破られた。
「私、そろそろ宿に戻るけど、あんたはどうする?」
「ああ、そうだな……」
千歳の声で俺は我に返った。
もう少しここでゆっくりしていきたい気もするが……。
そう思いながら、部屋の隅でしゃがんでいるゴーレムを見る。
その背中の籠は今はフタがされていて見えないが、生ものがぎっしりと詰まっていた。
……名残惜しいけど、俺も戻るか。
「俺もそろそろ家に戻るよ」
「そうですか……、また来てくださいね!」
こちらに向かって手を振るハルに見送られて、俺は冒険者ギルドを後にしたのだった。