40.氷という名の鉄壁
「ヴォァアァーー!!」
「――っ!?」
腹に響く重低音。例えるならオペラ歌手が思い切り吹いたトロンボーンという感じだろうか――物理的な衝撃を伴った咆哮があたりを震わせる!
思わず耳をふさぐ俺たちだったが、その咆哮が鳴りやまぬうちにアイスドラゴンは身を震わせるとその身に纏った氷の装甲から氷の礫をこちらに向けて放ってきた!
「うおっ!?」
「――きゃっ!?」
咄嗟にゴーレムを盾にするが、それでも砕けた破片が俺とハルに襲い掛かる。
俺から伸びた黒い影が飛来する礫を弾き飛ばすが、それすらすり抜けた破片が頭を、背中を打ち据える。
痛い――こみあげてくる涙を堪えながら、ハルを抱える俺。
例えるなら雪合戦と称して全力で岩――石ではなく、をぶつけられてるような感じだろうか。
それでも、ゴーレムが力負けしてじわじわとこちらに押されてきているのを見ると、生きているだけマシだと痛感するが。
「ゴーレムっ!」
礫が止むのを見計らってゴーレムをドラゴンに向かって突進させる。
単純に高さだけでもゴーレムの4,5倍はあるドラゴンだが、それでも俺が魔力を込めて造ったゴーレムの全力の一撃を食らえばタダではすむまい――。
ドラゴンも向かってくるゴーレムを脅威と感じたのか礫や前足での踏みつけなどで迎撃しようとするが、弾かれ転がりながらもその間合いを詰めていき――そこだっ!
「おおっ!」
別にハルが操縦してるわけでもないのだが、ゴーレムと一緒に体を傾けたりしていたハルが期待の声を上げる!
ゴーレムは突進の勢いを殺さぬまま腕を振り抜き、アイスドラゴンのわき腹を突き上げる!
ミシッ・・・・・・という鈍い音があたりに響き――一瞬、音が消えるのを感じた。
ドラゴンは体をくの字に折り曲げたまま動きを止め――
「やりましたね!」
「いや、あれは――」
まるで勝利のポーズと言わんばかりに腕を突き上げたままのゴーレムだったが、実際は追撃をかけるように指示を出していた。
しかし、ピクリとも動かないゴーレムのその腕が白く光ったかと思うと、腕が、体が分厚い氷に包まれる!
「そんな――っ」
引きつった声を出すハルだが、俺は声を出す余裕すらなくひたすらゴーレムに指示を出し続ける。
さすがに普通の氷とは違うのだろうが、しかしその氷も徐々に内側から白く細かいヒビが入り――砕け散る!
よしっ!
そのままもう一度氷の装甲がない部分を殴ろうとするゴーレムだが、しかしその一撃は身をよじったドラゴンの氷の装甲で弾かれる。
ゴーレムは装甲に触れた腕の部分から再び凍結し、分厚い氷に包まれてしまう。
「こうなったら――っ!」
命あっての物種だし、こんだけでかければ多少コゲても無事な部分も残るだろっ!
執拗にゴーレムを殴り、踏み、さらに分厚い氷に閉ざしていくドラゴンを睨みつけ、俺は札を引き抜き叫ぶ!
「ライトニングランス!」
生み出された十を超える雷の槍がアイスドラゴン目掛けて飛びかかる!
その威力を察知したのか、ドラゴンも咆哮と共に巨大な氷の槍を生み出して雷の槍を迎撃しようとする。
氷と雷が激突したその瞬間――視界が消し飛んだ。
「――っが!?」
「――くぅっ!?」
視界も音も白く染まった世界で、上も下も、ハルを掴んでいるのか、ハルに掴まれているのかも分からないような上体であちこちに叩きつけられる。
時々黒いものが視界に混じるが、それが自分の影なのか一緒に吹き飛んでいる何かなのかもよく分からない。
世界に色が戻ったとき――目の前には大きなクレーターと、その対岸でアイスドラゴンがこちらを次っと睨みつけていた。
「おい、ハルっ! しっかりしろ!」
「うぅ・・・・・・・」
頬を叩くと呻き声を上げるハル。
ハルが生きていることに少し安堵した俺だったが、状況はむしろ悪化しているようだった。
さすがにダメージを負ったのか、氷の装甲が部分部分割れ落ちている様子だったが、それゆえに俺たちを生かしては返さないという殺意をそののっぺりとした顔から感じる――気がする。
それが俺の気のせいではないということは、ドラゴンの目の前に生み出されていく氷の槍が如実にい物語っていた。
「くそっ――」
何とか立ち上がろうとするが爆発で揺れた脳はすぐには戻らず、揺れる視界に耐えきれず前のめりに倒れてしまう。
ここまでか――っ。
良いところを見せようなんて思わなければよかった――とは思わないが、せめて良いところを見せて良い思いをしてから死にたかった・・・・・・。
「ヴォァーー!?」
止めとばかりに咆哮を上げたアイスドラゴンだったが、その咆哮は途中で苦悶の声に変わる!
生まれかけの氷の槍は、その声に応えるかのように砕け、空中に霧散していった。
――なんだっ?
揺れが収まってきた視界の中で、ゴーレムが吹っ飛びながら氷漬けにされていくのが見える。
ゴーレムっ、君のことは忘れないっ!
とにかくこの隙にハルだけでも――。
気絶したままのハルを抱き寄せ、もう片方の腕で、痛みか寒さか、震える指で、二重三重に見える視界で必死に状況を打開できそうな札を探す。
テレポーテーションでハルだけでも逃がすか、あるいはプロテクションで――・・・・・・。
リーニャに良いところを見せようとあれだけ準備したのに、無駄になったな。
剣を無駄に強化したり、フィーネと剣の――と、不意に焦点が合った視界に一枚の札が飛び込んでくる。
「これなら――っ」
再び氷漬けになったゴーレムを踏みつけ、まさに今、氷の槍を放とうとするアイスドラゴン。
氷の槍を、その奥にいるドラゴンを切り裂かんばかりに俺は呪文を唱えたのだった。