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006.瀕死の飛竜

もしや、この男性は頻繁にこの場に来ているのだろうか。

大事な憩いの場としており、必ずここに座ると決めているのであれば、アナベルが座っているのは不愉快だろう。

アナベルは特別この場所に愛着はない。

このままここにいても悩みが解消されることはなく、悶々と悩み続けるだけだ。

その上、場所取りで争うなどみっともないので、立ち上がって場を譲った。


「どうぞ」

「すまないね。息抜きにここに来ると必ずそこに座るので、この子もそこから見る景色を気に入っているのだ。最期は、気に入りの場所で過ごさせてやりたいと思ってね」


やはり、ここに座りたかったようだ。男性は申し訳なさそうにアナベルに頭を下げた。

なかなかに美声の持ち主である。ブルーノのような、己が良い人であるのを演出しようとしているわざとらしい爽やかさがないのがいい。

それに、護衛騎士を伴い移動するような上級貴族は、もっと権高いものだ。

それが、どう見ても一般市民にしか見えない姿でいるアナベルに対し、ずいぶんと貴族らしからぬ腰の低い態度に意外なものを感じるも、礼儀正しい人間は好ましい。

一礼してその場を後にしようとしたところで、男性がふとましい手で大事に抱えているものが目に入った。


「それは、飛竜ですか?」


男性の手の中でぐったりとして横たわるそれは、青緑の鱗でおおわれた四足の小さな身体に長い尻尾と、緑色の透き通った翼を持っていた。

成長すれば全長10メートルは超える。本物の飛竜であれば人間の言葉を理解する生き物であり、友好関係を結んだ人間をその背に乗せて空を飛んだりもする。

しかし過去世にて、その生き胆を食べると不老不死となる、などと話が広まったものだから、世界各地で乱獲され数が激減してしまった。

生き肝にそのような効力など何もないと証明された時には、飛竜は人間社会から離れ、人間の滅多に訪れない秘境で暮らすようになった。

現在では、我が国だけではなく世界各国で絶滅危惧種に指定されており、飛竜の同意なく人間が強引に飼うことは禁止されている。

ましてや傷付けるなどしようものなら、重罪として厳しく罰せられる。


だからアナベルは図鑑でしか見たことがない。

まさか、生きている飛竜をこの目で見られるとは思っていなかった。


「そうだよ。この大きさで成竜だ。幼い頃に森で見つけて、それからずっと友達だった。いつも肩に留まってくれていたのに……病気になってしまった」


男性は力なく項垂れながらも、アナベルの問いに答えてくれた。

悲しげに、そしてとても愛おしそうに、虫の息である小さな飛竜を撫でる。


「…………」


生まれたての子竜だとばかり思っていたのに、手の中に納まる程度の大きさで、成竜。

というのであれば、希少中の希少だ。

巨大な飛竜の中に稀に生まれるとされている小さな種の飛竜は、心を許した者を禍から守ると言われる聖獣である。

飛竜の乱獲は、生き胆目当てというのももちろんあったのだろうが、真実はこの小さな飛竜を目当てにおこなわれたのだろうと言われているほどだ。


ぐったりとしている飛竜を見ていると、心を許した者を禍から守る、というのは眉唾ではなく真実だったのだと知ることができた。

そのような竜とこの男性は心を通わせているのだ。

先程の言動からも窺える通り、よほど心根の良い人間性に優れた人物なのだろう。


だがこの男性……他者からの恨みや怒りや憎しみを買いすぎているうえに、呪いに対する耐性が驚くほどに低すぎる。


人間性に優れているように見えるので、一般の民を泣かせる悪辣な貴族とは思えないのだが、どうしてこうも恨みを買っているのだろう。

男性の背後に漂うどす黒い怨念の塊に、アナベルは心の内で首を傾げるばかりだ。


ただ、恨みを買っていても、相手の攻撃が物理攻撃ならば、自身の身体を鍛えたり護衛を常につけることで何とでもなるだろう。

しかし、黒魔法使いのおこなう闇属性魔法。魂に作用する呪いとなればそうはいかない。

とはいえ、人間の魂はそんなに弱いものではないので、アナベルがかけられたような強力な呪いならいざ知らず、低級の呪いであれば魔法使いに解呪を頼まなくとも自身の心の強さで弾き飛ばせる。


