16.入場料という名の生活費
「お疲れ様です!」
「なんだ、トッシーじゃない」
「あー疲れた、っても部屋で見てただけだけどな」
俺が部屋に入ると、ロッテが椅子から立ち上がって出迎えてくれる。
ちなみにフィーネはけだるげに椅子に体を預けたまま片手をこちらに振っていた。
つか誰がトッシーだ。
「で、どんな感じだ? 今日の売り上げは」
「んー、いまいちねー」
「全部で七千フィルです」
入場料が一人千フィルだから、今日の入場者は七人か……。
食費含めた生活費で一人二千フィルくらいはかかっている。
三人で六千フィル。
ダンジョンの入場料から生活費を引くと儲けは千フィルだけか……。
思ったより厳しいな。
ロッテが差し出してきた硬貨を見ながら昨日のことを考える。
そう、調査が終わった後、隊長であるダルトンはこう言ったのだった。
ダンジョンの管理をお願いできないか――と。
といっても別に中を管理してくれというわけではなく、単にダンジョンの受付をして欲しいとのことだった。
本来は町から人を出すべきらしいのだが、人手が足りずやむをえず、ということらしい。
入場料は税金は納める必要はあるものの他は好きにしていい、ということだったので引き受けたのだが――。
「一杯食わされたか……?」
「何? 食べ物の話?」
無意味に食いついてきたフィーネを無視して考える。
このままだと婚活のための資金はいつまでたっても貯まらない。
結婚もできない。
なんとかしてお金を稼ぐ必要がある。
魔法の品を作って売るか……?
そういやフィーネは盗賊団を潰すっていう依頼を受けてここに来たんだよな。
ていうことは依頼をした人が居るわけで……。
「なあ、お前ってここには依頼を受けて来たんだよな」
「そうだけど?」
「依頼ってどこで受けるんだ?」
「んー、今回は冒険者ギルドで受けたけど」
「冒険者ギルド?」
「ええ」
軽く頷くフィーネ。
見つめる俺。
俺は視線で話の先を促すが、フィーネはきょとんとこちらを見つめ返すだけだった。
「で?」
「へ?」
「いや、冒険者ギルドってどんなところなんだ?」
「知らないの?」
「悪いか?」
「悪くはないけど……へー、そう。知らないの」
フィーネは言いながら顔ににやけた笑みを浮かべる。
そして椅子から立ち上がると片足を椅子に乗せ、こちらを見下すように言葉を続けた。
「ふっ、知りたいなら何か言うことがあるんじゃないの? フィーネ様お願いします、教えてください。とか」
……こいつは……。
俺は軽くため息をつくとフィーネの頭にぽんっ右手を乗せた。
見上げるフィーネと目が合う。
俺は笑顔を浮かべると、指先を軽く動かした。
そしてそのままリンゴを握りつぶす要領で指先に力を込めていく。
「フィーネ様お願いします、教えてください」
「いだっ、痛い、痛いってば!?」
「で、言ったぞ? 教えてくれるんだろ?」
「うー、望んでたのとは違うけど……しょうがないわね」
頭上の手を見上げながらフィーネ。
俺はその言葉を聞いて、彼女の頭から手を放した。
ちなみに力を込めていたのはお願いをしていた間だけなので、そんなに長くはない。
地味に痛かったのか、フィーネの目には薄く涙が溜まっていた。
彼女は乱れた髪を直しながら言葉を続ける。
「ていうかあんた、なんかよく分からないのよね」
「ん?」
「やたら魔力があるし、かと思えば魔法のまの字も知らなかったり、今だって冒険者ギルドのことを知らなかったり……」
と言われても、異世界から来たんだからこっちの常識を知らなくてもしょうがない。
とはいえこれは少しマズいか……?
こいつにさえ怪しまれるようだと、他の人から見たら怪しさ満点なんだろう。
常識をとっとと身につけないとな……。
あるいは常識を知らなくても怪しまれない方法……。
「実は俺、記憶喪失なんだ」
「マジで!?」
よかった、こいつがバカで。
ロッテは何か気づいているのか面白そうにこちらを見つめていた。
しかし、当たり前だけど今の俺はこいつよりもこの世界の常識がないんだよな……。
人としての常識は勝ってると思うけど。
「しょーがないわね。じゃー説明してあげるわ」
「ああ、頼む」
「冒険者ギルドっていうのはアレよ、色んな依頼を受けたりできるのよ。後は冒険に役立つ情報が手に入ったり、逆に依頼を出したりもできるわね」
「要は便利屋みたいなもんか」
冒険者ギルドか……。
あんまり冒険する気はないが、情報を集めるのはいいかもしれない。
それに魔法で簡単に達成できる依頼があれば美味しいし。
後はどっちを連れていくかだが……。
二人を見比べて考える。
あまり気が進まない、進まないが……。
まあ、しょうがないか。
「おい、フィーネ」
「なによ?」
「町に行くぞ、案内頼む」
「しょーがないわね……」
フィーネは口では嫌そうに言いつつも、いい加減座っているのに飽きたのか嬉しそうにこちらに歩いてくる。
そのやりとりを見て慌てて駆け寄ってくるロッテ。
「ボクも……」
「お前はここで留守番だ」
「えー、ボクも行きたいですよー」
ロッテは軽く頬を膨らませて見上げてくる。
どういうつもりか、俺の服のすそを軽く掴んでいた。
その姿を見て思わず心が揺れる。
だが男だ。
いや、問題はそこじゃない。
「だってお前、町の場所とか知らないだろ?」
「それはそうですけど……」
「それにここを完全に留守にするわけにもいかないし」
「むー」
「俺だってな、こんな常識ゼロの馬鹿と二人で出歩くなんて危険な真似はしたくない」
「それは分かりますけど……」
「ちょっと待って、それわたしのこと!?」
「けど町や冒険者ギルド知ってるのがこいつしか居ないんだ、しょうがないだろ?」
「……そうですね」
「今度、買い物にでも連れてってやるよ」
「絶対ですよ?」
「ねえ、無視しないでよ。いくらわたしでも怒るわよ?」
納得して服の裾を離すロッテとわめくフィーネ。
こいつと二人ねぇ……。
フィーネを見て不安に思う。
食料の買い出しなどで町にいってるはずだから大丈夫だとは思うけど……迷わないよな?
「ほら、行くぞ」
俺は軽くため息をつくと、いまだ何やら騒いでいるフィーネを連れてダンジョンを後にしたのだった。