20.勇者という名の飲んだくれ
「あんた、あのとき私を突き飛ばしたゲロ男でしょ!!」
「さー、知らないですねー」
詰め寄る女に、とぼける俺。
呆気に取られているロッテとフィーネ。
そして顔にかかる酒臭い息。
彼女は俺の両肩を掴むと揺さぶりながら続けた。
「とぼけても無駄よ! あんたさっき私を見て驚いてたじゃない!」
「いやー、お客さんの眉毛があまりに立派なんで驚いちゃいました」
「うっさいわね、このハゲ! 童貞!」
「どどどど童貞ちゃうわ!」
「ほら! その反応!」
「男の子はみんなこういう反応するんですー、俺だけじゃないですー」
「うわうざっ。じゃあ……これでどう!?」
女は俺の右手を掴むと、その手にまかれた包帯を一気に引きちぎる!
晒される黒竜の紋章。
彼女はそのまま俺の手を引っ張り突き付けてくる。
「ほら! ……って、あれ? なにこれ」
「なにこれ、って言われてもな」
むしろ俺が聞きたい。
ほんと何なんだろうな、これ。
彼女は俺の手を放すと、自分の右手のグローブを外して手の甲をこちらに差し出してくる。
そこには青い目をした白竜の紋章が刻まれていた。
「これ、勇者の紋章なんだけど……」
「うわっ、勇者とか痛いわー。何? 世界とか救っちゃうの?」
調子に乗って煽る俺。
すぐに反応してくると思いきや、女は苦々しい表情で言葉を続けた。
「……みたいね。なんか魔族潰して魔王倒せとか言われたわ」
「……まじでか」
「おかげでこっちきて早々にアンデット退治だのオーク退治だの、やってらんないわよ」
「……なんかごめん」
「何よ勇者って! しかもよりにもよってこんな辺鄙な世界に! ねえ、コンビニがないのよ! コンビニがないの! 夜中におつまみ欲しくなったらどうなるのよ!」
「いや、買いだめしておけばいいんじゃないか……?」
問題はそこなのか……?
女の言葉に呆れながら考える。
そうか、 魔神(妹) の言っていた、女神に召喚されたやつってこいつだったのか……。
……でもなんでこいつなんだ?
俺は死ぬ直前のことを思い浮かべる。
こいつは俺が突き飛ばしたからトラックには轢かれてないはず。
そして魔神(妹)は同じタイミングで死んだ奴が勇者として召喚されたと言っていた……。
結局こいつもあの後死んだのか?
「ていうかお前、こっちにいるってことはあの後なにかあったのか?」
「あの後?」
「ほら、トラックが突っ込んできて……」
そこまで言って、女がえらい形相で俺を睨んできてるのに気づく。
あれ……?
俺、もしかして余計なことを言ったか……?
「そうね、あんたに突き飛ばされて、確かにトラックには轢かれなかったわ」
「だろ?」
「でもね、そのおかげで電柱に頭をぶつけて、結局そのままお陀仏よ!」
「……まじか」
「どーしてくれんのよ! あんたのせいよ!」
叫んで思い切り俺を揺さぶってくる彼女。
痛い、肩がもげる!
どんだけ馬鹿力なんだこいつは……!?
俺は何とか腕を振り払うと、言葉を続ける。
「いやでもあれだ、俺が突き飛ばしてなかったらトラックに轢かれて死んでただろ?」
「まあ、そうだけど……」
「それに突き飛ばしてなかったら俺と一緒にミンチだぞ? 俺と混ざって死にたかったのか?」
「うっ……それは死んでも嫌ね」
想像したのか、女は気持ち悪そうに口を押えて言った。
……うん、想像したら俺も気持ち悪くなってきた。
可愛くて性格のいい女の子ならともかく、こいつと一緒に死ぬとか、死んでも嫌だ。
いや、もう死んでるけど。
「それに、勇者ってことはなんか凄い力とか貰ったんだろ?」
「……まあね」
「だったらいいじゃねーか、俺なんて魔力以外は凡人だぞ」
「なんで? あの女に言えば良かったじゃない」
「あの女?」
「えーっと……女神……なんだっけ、ブルズアイ?」
「女神をあの女呼ばわりかよ……」
「いーのよ、なんかブリブリしててむかつくし。……あーあ、こんな事ならもう二、三発殴っとけば良かったわ」
もう二、三発って……殴ったのか、女神を。
恐れ知らずな奴……。
いや、俺も人のことは言えないけど。
「とにかく、俺は女神に会ってないんだよ」
「そうなの?」
「ああ。んで色々あって、今はここ――ダンジョンの管理人をやってる」
「ふーん……」
色々、の一言で端折りまくったが、まあ詳しく話す必要もないだろう。
……魔神に召喚された、なんて言ったら討伐されそうだし。
右手に包帯を巻きなおしながら考える。
そんな俺を彼女は興味なさげに見ていたが、ふと顔を輝かせた。
「ねえ」
「ん?」
「あんた、魔力以外は――って言ってたけど、魔法は使えるの?」
「まあ、使えるけど……」
明るい笑顔で俺を見る女。
なんだろう、嫌な予感がする。
よし、さっさと追い返そう――。
しかし、俺が行動に出る前に、女が俺の手をがっしりと掴んで言った。
「ねえ、ちょっとお願いがあるんだけど――」