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081.悪役人生などお断り

「私が、これから前長官の別宅に乗り込んで女性たちをお助けしてきましょうか? ラッセル侯爵の鉱山で働かされているであろう人たちも……。それで奴隷買の証拠となりますよね?」


少しでもセインの心が晴れるようにお手伝いがしたい。

相手がどれほど厳しい警備を敷いていても、必ずやり遂げてみせる。


アナベルは気合を入れて提案したが、彼は首を横に振った。


「今から王宮に行って前長官の断罪を陛下に求める。前長官の資産は没収するから、その際女性たちも確保できるだろう」

「前長官のほうはそれでいいとしても、ラッセル侯爵の鉱山のほうは……」


奴隷とした人を働かせているのだ。絶対にいい労働環境ではないはずだ。

少しでも早く助け出したほうがいいと思うのだが……。


「早々に助けたいとは思うが、今の段階で、私はラッセル侯爵の悪事に関してこれといった証拠を握っていないのだよ」

「証拠……」

「領地には領主の自治が認められているからね。国家反逆罪と国庫に納めるべき税を誤魔化した場合を除き、捜査権限は誰にも与えられない。権限を持たぬ身で、奴隷がいるだろうと乗り込むことはできないのだよ。隠すような悪事はないが……私も所領で他領の主に勝手な真似は許さない。だからこれはお互い様なのだ……」


セインは苦しげに言って目蓋を伏せるようにした。


「ということは……私が行って助ければ、変装していても魔法使いの存在に……ラッセル侯爵は政敵のセインが私を送り込んだと思いますよね。そして、自治を侵すのかと抗議の声をあげる」


違うと言い張っても、何が何でもこじつけてセインを貶める材料として使うだろう……。


「残念だが、その通りだよ。侯爵は自身の悪事を棚にあげ、自領を調べた私を堂々と糾弾してくるだろう。鉱山の人間は自主的に働きに来たと主張し、私に、領地の人間を攫った極悪人だと叫ぶだろうね」

「そんなの絶対に駄目です」


鉱山で働かされている人々を助けに行きたいが……アナベルがそれをしたことで、セインが非難されると思うと決心がつかない。


「私としては、叫ぶだけであるなら好きなだけ叫ばせていいのだが……おそらく、侯爵は私兵を使って私の領地に報復攻撃をしてくる」

「報復……」

「領地を荒らした者に当然の報いを与えるとして、己の正当性を叫びながらね。そのような無益な戦は避けたい。だから、ラッセル侯爵が交易船で奴隷をベリルに入れたところを押さえたかった。それができれば、ベリルの威信に傷をつけたとして、いかようにも捜査が可能となったのだがね」


なんとも暗澹たる気持ちになる流れに、アナベルはため息が出そうになるも、どうにか堪えた。

前長官が、ラッセル侯爵と組んで奴隷買をしている決定的な証拠を所持していることに期待する。


「今から、前長官に魔法をかけます」


アナベルはテーブルに両手を重ねるようにして置くと、目を閉じた。


「前長官には、すでに魔法をかけているのではないのかい?」

「変身魔法とは別のものです。……光、集え! 闇、集え! 前長官を見張れ。彼は、奴隷買に関して何も壊さない。何も燃やさない。隠さない。すべてそのまま……」


脳裏に、前長官の姿を思い浮かべながら魔法を使う。

アナベルが目を開けると同時に、全身を取り巻いていた黄金と漆黒の光が外へと向かって飛んでいく。

二つの魔法の光はそのまま一直線で前長官の許までたどり着き、奴隷買の証拠を隠蔽しようとすればそれを阻む力となる。

この魔法には、昨日使った変身魔法のような永続性はない。一か月もすれば自然と解けてしまうものなのだが、それまでには前長官の断罪は終わっているはずだ。


「それは、ずいぶんと呪文が簡略化されているようですが、隠蔽阻止の監視魔法ではありませんか? 二属性重ねがけの難しいものであるのに、息をするように簡単に使えるのですね」


新長官が、驚きを隠さない表情でアナベルを凝視していた。


「前長官の顔も気配も覚えましたので。どこにいらしても、魔法をかけるのは可能ですし、重ねがけが難しいと思ったことはありませんので……」


難しい魔法だと言われても、よくわからない。それを正直に答えると、新長官はますます驚いた顔をした。


「白黒両方を使える上級魔法使い、というのはやはり伊達ではないのですね」


「セイン。これで前長官は奴隷買に関する品を、燃やしたり破棄することは不可能になりました。その中にラッセル侯爵と繋がっている証拠書類があれば、領主の自治が認められていても陛下のお許しが出るのではないでしょうか。鉱山に助けに行けますよね!」


