側にある、闇
学校での業務を終え、桐山は家に帰る準備をしていた
気づけば窓の外から見える雲行きは怪しく、間もなく雨が降りそうであった。
「ん~~今日も疲れたわぁ~」
ポーチより少し大きめのカバンに荷物をまとめ、保健室のディスプレイの電源を落とす。
「今日はなーに作ろうかな~、最近は研究で部屋にこもりっぱなしだったからコン弁にはお世話になったな~、せっかくだし最近覚えたあれ、作ってみようかなぁ~」
いつものことながら、ゆったりとした足取りで保健室を後にする。
『♪♪♪』
「?」
部屋の鍵を閉めようとした時、電源を落としたはずのディスプレイが暗い部屋のなかで光を放っていた。
(電源、ちゃんと落とせてなかったのかなぁ、)
メールの受信を知らせる通知音が、繰り返し鳴っている。
(このパソコンってアドレスあったんだぁ、ってなにこれ!?宛名から酷い文字化け、、)
メールの内容は一文であったが、ノイズがかった文字化けのおかげで読み取ることができない
「とりあえず消しておきましょ~っと」
デバイスに表示されたメールを指で操作し、ごみ箱に移動させる
「....あれぇ?」
何度もメールをゴミ箱に送るが、エラーメッセージが表示され捨てることができない。
(学校のパソコンにエラーなんて珍しいわねぇ、)
少しばかりいじってみたが、一向に治る気配がない。
(う~ん、何かのウイルスかもしれないし、学長には知らせたほうがいいかなぁ、)
受信したメールを自らのデバイスに転送し、これまたゆっくりとしたペースで桐山は学長室へ向かった。
「....」
「仕事、増えたなぁ~」
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「このような時間に申し訳ありません、研究員、桐山まゆです。」
そう言うと、ドアがゆっくり開き、桐山の目の前にだだっ広い部屋とひとりの女性が見えた。
「いつも夜遅くまでご苦労様です、桐山先生」
「い、いえ、仕事ですので、」
「緩さこそが人生」の桐山だが、学長の前ではそうもしていられない。
「研究の進み具合はどうですか、」
「え、えぇっと、」
「この施設に移ってからは生徒さんからもいいデータがとれますし、新しい機材のおかげで最近ですとオグルやロストワールドについてもだいぶよい具合だと………、」
「それにここには少々気になる体質の子がいますし…、」
「二年A組、神代雫、ですか」
「えぇ、彼女は今まで見たことのない体質ですので、そのぉ、私にとってもよい経験になっているというか、なんというか、、」
説明事が大の苦手な桐山は、消えそうなか細い声で必死に答えた。
「それで」
「えっ?」
「ここに何の用無しに来るほど、貴方も暇ではないでしょう?」
そう言いながら、学長は椅子に座り、桐山をみつめる。
「あぁ!そうでした!えぇっとですね、、」
カバンの中からデバイスを取り出し、読み込んだメールを投影した、
「先ほど保健室のパソコンに入ったメールです、あまりに文字化けが激しいものですから何度か消去してみたのですが、何故かその度にエラーメッセージが表示されてしまいまして、、」
「私のパソコンならともかく、学校の方に直接送るなんて、アドレスを登録している生徒でないとセキュリティ上、不可能なはずですが、、」
「おそらくいたずらか何かですよねぇ、ハハハ、」
「....、」
「ほっ、本当に時間を取らせてしまい、すみませんでしたぁ!こ、このメールは何とかしてけしておきますのでぇ!」
(メール一本で何学長に泣きついてんの私~!そうよ!私は見た目はこんなんでも立派な科学者、メール一つ解決できなくてどうするの!)
凍り付くような場の空気に耐えられなくなった桐山は、投影していたデバイスを閉じ、深々と頭を下げながらドアの方にむかった
「し、失礼しましぃ..、」
「桐山先生」
「はいぃぃぃっ!!!!」
ドアに手をかけたとき、呼ばれた自分の名前が背中を突き刺した。
サッと振り返ったとき、桐山の目に入った学長の瞳は、いつもの穏やかなものではなく、本当にこの場を凍り付かせてしまうかのような、殺気と覚悟が入り混じったような、そんな瞳だった。
「な、何かありましたでしょうかぁ、、」
「.....」
静寂な空気に包まれた部屋の中、鋭い眼差しの学長が口を開く
「一つ、聞きたいことがあります。」
「なな、なんでしょうかぁ!」
気づけば外は雨風が強く窓を叩き、雲の上では鈍い音をたてた雷が横走っていた。
「貴方は先ほど私に何を見せましたか?」
「えっ?」
思わぬ質問だった。一瞬桐山の動きが固まる。
「えぇっと、メールですが、、」
「そのメールはどのような内容でしたか?」
「も、文字化けが激しく、読解まではできないかと、、」
意味がわからなかった。
さっき見せたありのままをひたすら答える、学長もわかっている事ではないのか、何か間違ったことでも答えただろうか、そんなことをひたすら考えた。
「桐山先生」
「は、はぃ」
「直ちにエージェントへ緊急回線を使い応援を要請してください、内容は私から伝えます。」
あまりに予想外な言葉だった。
エージェントは言うなれば優秀なガーディアンセクターを集めた警察のようなもの。
彼女たちの仕事は悪魔払いではなく学校内の生徒の安全を守ること、それもよほどの事態が無い限り彼女らに応援を要請することは無い。
「い、いったい何が、、」
桐山の一言に静かに答える。
「我が校の生徒を救出します。あまり考えたくはありませんが、最悪の事態も覚悟しなければならないかもしれません。」
凍りついた空気の中、学長の机に映し出された一通のメールが、不気味に光を放っていた。