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籠は自分で抜け出すものでしょ?

作者: 矢壱

初めて短編小説を書いてみました。

面白いと思っていただければ嬉しいです。

 リグド国は長年の戦争も終結し、国民は平和が実感できるくらいに、衣食住が整い安定していた。

 この国の王も、いくさでは大した才能を見せることもなかったが、戦後の復興の指示や他国との協定などには滅法な才能を見せた。

 そのことにより、攻める国もなく、攻めてくる国もなくなっていた。

 しかし、その一方で、国王には重大な悩みがあった。自分の一人娘、エリザベスが愛おしくて堪らないのである。細くしなやかで美しい手足。笑顔を見せれば例え妻子がいる男でも必ず見とれる。数多くの男が結婚を求めにやってくる。そんな目に入れても痛くないどころか、誕生日だから国土を半分くれと言われる事があったなら、何の躊躇もなく渡すだろうほどに娘を愛していた。よく言えば娘を大切に、悪く言えば何時までたっても娘から離れられない親バカと言えた。

 親バカ故に国が平和だとしても、万が一他国が攻めてきたら大変だと、娘を滅多なことでは外には出さず、出したとしても十人以上の護衛を付けていた。

 娘本人も護衛が十人以上いるのが嫌なのか、次第に外に出る頻度が減っていった。


 城の最上階の一室がエリザベス姫の私室としてあてがわれていた。部屋の広さは相当なもので、ベッドやタンス、照明などの調度品も装飾は煌びやかで、豪華を極めていた。

 太陽の光が優しく入り込むその中で、姫は豪華な机に向かいペンを動かし続けていた。



 『私はかごの鳥。飛ぶこともできない。私は一生外に出ることはできないのだろうか。私は外に出たい』



 綺麗な文字で書かれた日記を閉じ、そして目を閉じる。それは外の世界を夢見るものなどではなく、実際に己の目で外の世界を見るための集中だった。


 そこに、ノックの音が響いた。時間的におそらくは昼食をメイドたちが持ってきたのだろうとエリザベスは判断した。メイドたちはエリザベスの返事を待つこともなく、入ってくる。

「エリザベス様、昼食をお持ちしました」

 六人いるうちの一人、メイド長がきびきびとした動きで部屋の中に入ってくると、無駄な動きを一切見せることもなく昼食の準備を始める。彼女は若くして、城に使えるメイドを束ねるまでに上り詰めた。当然、様々な事に対しての知識もあり、些細なことにも気が付く気遣いができる。

 そんなメイド長は他のメイドに指示を出しながら、料理を並べている。

「お待たせいたしました。エリザベス様」

 そう言われ、エリザベスは用意されたテーブルに座る。目の前にある料理は当然料理人が丹精込めて作った上品なものだった。

(私は町の屋台で食べてみたいのに)

 町での飲食など王が認めるはずがない。決して国民を信用していないわけではなく、国民に紛れて娘の命を狙うものがいるかもしれない。それが屋台を経営していて毒を盛るかもしれない。と考えて許していないのだ。

 そのことを考えると自然に軽くではあるが眉間に皺が寄る。そのことをメイド長が見逃すはずもなく問うてくる。

「本日の料理はお口に合いませんでしたか?」

 そう言われエリザベスは否定する。

「そんなことないわ。いつも通りの味よ」

「それならば、しかめたお顔などされず、賛辞のお一つでも言われてはいかがでしょうか?」

 自分が本当に食べたいものでは無いが、美味しいことには変わりない。

「料理長には、美味しかったと伝えてちょうだい」

 かしこまりました。と頭を下げるメイド長たちは、そのまま黙って食事を見守っていた。


 食事も終わり、また一人になった。

 そうなれば、やることは一つ。




 【脱走である】




 外に出してもらえないのであれば、自力で出るしかないと気づくのに時間はかからなかった。逃げ切るための体力。脱走のための知識も精力的に身に着けている。

しかし、数回の脱走を試みるも、だいたいはメイドや執事たちが邪魔で結局は成功しなかった。

 逃走ルートを変え、時間を変えても徒歩では難しかったのだ。

「前回は急遽掃除を開始したメイド長に見つかったんだったわね」

 城に居る使用人たちの行動は時間をかけ完璧に調べ上げたのだが、人目を誤魔化すために隠れた部屋にメイド長がいたのだ。急遽きゅうきょ客室の掃除と手入れをしていた彼女に、鉢合わせてしまった。咄嗟に、「大事な用事だから貴女に任せたいの」と嘘をついて用事を言いつけたが、かなり怪しんでいた。彼女がメイドで、主人の言いつけに疑問を挟めないのが救いだった。

