46.立て直しという名の逃亡
「ん?」
もうもうと立ち込める土煙の中で、巨大な何か――多分、剣型ゴーレムの柄の部分だろう、が動いた気がした。
――いや、気のせいじゃないっ!?
その巨大な影は勢いよく土煙を突き破ってこちらへと迫ってきて――
「まかせてっ!」
飛んできたのはやはり柄の部分!
後ろから飛び出した千歳はそれを拳の一撃で粉砕するが――
「もう逃がさないっ!」
「んなっ!?」
追いかけるように跳んでいたのか、笑顔――いつもの向日葵のような、というよりは口の両端が裂けたような笑顔だが、を浮かべたリーニャが姿を現す。
リーニャは体を矢のように引き絞ると、千歳を目がけて勢いよく手刀を繰り出した!
空中で体勢を崩した千歳はどうすることもできず、しかし――
「プロテクション!」
ガギュッ!
ガラスにナイフを撃ち込んだような嫌な音が大広間に響く。
リーニャの繰り出した手刀はプロテクションすらも貫いていたが、しかし千歳を貫くには至らない!
一瞬早く着地した千歳が、空中で体勢を崩したままのリーニャをプロテクションごと蹴り飛ばす!
砕けたプロテクション――と俺のプライド、を宙に残してリーニャは視界から消える。そして一瞬後に聞こえる、壁に激突する音。
「一旦退くぞ!」
「ええ!」
退くぞ! と言いながら、実際は千歳に運ばれているわけだが。
ともあれ俺は再びダンジョンの奥へと進んでいくのであった・・・・・・。
◇◆◇◆◇
「あーもう、鬱陶しいわね!」
「いや、罠は踏まなきゃ発動しな――うおっ!?」
飛び来る矢を、刃を砕きながらダンジョンの奥へと突き進む千歳。
その後ろを何とか俺はついていくが、撃ち漏らした矢や砕けた刃の破片が近くをかすめるたびに、思わず泣きそうになる。
そっちは大丈夫かもしれんが、こっちは生身で当たったら割と死ぬ。
「で、どうするの?」
「どうする、て言われてもな」
さすがに走りながらだと考えがまとまらない。
とはいえ足を休めるわけにもいかないが――
「おっと、待った」
「なによ?」
「そっちじゃなくてこっちだ」
通路の奥に見えた巨大な影に気づき、俺たちは適当なところで左折する。
このままいけばあいつとリーニャが鉢合わせになるが・・・・・・多分駄目だろうな。
「あんた魔法使いでしょ、なんかこういい感じの魔法ないの? 相手をカエルに変える魔法とか」
「どこの絵本だよ・・・・・・」
確かにゾンビに変える魔法は使えるが。
とはいえ今持っているのは氷の魔法にプロテクション、それとゴーレム関連が何枚か。
手持ちの魔法で何とかしようにも、氷もゴーレムもプロテクションもあっさり砕かれているし、奥の手すら通じなかったからなぁ。
クリーンヒットしたのに。
――と、後ろから聞こえる巨大な咆哮。
地面が、壁がビリビリと震えるが――続いて聞こえてきた湿った鈍い音と共に止まる。
「やっぱりだめだったか・・・・・・」
「何の話?」
「いや、別に」
まあ、俺のゴーレムで倒せる相手がリーニャに通じるとは思っていなかったが。
数々の冒険者を屠ってきた巨大ミノタウロスも、魔神の力の前では赤子も同然、といったところだろうか。
「それよりこれからどうするかだが――」
ポーチから引き抜いた一枚の札を見ながら会話を続ける。
ちなみに勿論、この間にも俺と千歳はダンジョンの奥へと走り続けている。
とはいえボス部屋までついてしまうといよいよ逃げ場が無くなるが――。
「それは?」
「テレポーテーション、転移の魔法だな」
「それで逃げるのね!」
目を輝かせて千歳。
完全に戦意を失くしてるな、こいつ・・・・・・。
まあ無理もないけど。
なんかこう、ゲームで言うとダメージが1しか通らない負けイベント戦みたいになってるし。
ゲームと違うのは、負けイベントでも負けたら終わりだということだ。
「残念だが、逃げるのには使えないな」
「なんでよっ!」
既にダンジョンを4層分――1階層で数階あるので、結構な深さまで来てしまっている。
ここから地上に逃げようとすると距離的に制御できる気がしない。
まあ、千歳ははるか上空でも地中でも、転移しても生きて帰れるかもしれないが・・・・・・俺は死ぬ。
なので、
「リーニャをどっか遠くに転移させる」
「・・・・・・仕方ないわね」
気乗りしない返事の千歳。
俺も気乗りしないが、他に生き残るすべが考えつかないので仕方がない。
遠くに飛ばしたところでポータルがあるから場合によってはすぐ戻ってくるかもしれないし、戻ってきたらまずこのダンジョンを訪れるだろう。
なのでダンジョンもこの町も捨てて、いつ現れるか分からないリーニャに怯えながらの逃亡生活・・・・・・まあ命には代えられないが。
「ま、そういうわけで千歳はフォローを頼む」
「分かったわよ」
氷の魔法とゴーレムで動きを封じれば何とかなるとは思うが・・・・・・。
いつでも撃てるように、左手にテレポーテーションの札を握りしめる。
千歳は相変わらず前を走り、罠を片っ端から壊していく。
また罠のスイッチを踏んだのか、壁から飛び出した刃が弧を描いて千歳の首元へと迫る!
千歳は素手でそれを弾こうとするが――
「それはヤバいっ!」
千歳の膝裏にタックルする形で突っ込む俺。
刃は千歳の髪を数本切り裂いて壁へと吸い込まれていく!
そして千歳の尻に潰される俺。
何か前にもあったな、こんなこと・・・・・・。
「重い・・・・・・早くどいてくれ」
「失礼ね、だからあんたはモテないのよ!」
お前にだけは言われたくない。
しかし、その言葉を発するよりも早く別の言葉が割り込んできた。
「だから言ったじゃない。わたしが軽くしてあげるって」
「来たわね・・・・・・」
通路の奥からゆっくりと歩いてくるリーニャ。
一方、俺と千歳は地面に転がったままなのだった・・・・・・。