14.ゴーレムという名のボス
「……駄目だったか?」
壁に移した出された部屋の映像、そこには乱雑にむしられた草の跡だけが映っていた。
時間的にはそろそろのはずなんだが……。
そう思いながら眺めていると、映像の中で小さな変化が起こった。
「お、やっときたか」
むしられた草の跡があるあたりに複数の小さな魔法陣が現れ、うっすらと輝きを放つ。
そして輝きが消えた後には――青い色をした草が数束、集まって生えていた。
「うし、成功だな」
そう、この部屋はハーブ部屋。
生活や冒険に役立つハーブを採集できる部屋になっていた。
だが、ただ植えただけでは採集されるたびに植えなおさないといけない。
そこで俺は、数時間おきにハーブが召喚されるような仕組みを作ることにした。
フィーネ曰く、理論上、召喚術は生きているものなら何でも召喚できるとのこと。
だったらハーブなどの植物も召喚できるのではないかと思って試してみたのだった。
こうしてみると万能に見える召喚術だが、良く知らないものは召喚できない――正確に言うと呪文が書けない、個体数が少ないものや意思の強いものは召喚の難易度が高くなるなどの制約があるらしい。
ちなみに人間を召喚することは禁忌とされており、召喚を試すどころか研究だけでも死刑になるとのことだった。
結婚相手候補を召喚……なんてことも考えたのだが、そう都合良くはいかないらしい。
まあ魔法で言うこと聞かせて結婚っていうのもなんか違う気がするし、いいけど。
――と、映像の下にアラートが上がっているのに気づく。
「これは……思ったより早かったな」
切り替わった映像を見て、俺は楽しみを隠し切れずに笑みを浮かべた。
◇◆◇◆◇
「なんだ、この部屋は……」
五人の男女があたりを警戒しながら部屋の入口をくぐる。
うち二人は先ほどの剣士と魔法使い。
他三人は途中で合流したのだろうか、盾、メイス、札などを思い思いに構えている。
ちなみに全員男だ。
「何も……ないわね」
女がつぶやいた声が何もない部屋に響く。
今までの部屋とは違って中には何もなく、ただただ広い空間だけが広がっていた。
「とにかく奥まで行ってみようぜ」
誰が言いだしたか、一同はゆっくりと部屋の奥へと歩いていく。
部屋の中心へと差し掛かったころ――
ガララ……ガシャン!
部屋の入口が音を立てて塞がれる!
「な、何……!?」
「へっ、どうせまたゴブリンか何かだろ――」
怯える女に、盾を持った男が答える。
しかし、その言葉を全て言い終える前に――
「な、なんだこりゃ……」
「おい、やばくねぇかこれ……」
彼らの目の前に、巨大な魔法陣が現れた。
同時に現れた黒い霧があたりを覆いつくす。
「なあ、逃げた方がいいんじゃないのか?」
「逃げるったって入口は――!?」
彼らは……逃げられない!
そして霧が晴れ――それは姿を現した。
現れたそれはなんとか人の形をしていた。
――しかしその大きさは人の三倍はあるだろうか。
肥大化した両腕が、それを実際よりもさらに大きく見せていた。
「ゴーレム……?」
男の一人が呻くように言葉を漏らす。
それ――ゴーレムはその言葉に答えるかのように叫び声をあげると、その岩で出来た腕を振り下ろした!
「っぐぁ!?」
男の一人が直撃を受けて勢いよく吹っ飛ぶ!
男は何度かバウンドすると、そのまま動かなくなった。
「くそっ!」
その隙をついて剣士が腕に剣撃を食らわせる――が、しかしその一撃は小さなヒビを加えるだけで弾かれてしまう。
体勢を崩す剣士。
ゴーレムはその剣士に向かって再び腕を振り上げ――下ろす!
剣士はとっさにその剣で防ごうとするが、しかしそれは振り上げられた岩の塊に対してあまりにも小さく細かった。
死を覚悟したのか、目を閉じて固まる剣士。
鈍い衝撃――。
しかし、それは剣士が予想したものとは全く別のものだった。
「もう、何やってるのよ!」
女は燃え尽きた札を捨てて怒ったように言い放つ。
一歩、二歩と後ずさりするゴーレム。
女の放った爆発の魔法を食らって、ゴーレムは片腕に大きな亀裂を走らせていた。
その亀裂をめがけて今度は別の男がメイスで殴りつける!
「グォァァァァ……」
片腕を砕かれたゴーレムが叫び声をあげた。
ゴーレムはそのまま残った腕を振り上げると、勢いよく地面に向かって叩きつける!
ズ……ズン……。
その振動で地面が――いや、部屋全体が大きく揺れる!
「うおっ!?」
揺れで大きく姿勢崩す冒険者たち。
その彼らに向かって、ゴーレムが勢いよく突っ込んでくる!
――しかし、
「アイスボルト!」
男の一人が放った魔法が、ゴーレムの足を凍り付かせた。
急に動きを止められて大きく前につんのめるゴーレム。
動きを封じられたゴーレムに向かって二人の男が疾走する――。
彼らが放った剣とメイスの一撃は、ゴーレムの胴を確実に砕いたのだった……。
「やった……のか?」
剣士が剣を構えたまま、動かなくなったゴーレムへと近づいていく。
ゴーレムは魔力を失ったからか、その体を岩から砂へを変えて崩れ落ちていった。
ガララ……。
後ろで入口が開く音が聞こえる。
「やった、倒したぞ!」
喜びに声を上げる冒険者たち。
最初に吹き飛ばされた男もその声で気が付いたのか、よろよろとみんなの元へと歩いていく。
「しかし……惜しいやつを失くしたな」
「いや生きてるけど」
「心配するな、妹は俺が必ず幸せにするから。お前はあの世で見守っててくれ!」
「え、いや妹……え!?」
別のことでショックを受けたのか、彼は青い顔を灰色にして膝をついた。
――と、
ガコォン……。
ゴーレムが居たあたりから何かが落ちる音が響いた。
「なんだ?」
音のした場所に全員の視線が集まる。
みんなの視線の中心、そこには――
「……鍋?」
そう、そこには一つの大きな鉄の鍋が転がってた。
剣士が拾い上げ、しげしげと鍋を眺める。
「鍋、だな」
「……で?」
「で? と言われても」
流れる冷たい空気。
みんなから視線を受けて、剣士が気まずげに鍋を差し出すが誰もそれを受取ろうとはしない。
「……ちょっと待って! ここ、何か掘られてある」
そう言って女は鍋の内側を指さした。
剣士が鍋をのぞき込み、その文字を読み上げる。
「ふれいむ・すろあー?」
その瞬間、鍋から勢いよく炎が飛び出した!
「うぉあちっ!?」
とっさに頭を反らして炎をかわす剣士。
しかしかわし切れなかったのか、その頭には熱く燃える炎がきらめいていた。
「みず、みずっ――!?」
鍋を落として暴れる剣士を、氷の魔法が凍り付かせる。
「すげぇ……魔法の品か!」
「これは高く売れる……かな?」
その様子を見ていた男たちは口々に感嘆と疑問の声を上げた。
その顔に喜びの笑みが浮かび上がってくる。
「でも……なんで鍋?」
その質問に答えるものは、しかしこの部屋には居なかった……。