43.彼女という名の死神
「お前ら、まさか・・・・・元カノ!?」
「「違うわっ!?」」
ダブルで突っ込まれた・・・・・・。
前にそのパターンで振られたことがあったからてっきり今回もそうかと思ったんだが、違うのか。
良かった――が、
「それじゃ一体――」
「ほら、前に勇者様の絵を描きたいって言ったでしょ?」
「ああ、そういうことか」
そういや千歳も勇者なんだっけかな。
酒浸りで酒瓶に埋もれていても勇者は勇者。
もっともそれを絵に描きたいという気持ちはいまいち理解できないが――反面、絵に描かれたくない気持ちはわかる気がする。
「トシアキも千歳と知り合いなの?」
「知り合いっていうか、腐れ縁っていうか――」
「千歳ったら、絵に描こうとしたら逃げるのよ? 別に恥ずかしがることないじゃないね。トシアキからも言ってやってよ」
「描かせてやれよ、減るもんじゃないし」
「減るのよ、色々とね・・・・・・」
苦虫を噛み潰したような表情で呻く千歳。
絵に描かれたところで減るものなんてないだろうに・・・・・・俺はリーニャが描いた絵を思い返す。
むしろ傷ついて足や腕を失った少女が回復していくことで五体満足な笑顔溢れる姿に戻っていったので、減るどころか物理的に増えてる気がする。
「いいじゃない、ちょっとくらい」
「ちょっとじゃないし、そもそもあんたに食べられるのは真っ平ごめんだって言ってるのよ」
「ん?」
「あんたの隣にいるのはリーディヤ・スペシフツェフ、いかれた食人鬼よ」
千歳から飛び出た言葉に、しかしリーニャが返してきたのは太陽のような笑顔。
リーニャは俺の右手を包むように握ると――黒い竜の紋章を隠していた包帯を一気に引きちぎる!
「んなっ、何を――」
「やっぱり、そうだったんだね」
言いながら、リーニャは右手の手袋を外す。
そこには――
「紋章――!?」
「そういうこと。魔神様には聞いていたけど、まさかこんなところで会えるなんて思ってなかったわ」
俺もまさか恋人がそうだとは思わなかったよ。
と同時に、あの絵に感じていた違和感がはっきりとした。
あれは治る過程を書いたんじゃなくて、その・・・・・・減っていく過程を書いたものだったんだな。
ドM勇者に酒浸り勇者、挙句には食人鬼?
まともなのは俺だけかよ・・・・・・。
「ね、トシアキ」
「お、おう」
手を握ってくるリーニャに、ちょっと引きながら俺は答える。
「千歳捕まえるの、助けてくれるよね?」
「いやぁ、どうかな・・・・・・」
「ちょっとなら食べてもいいから」
「良くないわよっ!」
俺もいらない。
千歳のツッコミに内心相槌を打つ俺。
「ねぇ、トシアキはなんでこんなところに居るの?」
「なんでって――」
「魔王軍に来ればVIP待遇、金も女も好き放題よ」
「おお」
「人間の女が良ければ拾ってくればいいし、わたしだって――」
リーニャは俺の耳元に口を近づけると、
どうかな?
と俺の耳に息をかけながら囁いた。
リーニャの頬が俺の頬に触れそうで触れない位置にあるのを感じる。
確かに俺は魔王側の人間としてこの世界に召喚されたわけだし、それはそれで自然な気がする。
実際に勇者を倒してるしな。
俺だけのハーレム・・・・・・悪くない。
悪くない――が、
「悪いが・・・・・・断る」
「――っ、なんで!?」
よほど自信があったのだろう、驚きで目を丸くしてリーニャ。
ついでにその奥ではフィーネやロッテ、千歳も驚きで言葉を失っていた。
・・・・・・お前ら。
「結婚て、なんていうかこう神聖なものだと思うんだよな。力にモノを言わせたりとか、金目当てだとか、そういうじゃなくて」
「そう・・・・・・」
・・・・・・女が寄ってくるほど金をもってたこともないけど。
今なら魔力にモノを言わせてーはできるだろうが、いかんせん体は普通の人間だ。
恨みを買って刺されでもしたらあっさり死ぬし。
そんなギスギスした結婚生活よりも、らぶらぶな結婚生活を送りたい。
「好きだったよ、トシアキ。――食べちゃいたいくらいに」
「へ?」
腹に重い衝撃。
――息ができない。
見下ろすと俺の腹にリーニャの腕が突き刺さっていた。
そして噴き出る黒い液体。
「トッシー!?」
「ご主人様!?」
リーニャは崩れ落ちる俺から視線を外すと、
「さて、次はあなた達ね」
涙でにじむ視界の中、女と女――1人は男だが、はにらみ合うのだった・・・・・・。