「今回はそんなミスはしないわ」

 そして今回、単純な徒歩による脱走ではなく、全く新しい方法を一ヶ月かけ考案し、二ヶ月かけ下調べと準備を行ってきた作戦。



 それは、【城の外壁をつたっての下降】である。



 まずは自分の服装を確認する。今自分が身にまとっているものは、社交の場のように派手で煌びやかではない。だが、一国の姫ともなれば普段着るものであっても美しいものに限られている。それは完全に動きを制限されるものだ。

 しかし、策はある。フワフワとした肩から手首の袖は、三十センチほどのリボンを巻きつけることで、服を肌に密着させ動きやすさを確保する。

 そして、普段から履かされているヒールの高い靴は、別の靴のヒール部分を切断したものを用意することで解決した。

 本来脱走において、スカートには何の配慮も必要もないのだが、外壁を降りているときにスカートがめくれ上がってしまったりした時のことが頭を過り、年頃の少女故の羞恥心が働いて背格好の似ている執事のズボンを盗み出し、スカートの下に穿くことで良しと考えていた。

 

 作戦の概要は、現在地であるエリザベスの部屋は地上から遠く離れた城の最上階。城の外壁を数百メートルを命綱も無しに降りるのではなく、まずは城の三階まで城内を移動する。              何故三階なのかというと、王、王妃、姫の三人は城内の三階より下の階に居た場合は、使用人が発見次第無条件で傍に付く。通常は外出以外では三階より下の階には用事がないため、万が一に備えてこの警備体制が組まれていた。

 そのため、見つかっても『怪しまれる』程度で済み、警備が発動しない三階まで行き、一つの部屋に入る。その部屋も当然事前に色々な細工をしてある。部屋のクローゼットの中にはヒールを落とした靴と、拝借した執事のズボンを隠してあるのでそれをはき、リボンを腕に巻きつける。

 その後はロッククライミングの要領で、外壁をつたって一階まで下りて再度一つの部屋に入る。そこで身なりを整えてから見つからないように外に出る。三階で見つからなければ使用人たちは完全に油断するだろう。そこを狙って動ければ成功すると確信していた。


 一度深く深呼吸する。肺に空気を送り込み、頭をスッキリとさせ力を抜く。身体が固ければ咄嗟の動きが出来ない。

 意識を澄ませながら部屋を出る。左右を確認し、静かに扉を閉める。

「……ふぅ。ここからが勝負ね」

 三階までは見つかっても大丈夫だが、見つからないに越したことは無い。万が一見られても不自然にならないくらいに歩調を速めながら三階を目指す。城の中は、万が一敵が侵入した時のことを考え、部屋と階段の位置は不規則に作られている。そのため、階段や曲がり角は特に慎重にゆっくりと進む。

背中を壁に付け角の先を見る。廊下の数メートル先に一人のメイドが歩いていた。

 数メートル先に居るが油断はできない。城のメイドと執事は、先の戦争で最前線を生き抜いた元兵士が数名いる。彼女はその一人だった。故に人の視線には非常に敏感で、うっかりすると気づかれる恐れもある。


 再度壁に隠れ、相手が過ぎ去ってくれるのを待つ。立ち止まっているだけでも好転する事は無い。一刻も早く移動したいが焦ってはならない。もう一度ゆっくりと顔を出すと、メイドはもういなかった。

 音を立てないように廊下を歩く。立ち止まり角の先を見る。階段を下りる。それを何度も繰り返し、目的の三階に到達した。

「ようやく折り返しね」

 気合を入れなおし、予め準備をしていた部屋に入る。

 クローゼットに隠しておいたズボンと靴を取り出し身に着ける。外に出てから必要なため、履いていた靴は窓から地面に向かって落とし、リボンも両腕に巻き、戦闘態勢が完了する。

 開けられた窓から見える青空。いつも自分の部屋の窓から見るのとは違い、少し遠くなった空。しかしそれは、自分が自由になっている証拠だ。

 そっと窓枠に足をかける。身体を反転させ、壁にしがみ付き慎重に手足を動かす。

 三階とはいえ地上数メートル。時折風が強くなりエリザベスの髪がなびく。身体が揺さぶられるのを堪える。そうやって少しずつ少しずつ地上が近くなる。

 十数分後、ようやく大地に足が着いた。

 「っっっっっっっっ!」


 声にならない歓喜。

 一時的とはいえ、様々なものから解放された気分を味わうエリザベス。

 深く息を吸い吐き出す。肺の中に土や木々の匂いが染み渡るのを実感すると満足気に頷く。

 自然と笑みもこぼれ、どうやって外を満喫しようか考えを巡らせる。

 すぐに城外へ行きたい衝動を抑え、地面に転がる靴を拾い、身なりを整える為の部屋に入る。この部屋の窓は鍵がかかっているが、中途半端に壊れているため、鍵近くの窓枠に数回振動を与えれば鍵が開くことを知っていた。

