22.スライムという名の強敵
溶岩を身にまとって現れたそれは、やがてその形をドラゴンのようなものへと変えていった。
その姿に似合わないつぶらな瞳が俺たちを見据える。
そいつは一言で言うならば、溶岩でできたスライムという感じだろう。
ドラゴンの形をしてはいるものの、見た目はぷにぷにとしており、その翼や牙も先は尖っておらず丸かった。
「あら、可愛い」
「言ってる場合か!」
くだらないやり取りをする間にも、スライムはその身を溶岩で膨らませていく。
っておい、どこまで膨らむんだ……?
そいつは既に頭を洞窟の天井に擦り付けており、このままいくと洞窟からあふれるんじゃないかというくらいだった。
スライムは急に体を震わせると、口を大きく開いた!
とっさに札を引き抜き、魔法を発動させる俺。
と同時に放たれた溶岩混じりの炎のブレスが、魔法の障壁ごと俺たちを押し流す!
「うぉ!?」
「きゃっ!?」
障壁のおかげで熱くはないが、視界が赤一色に染まっていた。
その圧倒的な炎の濁流は、俺たちを壁に叩きつけながら洞窟の出口へと運んでいく。
壁に当たるたびに、障壁がミシミシと不吉な音を立てる。
やばい、破れるっ――!?
俺は障壁を張りなおそうと札を取り出した。
しかし、障壁を張りなおすよりも早く――
「うぉだぁぁぁぁ!?」
俺たちは勢いよく洞窟から撃ち出された!
障壁に包まれた俺たちは弾丸のように宙を飛んでいたが、すぐに燃え盛る木々にぶつかって動きを止める。
「いっつー……」
「いったいわね、何なのあいつ」
障壁を解除して立ち上がる。
炎によるダメージはなかったが、障壁の中で千歳とぶつかりまくったせいか色んな所が痛い。
洞窟の入口を見ると、丁度スライムがその巨大な体を穴からひねり出したところだった。
「くっそ、見てなさい!」
「あ、おい!」
頭に来たのか、千歳が勢いよくスライムに向かって駆け出す。
スライムは何度も千歳に向かって炎を吐き出すが、彼女はそのことごとくをかわしながら近づいていく!
巻き込まれないようにちょっと距離を取る俺。
そして千歳がスライムに肉薄し――
「せいやっ!」
彼女の放った蹴りがスライムをまともに捉える!
何か不思議な力でも働いているのか、その蹴りは圧倒的に巨大なスライムを勢いよく吹き飛ばす。
蹴り飛ばされたスライムは空中で二つに分かれると、そのまま山肌に叩きつけられた!
おおっ、やったか!?
得意げな顔でこちらを向く千歳。
――その後ろで起き上がり再び一つに合体していくスライム……。
「やっぱ駄目だったわ」
「……あっそ」
全力でこちらに戻ってくる千歳と、その様子を半眼で眺める俺。
スライムは怒ったのか、咆哮を上げるとその身を大きく震わせた。
またあのブレスを吐こうとしているのだろうが――
「アイシクルランス!」
スライムが口を開くよりも早く、俺の唱えた魔法が発動する。
洞窟の中では加減してたが、ここならその必要はない!
空中に数十本の氷の槍が生まれ――スライムを勢いよく串刺しにする!
そのまま氷漬けになるスライム。
「ま、こんなもんだろ」
「はー、さすがね」
俺の後ろに隠れながら千歳が感嘆する。
……助っ人の一般人を盾にするなよ。
こんなのが勇者とか、世も末だな。
――しかし危なかった。
ポーチの中を見ると、用意していた氷の魔法をちょうど使い切ったところだった。
道中で涼みもかねて撃ちすぎた……。
けどまあ俺もゴーレムも無事だし、結果オーライってところか。
ゴーレムが背負う、モンスターの死体で一杯になった籠を見て俺は満足げに笑みを浮かべた。
「さて、後は帰るだけか」
「そうね――」
俺を見て言った千歳の動きが固まる。
……なんだ? 後ろに何かあるのか?
軽い気持ちでくるっと振り返り――同じく俺も固まった。
固まった二人の視線の先、そこでは氷漬けになっていたスライムが、その身を包む氷を振り剝がしているところだった。
「まじで……?」
「ちょっと、なんとかしなさいよ」
俺は言われるまでもなくポーチの中を漁るが――ファイアボルト、ファイアボール……。
中に残っているのはほとんど炎系の魔法だった。
……さすがに効かないよな、これ。
下手すると逆に回復しそうだし。
そんなことをしている間にもスライムは氷をその身から落としていき――
「来るわよ!」
自由になったスライムは、こちらに向かって駆け出しながら炎をまき散らす!
あちっ!?
やばいやばいやばい!
とっさにゴーレムに乗って逃げる俺と、並走する千歳。
スライムもさすがに弱っているのか、その動きは前よりも遅くなっていた。
「ちょっとどーすんのよ!」
「俺が知るか!」
叫ぶ千歳に、俺の叫び声が答える。
俺は叫びながらも何かないかとポーチを漁る。
くそっ、何かないか……!?
焦る俺の頭上が、不意に明るくなった。
上を見上げるとスライムに弾き飛ばされたのだろう、炎をまとった大きな岩が俺に向かって落ちようとしていた。
防御しようと札を漁るが、慌てているせいが見つからない。
――潰される!?
思わず目をつむる俺。
――しかし、岩は俺に落ちてくることはなかった。
「何やってるのよ!」
後ろから聞こえる声に目を開く。
そこにはスライムに突っ込んでいく千歳の姿があった。
「こうなったら私が時間稼ぐわ。何とかしなさい!」
「何とかって――!?」
視線の先で、彼女の蹴りがスライムを分断するのが見える。
しかしスライムはすぐに元通りになると、彼女に向かって炎を浴びせかける。
何とかしろって言われたって……。
手加減なしの氷の魔法ですら倒しきれなかったのだ。
今さら炎や雷の魔法を撃ったところで――。
ポーチをひっくり返し、札を漁る俺。
しかしそこには有効打になりそうなものは見当たらなかった……。
――いや、なんだこれ?
見慣れぬ札を発見し、思い出す。
確かフィーネが作ったはいいものの人間の魔力だと発動すらしなかったとかいう……。
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
悲鳴と共に吹っ飛ばされてきた千歳が、ゴーレムにぶつかって止まった。
その先ではスライムがとどめとばかりに大きく口を開けて身を震わせている。
――くそ、こうなったら一か八かだっ!?
俺は札を勢いよく掴むと、スライムに向かって魔法を解き放った!