47.命乞いという名の裏切り
「もう逃げられないよ」
通路の入口に、腰に手を当てたリーニャが立ちふさがる。
後ろは行き止まり。
巨大ミノタウロスが通れるように作ってあるので高さは幅はそれなりにあるが、それでもリーニャの横を通って逃げるのは不可能に近いだろう。
つまり、リーニャを何とかしない限り――待つのは死だ。
「準備は良いか?」
「全然良くないけど・・・・・・やるしかないでしょ」
格闘技の心得があるのか、右足を引いて半身に構える様は意外と決まっている。
もっとも、リーニャもそれは同じだが。
とにかく隙を見つけて氷漬けにするなり、ゴーレムで抑え込むなりして動きを止めないと・・・・・・。
いざとなったら千歳ごと氷漬けにして、遠くに飛ばそう。
そんなことを考えながら俺は右手で札を引き抜こうとするが――
「――うぉっ!?」
迸った銀光に反射的に手を引っ込める。
腰のあたりに走る衝撃。
後ろを振り返ると、突き当りの壁に刺さった剣の刃と――俺のポーチ!
「氷漬けにされると、髪が濡れて鬱陶しいんだよね」
「血で濡れてるからその、綺麗にしようと思って――」
まるで凍り付いたような笑顔で微笑むリーニャに、自分でもよく分からない言い訳をする俺。
実際、ミノタウロス――と多分他の冒険者たち、の血で濡れた髪や服は一回洗った方がいいとは思うが。
「ありがと。でも――」
「――っ!?」
言葉の途中で不意に千歳目がけてリーニャが踏み込んでくる!
喉を目がけて繰り出された手刀を、しかし千歳は紙一重で避けると同時に左の拳で弾く。
続く動作でその勢いを利用して体をひねるとリーニャの腹目がけて蹴りを繰り出した!
「おおっ!」
思わず歓声を上げる俺。
全力で体重をかけて引っ張っても壁に刺さった刃は抜けないが――魔法で身動きを封じるまでもないかもしれない。
この調子でリーニャを天井に突き刺すなり壁にめり込ませるなりしてくれれば、あるいは・・・・・・。
――しかし、
「でもねっ!」
天井に着地したリーニャはバネのようにその身を縮ませると、地上の千歳に向かって勢いよく跳び降りる!
もはや瞬間移動といってもいいくらいの速度で千歳に迫るリーニャ。
何とか避けるも体勢を崩した――科のように見えた千歳だったが、そのまま倒れこむようにリーニャの腕を両腕で捕まえると両足で首を巻き込むように締め付ける!
「ふぅ――っ!」
「――っ!?」
ナイス千歳!
気合を入れて締めあげる千歳と、暴れるリーニャ。
確かに打撃が効かなくても、息をしている以上締め落とすことはできるはず! 多分。さすがに息してるよな・・・・・・?
少し不安になりながらも、成り行きを見守る俺。
テレポーテーションの札を握りしめる左手に力がこもる。
助勢できない自分が歯がゆい――が、仮に他に魔法の札があったとして何もできないことには変わりがないか。
「ぐぅぅ――っ!」
腕を、首を絞められたまま、しかしうなりを上げて立ち上がるリーニャ。
腕を極めたままの千歳は驚きの表情を上げるが、リーニャはその千歳ごと腕を壁に叩きつけるっ!
「うぁ――!?」
魔力で強化された壁が砕けるほどの衝撃を受けて、たまらずロックを解いてしまう千歳。
壁から落ちようとする千歳を、リーニャの鋭い蹴りが襲う!
千歳はなすすべもなく蹴り飛ばされて通路の突き当り・・・・・・つまり俺がいる方へと吹っ飛んできて――
「ぐべっ!?」
ポーチを壁から剥がそうとしていた俺をクッションにしてその動きを止めたのだった。
首にかかる生暖かい液体。
初めて会ったときは別の生暖かい液体だったが――。
ともあれ、血を吐いて咳き込む千歳をどけて、俺は何とか立ち上がった。
まるで車に撥ねられたかのように全身が痛いが、そんなことは言ってられない。
左手に持っていた最後の希望も衝突の際にどこかへ落としてしまっている。
リーニャは警戒しているのか、あるいは余裕か、通路の入口でこちらの様子を窺っている。
「なあ、頼みがあるんだけど」
「なあに? トシアキ」
魔法も使えない。
自分なんかより遥かに強い勇者である千歳も戦闘不能でうずくまっている。
この状況で取れる選択肢。それは――
「千歳は差し出すから俺の命だけは助けてくれないか」
俺の発言に、リーニャは嬉しそうに笑みを浮かべたのだった・・・・・・。