11.天才という名の馬鹿
「そういやこれ、高く売れるのか?」
俺はポケットから取り出した宝珠をフィーネに見せる。
色々あって忘れていたが、剣が取り上げられた今、金になりそうなものといえばこれくらいだった。
宝珠を見たロッテが固まる。
「あー、奴隷の宝珠?」
「ああ。盗賊たちが持ってたやつなんだけど、売れないかな」
「奴隷とセットだったら売れると思うけど……そうじゃなきゃゴミね」
「あのー……ボク、買いますよ?」
「お前、金持ってるのか?」
「そこはほら、体で」
「いらん」
こちらを見上げて固まっているロッテ。
正直、横にいるフィーネよりも全然女らしく可愛い。
どれくらい可愛いかというと、思わずハグしてそのまま転げまわりたいくらい可愛い。
だが男だ。
さて、どうしたものか……。
「これ、壊したりしたらどうなるんだ?」
「別になにも。……まあ、破片踏んだら痛いんじゃない?」
「そんなもんか」
「あの、もし不要でしたらボクが捨てておきますよ」
「んー……」
伸びてきた手をかわして考える。
そういや貴族の元に行く予定だったって言ってたよな。
そいつを特定できれば高く売れる……か?
「あの、ご主人様……?」
手を伸ばしたまま固まっているロッテ。
メイド服の隙間から胸の肌が見え隠れしている。
思わず覗き込みたくなる。
だが男だ。
はぁ……。
俺はため息をつくと、宝珠をロッテに向かって放り投げた。
「わっ……これは?」
「やるよ」
「……いいんですか?」
「いいも悪いも、元々俺のものじゃないしな」
「ありがとうございます!」
ロッテは大喜びでくるりと一回転した後――宝珠を勢いよく地面に叩きつけた!
割れた宝珠の破片が部屋に散る。
「あいたっ!?」
暇そうに歩き回っていたフィーネが悲鳴を上げた。
なんだろうこいつ、わざとやってるわけじゃ……ないよな。
どちらにしても残念すぎるが。
……まあ靴は履いてるし、大丈夫だろ。
痛がる馬鹿は放置して、俺はロッテに言葉を続ける。
「後、もう奴隷じゃないんだからご主人様って呼ばなくていいぞ。まあ好きに呼んでくれ」
「はい、ダーリン!」
「それはやめろ。ていうか別に俺のそばにいる必要もないし、自由にしていいんだぞ?」
「……そうですね、わかりました」
「ああ、破片だけは片付けといてくれ」
「はい」
返事をしたロッテは、しかし複雑な表情で破片を見つめていた。
ちょっと寂しいが彼女――いや、彼か? はもう自由の身だ。
どこへ行こうと何をしようと俺に止める権利はないし、つもりもない。
「さて、フィーネ」
「……なによ」
「ちょっと頼みがあるんだが……」
俺はそう言うと、隣の部屋へと移動したのだった。
◇◆◇◆◇
机の上に乱雑に積まれた本と札。
これらは全てフィーネが持ち出してきた荷物に入っていたものだった。
「ふっ。この天才魔導士にして冒険家のフィーネ様に教えを乞うとはいい度胸ね!」
「かなり不本意だが、今はお前以外に聞ける相手が居ないからな」
天才ってか天災だけど。
……なんでこいつはこんなに偉そうなんだろう。
ロッテを解放する前に色々聞いておいた方がよかったか――?
少なくともこいつよりは常識あるだろうし、もしかして魔法について知っていたかもしれない。
だが男だ。
「お前、なんでもするって約束忘れてないだろうな」
「あらー、何のことかしら?」
「ダンジョン造らないぞ」
「ごめんなさい土下座でも靴でも舐めるんでお願いします」
「お前な……」
「で、魔法?」
「ああ」
昨日ダンジョンの入口を作る時点で簡単な使い方は教わっていたが、逆に言えばそれだけだった。
せっかくなのでダンジョン造りを口実に魔法について理解を深めておきたかった。
俺は早速、机の上の札を手に取り疑問に思っていたことを口にした。
「なあ、この札って何なんだ?」
「いい質問ね。ちょっとそれ広げてみて」
言われた通りに広げてみると、そこには細かい文字がびっしりと書き込まれていた。
燃え盛る炎……全てを吹き飛ばす……。
物騒な言葉がつらつらと並んでいる。
でもなんだ?