 無事に侵入できた部屋で、服をはたいて埃を落とす。

「日頃から身体を鍛えているかいがあったわね。怪我ひとつしてない」

 そして、スカートの下のズボンを脱ぐために手をかける。

 しかしエリザベスの手が止まった。ドアの向こうに人の気配がしたような気がしたからだ。


「これはエリザベス様に了承を頂かなくては駄目です」

 やはりドアの向こうには人がいた。しかも声からしてメイド長だ。これだけでも十分にまずい事態なのだが、何より聞き逃せなかったのは、『エリザベス様に了承』の言葉だった。

(私に了承!? ということは、メイド長ないしメイドの誰かが私の部屋に来るの?)

 最悪、エリザベスが城外に出た後ならば、発見されるまでに時間がかかるだろう。しかし、城の中にいる場合はすぐに見つかる。


 脱走後なら、弁明で『自分が無茶をしてまで城から出たのは、お父様の過保護さにあります』と言えば王の考えも変わるかもしれない。

 しかし脱走前では、ただの御転婆おてんば娘にしか映らない。そうなれば警備の強化に繋がるだろう。それだけは避けねばならない。

 此処まで来た成果を無駄にして部屋に戻るか、それとも一時の自由に出るか。

 一瞬たりとも彼女の頭の中の思考は止まらなかった。

(部屋に戻るしかない!)

 そう決断したエリザベスの行動は早かった。


 リボンを締め直し、ヒールのある靴を服に仕舞いこむ。

 部屋を飛び出して壁に張り付く。そこから休憩なし、強風でも構うことなく三階までの壁を昇りきった。

 ゼェゼェと肩で息をしながら元の部屋まで戻りズボンを脱ぎ、リボンを解いてから靴も履き替える。そして、再度服の誇りを叩き部屋を出る。

 左右を見回し、メイドや執事の存在を確認するが幸運なことに見当たらない。素早く壁から壁へ、死角から死角に移動してなんとか自分の部屋に帰ることができた。

「どうやら、間に合ったみたい、ね」

 自然と安堵の独り言が漏れる。


 部屋にある水差しから水を注ぎ、一気に喉に流し込む。

 ある程度落ち着いたところで、ノックの音が響いた。

「エリザベス様、よろしいでしょうか?」

 声はメイド長。先ほどの了承とやらで来たようだ。

「ええ、構わないわ」

 そう言うとメイド長は扉を開け、頭を下げてから部屋に入ってくる。

「お嬢様。この事なのですが……どうかなさいましたか? お疲れのようですが」

 当然本当のことなど言えない。


「少し運動していたのよ。勉強の合間の運動」

 少しどころなのか、運動なのかは不明だが、すべてが嘘ではない。

 メイドと国王の娘。当然追及されることは無く、メイド長は話をつづけたのだった。

「それではお嬢様、そのように手配しておきます」

「ええ、よろしくお願いするわ」

 ガチャリと扉が閉まりメイド長は出ていった。

 エリザベスは外を見る。もう一度外に行く時間も体力も無い、今回も諦めるしかなかった。

 

 エリザベスの部屋から出たメイド長は大きく息を吐いた。

「全くお嬢様は。今度は壁を使って階下に行くなんて」

 メイド長は知っていた。というよりも、自分が信用できると判断したメイドと執事に事情を話し、陰から見守るように指示していた。

 さすがに壁を伝っていると聞いたときは肝を冷やしたが、そのタイミングで声をかけて万が一手を滑らせては逆に危険だという判断で執事に見守らせた。

 それに、仮に落ちたとしても、その場に隠れているメイドと執事が、命に代えても姫を落下からのダメージを防ぐと信頼で来た。

 彼女も、国王の過保護ぶりには苦笑を浮かべるしかなかった故に、エリザベスが城から出るまでは自由にさせるが、城から出ることは止める。

 それがエリザベスに対して出来る最大限の譲歩だった。できる事なら、年頃の少女と同じように街を歩いてほしいと思っているが、自身の雇い主を裏切ることはできない。

 どうすることもできない自分に情けなさを感じながら廊下を歩く。

 どんどんと階段を降り、一階の部屋に入る。

そこは先ほどエリザベスがいた部屋。中に入ると窓が開いているのでそれを閉める。

「エリザベス様は今度はどのようになさるのでしょうか」

 そう呟き、メイド長は再び仕事に戻っていった。


最後まで読んでいただき有り難うございました。



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