45.奥の手という名の使いまわし
「アイシクルランス!」
一瞬前まで熱気で満ちてた部屋は、しかし呪文が解き放たれると同時に一気に肌寒いほどにその温度を落とし――
「ぃ――やぁっ!」
千歳の飛び蹴りが凍り付いた巨人を一気に砕く!
その衝撃で同じく凍り付いていたスライムたちも無残に崩れ落ちた。
「ふうっ」
「楽勝だな」
音を立てて開く扉を見ながら呟く俺。
自分で作ったダンジョンを自分で攻略する日が来るとは思ってもみなかったが・・・・・・。
ちなみに最初の層のボスであるゴーレムは、同じく千歳の飛び蹴り一発であっさりと砕け散った。
最初は勇者に、次は魔神の刺客・・・・・・。
いっそのこと、そういう奴ら用のダンジョンでも作ってやろうか。
「で、何か弱点とかないのか?」
「そんなもん、あったらわたしがとっくに倒してるわよ」
炎の巨人を一蹴した俺たちは、その下にある大広間に陣取っていた。
ここなら多少派手に暴れても崩れる心配はないし、魔法も撃ちやすい。
罪のないゴブリンたちをさくっと一掃し、上の階へと通じる扉を俺のゴーレムで塞いでいる。
これで多少は時間が稼げるはず・・・・・・。
「勇者なんだろ、なんとかしろよ」
「無理よ、だってあいつ殴っても殴っても平気の平左なんだもの。終いには疲れたところをざすっとやられて、ここへ逃げ込んできたってわけ」
「平気の平左、ねぇ・・・・・・」
久しぶりに聞いたな、そんな言葉。
それはともかく。こいつは酒浸りのダメ女だが、腐っても勇者だ。
実際にモンスターを倒すところを見ているし、ダンジョン用とはいえゴーレムを一撃で破壊している。
それほどの力で殴って傷一つつかないというのは――
「物理攻撃が効かない、とか?」
「その可能性は高いわね。あーもう、何でこう殴っても壊れない奴ばっかなのかしら!」
「・・・・・・脳筋勇者」
「なによ」
そういや炎のスライムも打撃効かなくて結局俺が何とかしたんだっけ。
あのときは魔法が効いたから何とかなったが・・・・・・。
「大体、あんたもあいつの同類なんでしょ? 何かないの? 水かけると爆発するとか」
「いや意味わからんし」
そもそも俺は魔神の兄貴に召喚されたわけで、今の魔神が召喚したやつにどういう力を与えてるのかなんて分からない。
まあ、魔力自体は魔神(妹)より俺の方が強いわけで、全力で魔法を撃てば何とかなるのかもしれないが・・・・・・ダンジョンの中でそれをやったら間違いなく俺も死ぬ。
手元に残ってる札も微妙な感じだし・・・・・・氷の魔法が何枚かと、後は補助系の魔法だけ。凍らせたところで倒せるイメージが全くない。
千歳――勇者と同じなら基本能力の向上と望む能力の付与だけど、ていうか俺もそれが良かったな。
めっちゃイケメンになるとか。
・・・・・・まあ、それは置いておいて。
「問題はリーニャの能力が何か、だよな」
「不老不死とかじゃないの?」
「不老不死なら傷つきはするんじゃないか?」
「じゃああんたはどう思うのよ」
「うーん・・・・・・」
不老不死は近い気もするけど、なんか違う気もする。
千歳は酒好きだから酒を召喚できる能力、じゃあリーニャは?
絵を描いたり、人を・・・・・・その、食べたり。
「そういやこんなこと言ってたな。年を取って醜いおばあちゃんになっちゃう、とか」
「やっぱ不老不死じゃない?」
「あとは・・・・・・絵の中のわたしは奇麗なまま、変わらない――だっけかな」
変わらない、ねぇ・・・・・・。
一緒に時を重ねて、いい感じの老夫婦になるっていうのも悪くないと思うんだが。
――と、入口を塞いでいたゴーレムが数度、鈍い音を立て・・・・・・
「どうやら時間切れのようね」
「だな」
瓦礫と化したゴーレムをまたぐように大広間へ侵入してくる人影。
俺はそこへ目がけて、
「アイシクルランス!」
巨大な氷の槍を撃ち込む!
凍てつく冷気は人影を巻き込んで部屋の何割かを氷漬けにするが――
「うわっ・・・・・・」
氷の中を無理やり歩いてくるリーニャに、呻き声を上げる千歳。
そうなるであろうことを予想していた俺は再びポーチから札を引き抜き、構える。
「ちょっとどうするのよ、全然効いてないわよ!」
すでに逃げ腰の千歳が、俺の後ろに隠れながら叫ぶ。
勇者ってどういう字を書くんだっけ・・・・・・。
そんなことを考える間にもリーニャは氷の壁をこちらへ向かって突き進み――今だっ!
「サモンゴーレム!」
十分近づいたのを見計らって再び呪文を唱える!
俺たちの頭上に巨大な魔法陣が現れ、同時に現れた黒い霧が俺たちへと降り注ぐ。
「おおっ!」
何が起こるかは知らないだろうが、その雰囲気に希望の声を上げる千歳。
一方リーニャは少しむっとした表情をしながらも、しかしこちらへと向かう歩みを止めていない。
やがてその指先が氷の壁を突き抜けてこちらへと姿を現すが――
「うぉおりゃぁぁ――っ!」
俺は空を掴むと、まるで槍投げのようにゴーレムを虚空から引き出し、リーニャへ向かってぶん投げる!
召喚された巨大な剣型のゴーレムは、勢いよくリーニャ目がけて突き刺さった。
剣がダンジョンの床を貫いたのだろう、立っていられないほどの振動と轟音、そして土煙があたりを覆う。
「やったの!?」
「多分――」
頑強なアイスドラゴンですら貫き通した、まさに奥の手である。
いくら物理が効かないとはいえ、許容量はあるはず。
氷で身動きを封じての一撃。
少なくとも剣先が当たるのまでは見えた。
が、何か違和感を感じるのは何故だろうか。
さすがに直撃を食らって生きているとは思えないが、しかし・・・・・・。
俺はポーチから札を引き抜くと、土煙の奥をじっと睨むのだった。