これと似たような響きを昔、テレビで聞いたことがあるような気がする。
確かタイトルは魔法帝国の……魔法……詠唱……。
「これは――もしかして呪文か?」
「そう、札には呪文が書いてあるのよ。で、キーワードを唱えることで魔法が発動するってわけ」
「なるほどな、だから何も知らない俺でも魔法が使えたのか」
「そういうこと。つまり凄いのはあんたじゃなくてこの札を書いた私ってわけ!」
「はいはい。……でも同じ魔法でもお前と俺で全然効果が違ったのはなんでなんだ?」
言ってこの間のことを思い浮かべる。
フィーネの唱えたライティング――明りの魔法はマッチよりも弱弱しいものだったが、俺が唱えたら世界が光に包まれた。
ロッテは才能だと言っていたが……。
「……魔力の差よ。札さえあれば誰でも魔法は使えるけど、威力や成功率は術者の魔力に影響されるのよ」
「つまり、お前の魔力が残念すぎて、俺の魔力がすごかったってことか」
「うっさいわね、まだ成長期なんだからこれからよ!」
いや、どんだけ成長しても人並みになれるかすら怪しい気がする。
そう言うやつに限って成長してもそのままなパターンだし。胸とか身長とか。
……まあこっちの平均を知らないから何とも言えないが。
「ん? ていうことは魔法を使うときは札がないとダメなのか?」
「別にそういうわけじゃないけど」
フィーネはそう言うと広がった札を指さして言葉を続けた。
「一応呪文を唱えれば札なしでも呪文は発動するわ。でも家の中とかならいいけど、モンスターと戦ってるときにこんな呪文唱えてる暇ないじゃない?」
「あー、確かにな」
言われて納得する。
モンスターに襲われているときに悠長に呪文を唱えていたらその間に食われてしまうだろう。
まあ守ってくれる味方が居れば済む話ではあるが、手っ取り早く発動できる手段があるならそっちを使うべきだ。
しかし――
「説明、なんか意外に普通にわかりやすいな」
「ふっ。これでも魔法学校では筆記は常に一位だったのよ!」
「実技は?」
「……聞かないで」
「でもあれだ、だったら学者なり学校の先生にでもなった方がよかったんじゃないんか?」
正直期待はしていなかったが。
いわゆる勉強のできる馬鹿ということなんだろうか。
なんにせよ異世界から来た俺が理解できるのだから、こっちの住人にも十分通じるだろう。
教えるだけなら魔力がしょぼくても関係ないし。
どう考えても冒険者なんかより先生のほうが向いている気がする。
「いやよ」
「なんでだよ」
「だって……絶対馬鹿にされるじゃない、生徒に」
「あー……」
確かに。
でもそれは魔力だけが原因じゃないと思う。
――しかし、これは予想外の収穫だな。
せっかくだからこのまま魔法について全部教えてもらおう。
「なあ、呪文って札以外に書いても大丈夫なのか? 他に魔法ってどんなのがあるんだ? 例えば召喚魔法とか……」
思いつくままに疑問を口にする俺。
結局、俺とフィーネの魔法教室は陽が沈むまで続いたのだった。
◇◆◇◆◇
「ふう……疲れたな」
軽く息を吐きながら俺はベットに潜り込む。
――しかし中々充実した一日だった。
フィーネから聞き出した魔法の話は、ダンジョン造りの選択肢を大きく広げるものだった。
とはいえ俺だけではまだ実現できなさそうなことも多い。
なのでついでにフィーネにはいくつか魔法関連で下準備を頼んでいた。
さて、明日からどんなダンジョンを造ろうか……。
薄れていく意識の中でそんなことを考える。
しかし――
カチャ。
部屋の扉が開かれる音によって、俺の意識は現実に引き戻された。