23.魔法という名の災害
「ネビュラ・ブリザード!」
魔法を放つと同時に言いようのない脱力感が俺を襲う。
俺が放った魔法は、しかし辺りが暗くなっただけで何も起こらなかった。
あたりを見渡しても、他に目立った変化はない。
不発か……?
――しかしその疑問を考える暇もなく現実に引き戻される。
動きを止めた俺たちに向かって、スライムが渾身のブレスを吐きかけた!
慌てて避けようとして、足元に転がっている千歳のことを思い出す。
くそっ、間に合うか――!?
溶岩混じりの炎が目前に迫る。
拾った彼女をかばうようにゴーレムは炎に背を向け――
「……あれ?」
しかし、炎は俺たちを襲うことはなかった。
身を伏せた俺たちの目の前で巨大な氷の槍が炎に突き刺さり、炎は文字通り一瞬でかき消されていた。
見るとそれはここだけではなく、スライムのいる方でも起きているようだった。
吹き荒れる氷の槍がスライム貫き、凍らせては砕いていく。
「助かった……のか?」
身を起こした俺の横に氷の槍が突き刺さる!
恐る恐る空を見上げると、そこには巨大な魔法陣が展開されていた。
その下ではまるで吹雪のように暴風が吹き荒れている。
――ただし、宙を舞っているのは雪ではなく氷の槍だったが。
吹き荒れる氷に巻き込まれ、そこら辺をたむろしていたモンスターが、燃える木々が氷漬けにされていく。
そして魔法陣の下にいるのは、俺たちも同じだった。
「やば……」
降り注ぐ氷の槍。
俺たちを乗せたゴーレムは必死にそれらを避けながら魔法陣の外へと駆けだしたのだった。
◇◆◇◆◇
「う、うん……」
「気づいたか?」
地面に寝かした千歳が身を起こすのを見て、俺は声をかける。
何とか魔法の効果範囲の外まで逃げ出した俺たちは、安全そうな場所を見つけて一息を入れていた。
ちなみに、魔法の効果はまだ続いているらしく、魔法陣の下ではいまだに氷が吹き荒れていた。
「……なにあれ」
「気にするな」
遠くで氷が吹き荒れているのを見て、疑問の声を上げる千歳。
しかし俺には答える気はなかった。
つか、いつ収まるんだろあれ……。
俺も千歳も、その光景を眺めながらぼーっとしていた。
どれくらいそうしていただろうか、ふと千歳が声を上げた。
「ねえ、あいつは倒せたの?」
「ああ、凍って粉々に砕けてたからな。あれじゃもう生きてないだろ」
「そう……」
千歳はそう呟くと、どこから取り出したのか瓶に口をつけた。
その姿を見て、忘れていた喉の渇きを思い出す。
あんだけ汗かいたのに、全然水飲んでなかったからな……。
「なあ、俺にも一口くれよ」
「んー、いいけど……」
千歳から瓶を受取り、口をつける――。
はっ!?
これは……間接キス!
口につける直前で俺は動きを止める。
これは――どういうことだ!?
目だけ動かして千歳を見ると、彼女は暇そうに遠くを眺めていた。
間接キス……。
これは俺に好意があるということなのか?
それとも単純に無頓着なだけなのか?
思考の渦に飲み込まれる俺。
そんな俺を知ってか知らずか、千歳は俺を見て首をかしげた。
「……なにやってんの?」
「いや……」
「ていうか、飲まないなら返してよ」
言って千歳は手を伸ばしてくる。
くっ、こうなれば……。
俺は覚悟を決めて瓶に口を付けた。
中に入っている液体が勢いよく口の中へと入ってくる――。
「――ぶほっ!?」
「ちょっと、何してんのよ!」
勢いよくむせる俺に、千歳が抗議の声を上げる。
しかし俺はそれに声を返すことができない。
喉が、口の中が灼けるように熱い……。
これって……。
「酒じゃねぇか……」
「そうよ?」
当たり前のように千歳が答える。
そういやこいつ、ダンジョンに来た時も酒臭かったよな……。
口の中に残っていた酒を何とか飲みこんで、彼女の方を見る。
千歳は新しく取り出したのか、別の酒瓶に口をつけているところだった。
「どんだけ持ってきてるんだよ……」
「別に持ってきてはいないわよ?」
「ん?」
「お酒を召喚してるだけ」
彼女はそういうと、こちらに手を向けて小さく呟いた。
すると手の前に小さな魔法陣が現れ――その後にはやはり別の酒瓶が現れていた。
「……魔法、使えるじゃねぇか」
「いや、魔法っていうか……勇者としての能力?」
「はあ?」
「だから、あの女神がなんでも好きな能力くれるって言うから、お酒を召喚できる能力をくれって言ったのよ」
「……馬鹿だろ」
「いーのよ、どうせ魔王なんて倒す気ないし」
「お前な……」
なんだろう、俺が勇者やってた方が良かったんじゃないか?
こんなやつに負けた俺って一体……。
なんだかあほらしくなって、酒瓶にちびりと口をつける。
度数が高いのだろう、灼けるような感覚が口から喉、腹へと移動していき、体全体を温めていく。
「で、どうやって帰るんだ?」
まさか歩いて帰るわけでもないだろう。
ここがどこら辺にあるのかは分からなかったが、少なくとも元いた町の近くでないことは確かだった。
千歳は服のポケットから小さな棒のようなものを取り出すと、ごそごそといじり始める。
「えーっと、ここをこうして……」
「大丈夫か……?」
見ていて何だか不安になる。
こいつ、壊さないだろうな……。
やがて操作が終わったのか、棒が緑に光り始める。
「ほら、もっとこっち寄って」
「お、おう」
腕を握られ、ぐっと引き寄せられる。
ゴーレムにも俺たちと密着するように指示を出す。
やがて緑の光が強まっていき――俺たちを光が包むと同時に、俺の視界は暗転した。