15.野望という名の無謀
「ま、こんなもんか」
映像の中で喜ぶ冒険者たちを見て、俺は小さくつぶやいた。
初っ端、男の一人が吹っ飛ばされて動かなくなったときはビビったが、何とか生きててよかった……。
もうちょっと弱くてもいいかも。
……しかし、ゴーレムをちょうどいい強さにするのには苦労した。
見た目は強そうに、しかし弱点を作って硬さもちょっともろめにして……。
ちなみになんで鍋かっていうと、単に館の中にあったからだ。
そう、ロッテに言って集めさせた雑貨……。
俺はそのいくつかに呪文を刻み、魔法の武器? を作っていたのだった。
モノ、特に硬い金属に呪文を刻むのには魔力を増幅する特殊な器具が必要らしく、魔法の武具は中々高値で取引されるとのこと。
そういう意味であの鍋は当たりである。
他には風を起こすホウキや爆発するフライパンなどを用意していた。
ボスドロップはすべてが魔法の品というわけではなく、ただのゴミや、ドロップなしの場合もある。
当たりを量産しては希少価値がないし、ついでに材料も時間もなかった。
「しかし、これで一通り試し終わったな」
ダンジョンは雑魚部屋が二部屋、ハーブ部屋が二部屋、何もない部屋が二部屋、そして今のボス部屋の七部屋構成になっていた。
雑魚部屋のギミックやハーブの自動補充、そしてボス戦。
一通りちゃんと動いたのを確認できたので一安心だ。
ちなみに調査隊の時はボスは出現させていない。
別に深い理由があるわけではなく、単に自分がまきこまれるのが怖かっただけだが。
「そういやあいつらはちゃんとやってるのか?」
ふと気になった俺は、再び壁を叩いて映像を切り替えた。
◇◆◇◆◇
「暇ねー」
「そうですねー」
ダンジョン入口の大部屋。
封印のあったその部屋には、今は古い机と椅子があるだけだった。
机は年代物なのか、フィーネが暇そうに足を揺らすたびにガタガタと音を立てて揺れていた。
「受付ってもねー、こんなに人が来ないんじゃね」
「そうですねー」
机の上には紙とペン、それに数枚の硬貨が乱雑に置かれている。
紙は受付のリストなのだろうか、そこには7行だけ文字が書かれていた。
ロッテも暇なのか、今着ているものとは別のメイド服を眺めてはほつれを縫い直している。
「誰よダンジョンなんか造ろうって言いだしたのは……」
「そうですねー」
「……ねえ、話聞いてる?」
「そうですねー」
「……わたしってあんたより頭良いわよね」
「それはないです」
「なんでそこだけちゃんと答えるのよ!」
フィーネが叫びながら机を叩いた。
衝撃で硬貨が音を立てて宙を舞う。
手元が狂ったのか、ロッテは服を机に置くと迷惑そうな視線をフィーネに向けて言った。
「ていうかフィーネさん、なんで生きてるんですか?」
「ひどっ!?」
ロッテの言葉に思わず叫ぶフィーネ。
よほど驚いたのか、椅子からずり落ちそうになっている。
「え、なに? わたしのこと嫌いなの?」
「いや、そういうわけじゃないですけど……。どっちかって言うと好きですよ? 女の中では」
「ああ、そう……」
「すみません、言い方が悪かったです。フィーネさんはこう、生きる意味とか目的とかってあるんですか?」
「また唐突に深いことを聞いてくるわね……」
フィーネは言いながら椅子に座りなおすと、胸を張って答えた。
「わたしには没落したグレンヴィル家を立て直すっていう大きな目標があるわ! ……まあ、その前にまずは借金返さないとだけど」
「借金って、いくらぐらい?」
「大したことないわ、たったの五千万よ」
「五千万って……それ、死んだ方が早くないですか?」
「どーゆう意味よ……」
「いやだって五千万って、豪邸建ててもお釣りきますよね。今のフィーネさん見てる限り一生かかっても返せそうにないんですけど」
「でもまあダンジョンでも潜って一発お宝でも掘り当てればすぐだし?」
「……そうですねー」
「また流した!?」
再び服を手に取って眺め始めるロッテ。
その様子を見てフィーネはつまらなそうに片肘をつくと、言葉を続けた。
「そーいうあんたはどうなのよ、なんか夢とかあるの?」
「んー、そうですね……」
ロッテは服を持ったまま、しかしその視線はどこか遠くを見ているようだった。
その可愛らしい見た目と相まって、その姿はまるで夢見る乙女のようだ。
やがて彼女は服を机に置くと、両手を合わせて天使のような笑顔でこう言った。
「女を全て滅ぼすこと、ですかね?」
「怖いわよっ!?」
「女って諸悪の権現だと思うんですよ、女が居ない方が世界は平和だと思うんですよねー」
「いやわたしも女なんだけど……ていうか平和って、あんた魔族じゃなかったっけ?」
「嫌ですね、例えですよ例え」
「例えって……、ていうか何でそんなに女が嫌いなのよ」
「だってあいつら、女っていうだけでボクのこと馬鹿にしてくるんですよ? ブスのくせして」
「あー、まあそういうのも居るわよね」
何か思い当たることでもあるのか、頷くフィーネ。
ロッテはそんなフィーネを見ながら片方のこぶしをぎゅっと握りしめた。
そしてそのまま親指を立てると、立てた指を喉の辺りに持っていく。
「まあ二度と生意気な口きけなくしてやりましたけど」
「いやだから怖いって……」
そうつぶやくと、フィーネは腕を投げ出して机に突っ伏した。
ロッテも再び服を手に取り、ほつれがないか眺めだしている。
「暇ねー……」
「……でもないみたいですよ?」
「ん?」
ロッテの言葉に顔を上げるフィーネ。
ロッテの視線を追ってフィーネはダンジョンの入口に視線を向ける。
その視線の先には新しい来訪者だろうか、一つの影がこちらへとゆっくりと近づいてきていた。