ところがこの男性は、そのような低級の呪いにも簡単にかかってしまうだろうほどに、耐性が低い。


そうでありながら今日まで生きていられたのは、飛竜が男性に寄せられる呪い攻撃を懸命に弾いていたからだ。

病気になったと男性は言っているが、違う。

飛竜は、自身の力を限界以上に使って呪いの攻撃を弾き、生命力が尽きかけているのだ。


男性がアナベルが座っていた凹みに座り込んだ。ずん、と音がして、さらに凹んだように見えた。

ピッタリサイズである。

なるほど。ここだけが座り込むのにちょうどよく凹んでいたのは、この男性が頻繁に訪れて座っているからなのだ。


アナベルはこの男性とも飛竜ともかかわりない身だ。黙って立ち去るべきであると思うのに、飛竜の己の命を懸けてまで男性を守る健気さがどうにも胸にじーんと来て、つい口にしてしまっていた。


「あの……上級白魔法使いに回復魔法をかけさせてはいかがでしょうか?」


白魔法の光属性魔法には、失われた生命力を回復させるものがある。

その者が神より与えられた寿命が完全に尽きている場合は、いくらかけても効果を発揮しないが、本来の寿命が残っている場合は、瀕死であっても生命力の回復が可能だ。


最期と男性は言っているが、この飛竜にはまだ寿命が残っているようにアナベルは感じるのだ。


大切に想っているのなら、上級魔法使いに掛け合うべきだと思う。

市井の場で魔法屋を営んでいるという話は聞かないが、ベリルで最強の魔法使い集団とされている王に仕える王宮魔法使いの中には存在するはずだ。

その王宮魔法使いに一般市民であれば掛け合うなど不可能だろうが、いつでも王宮に入れる上級貴族であればなんとかなるのではないだろうか。


「ベリル一の癒し手と謳われている王宮魔法使いの長官にかけてもらったが、効果はなかった」


アナベルの問いに、男性は苦笑して首を振った。

一般市民にとっては王宮魔法使いというだけでも雲の上の人なのに、その頂点にいる人に頼んでいるとは……。

まさか、そこまでしているとは思わず驚くも、やはりこの男性はただ者ではないのだとの認識を新たにした。


男性は、大切に手の中に納めている飛竜を撫でる。

二人きりで別れの時間を持ちたい、早く立ち去ってほしいとその雰囲気から察せられたが、アナベルは男性の隣に膝をついた。

男性は、飛竜を救うために尽力している。それでも駄目だったのなら、ここは自分の出番である。


「まだ命の灯は残っているというのに回復させられないなんて、ベリル一が聞いてあきれますね」

「なんだと?」


男性が驚いた様子でアナベルを凝視する。

その姿に小さく笑むと、飛竜の上にそっと右手を置いた。


「見たところ寿命ではありませんし……光、集え。水、集え。早く元気にな~れっ!」

「なんだ、その呪文は?!」


馬鹿にするな、と言いたげに男性が眉を跳ね上げたと同時に、緑の飛竜を清浄な黄金と青の光が包み込む。

次の瞬間、弱り切って目を閉じていた飛竜は、生命力が枯渇しかかっていたことが嘘のように軽快な動きで羽ばたき、男性の肩にちょこんと留まった。

丸い緑水晶のような瞳が、じいっとアナベルを見つめている。


「元気になって良かったわね。これからもご主人様に可愛がってもらいなさい。でも、いくらご主人様が大好きでも、あまり無理はしないようにね」


その魔法が使える魔法力さえあれば、魔法を使う際の呪文は真面目で固いものでなくとも、自分好みに変えてしまっても問題ないのだ。

もしくは、呪文無しでも魔法は使える。

アナベルは長く固い呪文は唱えるのが面倒くさいので、簡単にして短縮するか、もしくは呪文無しで魔法を使うことが多い。


『きゅう』


愛らしい声で鳴き 『ありがとう!』 とばかりに両の翼をパタパタさせている飛竜に微笑み、今度こそ立ち去ろうとした。

自分に掛けられた呪いも、これほど簡単に解呪できるなら言うことないのだが、うまくいかないものだ。


「待ってくれ! どうして癒せるのだ。私は確かにベリル一の魔法使いに掛け合ったのだぞ!」

「痛いですよ!」


盛大にお肉のついた柔らかな手であっても、ぎゅっと腕を握られては堪らない。

走った痛みに顔を顰めると、男性は瞬時に手を離した。


「すまない! 乱暴するつもりはなかったのだ」

「おそらく上級貴族の方だと思うのですが……ずいぶん腰の低い方ですね」


深々と頭を下げた姿に呆然とした。

と言ってもおなかのお肉が邪魔をして全身を使って丸まっているようにしか見えないのだが、謝意は充分に伝わってきた。


「恩人に威張り散らすなど、貴族ではなく馬鹿のすることだ」

「左様ですか……」


ブルーノも、こうした人間性だったら良かったのに……。

心の内で少しぼやきながら、その隣に腰を下ろした。


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