感心しきりの新長官に小さく微笑むと、アナベルは期待に胸を弾ませてセインに向き直った。


「本当に、いつもいつも助けてくれてありがとう」


頷いて、優しく頭を撫でてくれるセインに、アナベルは満足して目を細めた。


「それでは……私はこの辺で」


新長官がセインに断って席を立とうとした。


「新長官様。お時間がよろしいようでしたら、お訊ねしてもよろしいでしょうか?」


今後の予定に差し障りがないのであれば、質問に答えてほしくてアナベルは彼を引き留めた。


「私に答えられることであれば」


新長官は席に座り直し、アナベルの願いに鷹揚に頷いてくれた。


「ありがとうございます。……実は陛下のことなのです。前長官様が、魔法のかかりがあまりよろしくなく、熱を出されても下げるのが難しいと言っていたそうですが、その時の状況など、何かご存知でしょうか? もしご存知であるなら、教えて頂ければありがたいのですが……」


王の治療に関わることだ。話してもらうのは無理だろうかと思いつつも、少しでもいいので解熱魔法のかかりが悪い原因を知る手掛かがほしかった。


「……状況、と言われても……私の見ている限り前長官は最高の魔法を使っていました。それでも、なぜか陛下のお身体に魔法は浸透しにくいのです。時には、まったく浸透せず完全に弾かれることもありました」


新長官は隠さず教えてくれたが、それはセインから聞かされたこととほぼ同じだった。


懸命に解熱魔法を使っても弾かれる……。

外的な問題はなく、やはり王の体質の問題なのだろうか。


「そうですか……」

「あ! でも、これは……」


アナベルが頷くと、新長官は何かに気付いたかのような声をあげた。しかし、すぐに誤魔化すように言葉を濁した。


「なんでしょうか。なんでもいいので、気になることがあるなら教えてください!」


少し身を乗り出して勢い込んで訊ねると、新長官は面食らったように目を白黒させた。


「知っていることは、何でも隠さず彼女に教えてほしい。私からも頼むよ」

「公爵様……。あの、これは、私が勝手に感じたことでして……けして、王太后様を貶める意図などございません。ただ、王太后様が陛下に付き添われない時であれば、魔法のかかりはよいように見えました」


セインからも要請されては新長官に断るすべはなく、言い難そうではあったが語ってくれた。その内容にアナベルは目が輝く。


「王太后様が陛下の傍にいなければ、魔法のかかりがよい……」

「た、たまたまそう見えただけかも……」


新長官が慌てて言い繕うが、アナベルは彼の見たものに間違いはないと思う。

王の体質には問題がない、問題があるのは……。


「新長官様は、王太后様が填めている腕輪のことをご存知でしょうか?」


魔法屋に訪れる令嬢たちよりも、新長官のほうがよい情報を持っているのではないかと、そちらも訊ねてみることにした。


「あの腕輪のことですか……。王太后様は大層お気に入りのようですが、私には気持ちが悪くて……正直よい物とは思えません。しかし、ほんの少しでも外すことを勧めた者たちは、ことごとく王宮から追放されてしまいました。今では王太后様の勘気を恐れ、何か言う者などおりません」


新長官は眉を顰め、嫌そうに語った。王太后の腕輪を脳裏に過らせるだけで気分が悪くなるのだと、アナベルはその表情に感じた。

それほどに、腕輪は邪悪な気を発しているのだ。

アナベルはなんとなく、王太后が腕輪でセインを呪えば、王にもいくらか被害が行っているように思う。それで、解熱魔法のかかりが悪くなっているのではないだろうか。


これはますます、良い未来を迎えるためには王太后の腕輪は確実に破壊しなければならない。


「いろいろ教えてくださり、ありがとうございました」

「お役に立てたなら、幸いです。……あなたは王宮魔法使いになるつもりはないのですか? もしお望みであれば私は長官位を返上し、あなたを長官として陛下に推薦いたします」


アナベルが礼を述べると、新長官は柔らかな声で問うてきた。


「まったくありません」


きっぱり返事をしてにっこり笑うと、新長官は不思議そうに瞬きしてアナベルを見た。


「政の長はマーヴェリット公爵。その妻となる人が王宮魔法使いの長官であれば、フィラム王家を完全な飾りものとしてしまえるだろうに……それを、まったくないとは……」


欲はないのですか、と囁くように訊ねてきた新長官に、アナベルは顔をしかめてしまった。


「新長官様。王家を飾りものにするのはいつの時代も悪者です。悪者には、最後は成敗されての惨めな暮らしが待っています。そんな者になりたい欲など、持ち合わせはありません」


アナベルにとて欲はある。

だが、それはセインとともに王家を飾りものにして自分たちが影の支配者となることではない。

アナベルは、セインときゅきゅと美味しい物を食べて笑い合い、日々を平和に穏やかに暮らしたいのだ。

王家を飾りものとする悪役人生など、たとえセインに頼まれたとしてもいやである。


「くくっ……確かに、悪者として成敗されるなどお断りだな」


新長官が何か言う前に、セインがとても楽しそうにのどを鳴らして笑っていた。


「ですよね!」


アナベルの気持ちにセインが賛同してくれたのが嬉しくて、満面の笑みで大きく頷いた。

すると、セインが新長官に面白そうに声をかけた。


「先ほどあなたが言ったように、私は王宮魔法使い以上に陛下をお守りする臣として生きていきたいと思っているよ」

「失礼いたしました」


新長官は今度こそ席を立ち、セインとアナベルそれぞれに礼をして部屋を去った。




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