19.落語という名の詐欺
「いやー、儲かったわね!」
「まあ予想通りだけどな」
夜というにはまだ少し明るい時間。
自分たちのダンジョンに帰る道を歩きながら、俺たちは上機嫌だった。
俺が下げている袋の中で、歩くたびに硬貨がジャラジャラと音を立てる。
「あんたが依頼を何個も受け始めたときは、こいつ馬鹿? って思ったけど、まさかこんなに儲かるなんてね」
「お前と違って俺は天才の方だからな」
掲示板に張られていたダンジョン情報には、少しだけだが出現するモンスターについても記載があった。
そこで俺は、出現するモンスターの討伐の依頼をできるだけ受けていたのだった。
場所の指定のないものや、そのダンジョンが指定されているもの――。
ゴブリン、洞窟コウモリ、ダンジョンワーム……。
それぞれ一体当たりの報酬は安いものの、それでも数を狩ればそれなりにはなった。
「六千フィルか……」
「六千フィル! ああ……久しぶりに焼いた肉が食べられるわ!」
「いや、それくらいいつでも食わしてやるが……」
どんだけ貧乏生活してたんだこいつ……。
それはともかく六千フィル。
ダンジョンの入場料も合わせると合計で一万三千フィル。
一日の稼ぎとしては悪くなかった。
――まあ、武器の相場は知らんけど、短剣の一本くらいは買えるだろう。
後はそこから魔法の武器を作って売り払って……。
ってもあんま売りすぎると目立つよな。
初っ端、フィーネが売りにいって失敗してるし。
まあ町の場所は覚えたし、明日はロッテを連れて武器屋にでも行ってみるか。
なんかあいつ値切りとか上手そうな気がするし。
痛む尻をさすりつつそんなことを考える。
ちなみに尻が痛いのは、別にモンスターや罠にやられたわけでも転んだわけでもない。
帰り道も途中までゴーレムに乗って移動していたのだが……揺れる。
滅茶苦茶揺れる。
そしてゴーレムは剣でも壊れないほどの硬さを誇る。
結果、道中楽はできたものの帰りは尻の痛みが限界に達し、結局歩いているのだった。
アイデアは悪くないはず……だが、まだまだ改善の余地がありだな。
そんなこんなでフィーネとゴーレム談義をしながら歩いていると、やがて見慣れた館と大きな穴が目に入ってきた。
「――と、やっと着いたか」
愛しのマイホーム……という程でもないが、やっぱり自分のダンジョンのほうが落ち着く。
やはりどこか浮かれた気分で、俺たちはダンジョンの入口へと足を進めたのだった。
◇◆◇◆◇
穴をくぐり、ダンジョンの入口に入ると、ちょうど一人の冒険者が受付をしているところだった。
――女だ。
しかも後姿しか見えないが、中々にスタイルがいい。
濡れるような黒い髪がまたいい感じに好みだった。
軽装――というか露出の多い服に重そうな金属ブーツというアンバランスな格好も、しかしよく似あっている。
思わず小走りになりながら近づくと、ロッテとその女のやり取りが聞こえてきた。
「五枚、六枚、七枚、八枚……ねえ、今何時?」
「今ですか? 今は六時ですね」
「そう、ありがと」
懐中時計を取り出して答えるロッテ。
女性はお礼を言うと、再び硬貨を数え始めた。
「えーっと……七枚、八枚、九枚……はい、これで十枚ね!」
「ありがとうございます」
笑顔で受け取るロッテ。
その手の中には明らかに十枚以上の硬貨が握られていた。
「いやまてそれはおかしい」
「え?」
「なにがです?」
同時に疑問の声を上げる女性とロッテ。
いや色々つっこみみたいところはあるんだけども。
なんだろう、このシチュエーション。
昔何かで見たような……。
数える……そば……時間……。
そうだ、思い出した! 時そばだ!
昔連れていかれた落語で聞いたんだった。
確か、そば屋で勘定をするときに、数えながら時間を聞いて料金をごまかす話だ。
客がお金を八まで数えて、今何時だい? と聞く。
店主が九つです、と答えたのに続けて、これで十だね。
という具合だ。
ちなみにオチは、その話を聞いて真似しようとしたやつが失敗して損をするという話。
八まで数えるが時間が四で、余分に払ってしまうという……んだっけかな。
まさか異世界に来てまで落語をみることになろうとは……しかも駄目な方。
まあ何はともあれ……。
「入場料は千フィルだろ? ちょっと多くないか?」
「気のせいですよー」
笑顔で誤魔化そうとするロッテ。
ロッテはそのまま流れるように手の中の硬貨を他の硬貨とごちゃまぜにした。
これはどっちだろう、金が欲しいのか女が嫌いなのか……。
えーっと、八まで数えた後で四枚数えてたから……。
俺は硬貨を二枚手に取ると、女性の手を取りそのまま女性に握らせた。
「すみません、多く頂いてしまったようで。お返し致します」
「ああ、どうも……」
訝しげに俺の顔を見つめる女性と、笑顔で見つめ返す俺。
そして横で笑顔でこちらを睨んでいるロッテ。
ロッテだろう、足を思い切り踏まれているが、そんなことでは笑顔は崩れない。
「あなた、どこかで……」
俺を見つめたまま眉をひそめる女性。
女性の息が顔にかかる。
……何だか酒臭いのは気のせいだろうか。
酒……眉……?
その二つのキーワードで何かを思い出しそうになる。
この特徴的な眉は……まさか!?
俺はとっさに手を離そうとするが、今度は逆に力強く掴まれて逃げられない。
「あなたあの時の――!?」
「お前、もしかして――!?」
逃げたい俺と逃がさない女の、二人の絶叫がダンジョンに木霊した――。