21.火山という名の魔窟
「ライトニングボルト!」
俺の手から放たれた紫電が空中にいる小型のドラゴンをまとめて撃ち落とす。
――と同時に、女の放った拳の一撃が棍棒を持った巨人の腹に大きな穴を開ける。
俺たちを囲んでいた数十のモンスターたち、しかし今では全てもの言わぬ屍に変わっていた。
後ろをついてくるゴーレムが背負った籠にモンスターの屍を放り込んでいく。
「ふう、やっぱ魔法使いがいると楽ねー」
「いや、どこなんだよここ……」
女のちょっとしたお願い――それは、魔法でしか倒せないモンスターの退治に付き合って欲しいというものだった。
あの後、冒険者ギルドにいった俺たちは転送陣という施設でここまで送り出されたのだが……。
そのモンスターの前まで転送するという話だったのだが、それらしいモンスターは見当たらない。
「んー、ここはサロメ火山の中腹ね」
「いや、俺が聞いてるのはそういうことじゃないんだけどな……。そのモンスターの前に転送してくれるんじゃなかったのかよ」
「いつものことよ。なんか調整が難しいらしくて結構ズレるのよね。この間なんてオークの村の近くに出るはずが、村のど真ん中に出たし」
「マグマのど真ん中に出なかっただけマシか……」
俺は服で汗を拭きながら呻いた。
しかし暑い……。
さすがに溶岩こそ流れていないものの、ドラゴンの吐いた炎か、それとも元々か、あたりの木々は赤く燃えていた。
女を見ると、やはり熱いのか汗をぬぐってため息をついていた。
下の方でまとめている長い髪を前に回し、背中やうなじの汗を拭いていく。
汗で濡れたからだろう、服が少し透けていて、少しだが下に着ているものが浮かび上がっている。
「なに見てんのよ」
「いや、なんだ。まだ名前聞いてなかったなーって」
こいつ、後ろに目でもついてるのか……。
慌てて視線をそらす俺。
なんだろうな、見えそうで見えないと見たくなるこの心理。
別に見たいわけじゃないんだけど。
「酒折千歳よ。千歳でいいわ」
「俺は山田利明。トシとでも呼んでくれ」
今さらながら自己紹介を終える俺と千歳。
ちなみに握手はしない。
好き嫌いの問題以前に、今は手が汗でべっとべとだった。
「で、どこにいるんだ? そのモンスターとやらは」
「んー、あそこ?」
そういって千歳が指さした先には、大きな洞窟が口を開いていた。
その奥からは獣だろうか、何かの呻き声が地鳴りのように響いてくる。
「なあ、俺、魔力以外は一般人なんだけど。攻撃まともに食らったら死ぬんだけど」
「大丈夫! 私は死なないし!」
「お前な……」
すでに洞窟に向かって歩き出している彼女。
まあ、いざとなったらあいつ盾にするか……。
そんなことを考えながら、俺も後に続いたのだった。
◇◆◇◆◇
「しっかし暑いわねー」
「あそこの赤いの、溶岩じゃないのか?」
洞窟の中を歩いて数分、幸か不幸か中は炎で赤く照らされていた。
洞窟だから少しは涼しくなるだろうと思っていたが、実際は熱がこもり外よりも蒸し暑い。
遠くには溶岩だろうか、赤く光る池のようなものが見えた。
「こう、涼しくなる魔法とかないの?」
「そんなもん、あったらとっくに使ってるわ」
一応氷の魔法も何枚か持ってきてはいるが、冷房の代わりというには強力すぎる。
それに、まだどれくらいモンスターが出てくるかわからないのだ。
ちゃんと考えて使わないと、肝心な時に使えないなんてこともありうる。
そんなことを考え、ポーチの中の札を確認しながら歩いていると――
「――ってうぉ!?」
「あつっ!?」
いきなり目の前の地面が裂け、炎が噴き出した!
とっさに後ろに下がり札を構える俺。
髪についた炎を慌てて手で消す千歳。
「ちょっと、あんた今、私のこと盾にしたでしょ!?」
「そんなことより前!」
噴き出した炎が散ったその後には、その身を炎に包んだ鳥と、同じく炎を身にまとった大きなトカゲが数匹現れていた。
凶悪な顔をした鳥は大人の俺と同じくらい大きく、間の抜けたトカゲはしかし俺よりも長く大きかった。
距離を取ろうとする俺達にむかって、トカゲが大きく息を吸い、鳥が大きくその翼を打つ!
やばい――俺はとっさに千歳の腕を取ると、もう片方の手で別の札を取り出す。
トカゲの吐いた炎と鳥が放った炎が合わさり、洞窟を埋め尽くす壁と化した炎がこちらに押し寄せてくる。
避けられない!
しかし――
「プロテクション!」
俺が造った魔法の障壁に阻まれて、炎は目の前で左右に流れて消え去っていく。
すべてを焼き尽くす勢いの炎だったが、しかしこちらにはその熱気すら届いていなかった。
モンスターたちの、どことなく間の抜けた顔が障壁越しに見えてくる。
俺は間髪入れずに札を取り出して叫んだ!
「アイシクルランス!」
言葉と共に空中に生まれた十数本の氷の槍が、鳥を、トカゲを穿ち、凍り付かせる。
――そして数瞬後、目の前にはモンスターを封じ込めた小さな氷山が出来上がっていた。
よし、さすが俺!
流れてくる冷たい空気が気持ちいい……。
そんなことを考えていると、氷山の陰から一匹のトカゲが飛び出してくる!
そいつは俺に向かって炎を放とうとするが――
ドガッ!
千歳の強烈な蹴りを食らって、壁にめり込んだ。
トカゲは少しの間、ピクピクと痙攣していたが、やがてその動きを止めるとずるりと地面に落ちていった。
地面に落ちたその死体を、やはりゴーレムが回収して背中の籠に放り込んでいた。
その様子を見ながら、俺と千歳は先へと進んでいく。
「ねえ、気になってたんだけど」
「ん?」
断続的に襲ってくる鳥やトカゲを殴り、蹴り飛ばしながら千歳が声をかけてくる。
……どうでもいいけど、炎を殴って熱くないんだろうか。
無神経だから熱くても感じないとか?
そんなことを考えながら、俺は氷の魔法で敵を凍り付かせていく。
気づけば俺たちはさっきまで遠くに見えていた溶岩の池、その目の前に来ていた。
遠くからではわからなかったが、近くで見てみると池は結構大きかった。
「倒したモンスター回収してるのは、なんで?」
「ああ、それは――」
答えようとした俺の言葉は、しかし最後まで語られることはなかった。
ボゴツ。
溶岩の池から気泡が音を立てて浮かんでは消えていく。
その気泡は段々と大きくなっていき――
ザバァ!
溶岩を身にまとって飛び出したそれは、大きく威嚇の声を上げたのだった。