3.魔神という名のへたれ野郎
……まぶたをこすり、目をぱちぱちと瞬きする。
しかし見える風景は変わらない。
黒、黒、黒。
部屋の電気を全て消したよりも暗い空間がそこに広がっていた。
床を手で探ると、確かに硬いものに触れている感覚はあるのだが、けれどもそこには何も見えなかった。
なんだここ……。
ここはいったいどこなんだ?
……いや、これはもしかして目が見えてないんじゃないだろうか。
なんで……俺、失明するようなことしたっけ?
ぼうっとする頭で直前の行動を思い出そうとする。
確か俺は……。
……思い出した。
そう、俺は女に絡まれてトラックに挟まれて……死んだ?
死んだ……じゃあここは……。
そこまで考えて、慌ててその考えを追い払う。
いや、待て待て待て。
こうやって意識があるってことはまだ死んでないんじゃないか?
失明したけどまだ生きていて、ここは病院の中とか。
あるいは麻酔が聞いていて意識だけ目覚めたとか。
まだ死んだとは限らない。
「おーい!」
とりあえず声を出してみる。
うん、声が出るっていうことは死んでないな。
麻酔がきいてるわけでもなさそうだ。
ていうか麻痺してたら床の感覚も感じないか。
……ということは失明パターンか……。
本が読めないしゲームもできない、さらに言えば結婚もできない人生に何の意味があるのか……。
考えると泣きそうな気分になってくるが、まああれだけ勢いよくトラックに轢かれたのだ。
命があるだけ儲けものだろう。
幸い他の部分は無事みたいだし。
手足を軽く動かしてみるが、特に痛みもなくきちんと動いている。
立ち上がって腕を伸ばしてみるが、あたりには何も無いようだった。
「ここはどこだ? 誰か居ないのか?」
「ここは狭間の世界だ」
「うぇ!?」
予期せぬ回答に思わず変な声が出た。
慌てて声のした方を振り帰り――俺は思わずその場にへたり込む。
「な、なんだお前……」
俺の問いかける声は、小さく震えていた。
その声の主から逃げようとするが、体が言うことを聞かずに立ち上がることすらできない。
そいつは黄金に輝く玉座から重々しく立ち上がると、こちらに向かってゆっくりと近寄ってくる。
それは俺の前で立ち止まると、見上げる俺にこう言った。
「我は魔神レッドアイ、魔界を統べるもの。貴様は死んだのだ」
「俺が……死んだ?」
死んだ……。
魔界?
ていうことは俺は地獄に行くのか?
失明してた方がよっぽどましだった……。
なんだよ、俺、そんな悪いことしたかな。
万引きもしたことなければ人を殺したこともないのに。
他にももっと悪いやつは居るだろう。
結婚か?
結婚できなかったのがそんなに大罪なのか?
俺だって別に結婚したくないわけじゃないのに、なんでこんな目に合わなきゃならないんだ!
考えれば考えるほど、理不尽な怒りがわいてくる。
なんで死んでまでこんな目にあわなきゃいけないんだ!
「あのー……」
「うっせぇ!!」
話しかけてきた魔神とやらに怒鳴りつける。
おどろおどろしい恰好をしたそいつは、しかしよく見ると俺よりも小さく、何故か腰が引けているようにみえた。
こいつもしかして……。
どうせ地獄に行くんだ。
こうなったら……。
俺は覚悟を決めると、精神を集中してその身に力を溜めていく。
いつの間にか右の拳に現れた黒い竜の紋章が、うっすらと紅い光を放っていた。
魔神が何か言っているが、もはやそんなことはどうでもいい。
俺は目をカッと見開くと、蓄えたその力を一気に解放した!
「魔神斬りぃぃぃぃぃ!!」
「おぼふっ!?」
解き放たれた拳は確実に魔神の顔をとらえ、確実に致命的な何かを思い切り砕く!
殴られた魔神はその頭から勢いよく赤い何かを噴き出しながら飛んでいき――そのまま地面に転がると、動きを止めた。