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047.王太后と薔薇

「陛下がお元気になられたとしても、そう簡単に王太后様のお気持ちに変化が生じるとは思えないが……」


懐疑的なジャンに、セインは小さく首を横に振った。


「それとは別だ。来週、王太后様のお誕生日を祝う会があるではないか。その日ばかりは、私が側にいても機嫌が良い。それどころかご自身の方から寄って来られるくらいだ。すでに研究所のほうからいい報告が来ているだろう。だから今年もきっとそうなる」


一日限りの楽しみなのだが、王太后がセインに向かって微笑み朗らかに話しかけてくるのだ。

その光景に安堵する貴族は数多くいる。王家と公爵家の諍いなど誰も見たくはないのだ。

形だけでもいいから仲良くしていてほしいという、皆の希望を叶えて見せられる良い日だとセインは思っている。


「ああ。あれか……王太后様も現金なものだからな。前公爵様の時からそうだった。マーヴェリット家をどんなに疎んじていても、薔薇だけは笑って受け取られる」


呆れたような顔をして相槌を打つジャンに、セインはペンを置くと意地の悪い笑みをその面に浮かべた。

王太后の誕生を祝う会には、毎年数多くの者より薔薇が贈られる。ガーデンパーティの場にそれらはすべて並べられ、圧巻の光景となる。

中でも、招待される貴族たちが贈る薔薇は特に美しいものであり、この誕生会は王太后を審査委員長とする薔薇の品評会と言っても過言ではない。

年に一度の祝いの席に、他の物を贈る貴族はいないのだ。


「無類の薔薇好きの王太后様に、わが家は毎年どこの家よりも美しい薔薇、珍しい薔薇を献上してきた。その技術は、王太后様がどれほど欲しても手にすることはできない。大陸でも常に最先端を行っているからな……」


セインはあまり興味がないのだが、母の薔薇好きを後押しする為として、父が領地の一つに大規模な薔薇の研究施設を作っているのだ。

その両親は今は亡い。だが、研究施設を閉鎖するつもりはまったくなかった。


そこには国内のみならず世界各国より育種家を招聘しており、彼らは皆、優秀でありながらも驕ることなく日夜薔薇の研究に勤しんでいた。

父は技術のみならず人品優れた人間しか招かず、セインもその遺志を受け継いでいる。

心根の貧しい者に美しい花は咲かせられない、と母が言ったから父はそうしたのだ。

勤勉な彼らは新しい薔薇の開発に余念がなく、寝食を忘れることなど日常茶飯事である。セインは視察するたび、きちんと寝るようにと命じるほどだった。

そのような彼らがいるからこそ、毎年、他家の追随を許さぬ素晴らしい薔薇を王太后に贈る事が出来るのだ。

彼らは、セインが開発費用に糸目を付けず、自由にさせてくださるからだと感謝するが、彼らの努力と才能があってこその成果であることに間違いはない。


おかげで、誕生会で王太后の隣に立つのは常にセインである。

審査委員長である王太后は、最も麗しい薔薇を贈った者を讃え、誕生会の間ずっと己の側に置くのだ。そうして他の者達の挨拶を受けるのである。


王太后はセインを嫌っているのだから、他の者の薔薇を最高と称してその者を側に置く。セインの贈った物など無視して本人も相手にしない、と当初は多くの者がそう思っていた。


セインが父の名代ではなく、公爵として初めて薔薇を贈ったその年、まさにそうしたことがあった。

王太后はセインの贈った薔薇を無視し、他の者の薔薇を最高であると褒め称えた。それを見た招待客たちは、マーヴェリット家を嫌う者は喜び、二人の関係の悪さに困ったような顔をする者とに分かれた。

セインは、公の場で自分を蔑ろにする王太后に良い気持ちは抱かなかったものの、それも仕方がないと割り切ることはできた。

だが、素人の自分の目で見ても、他の誰が贈った薔薇よりも素晴らしい出来である自家の薔薇が蔑ろにされた事には我慢できなかった。

育種家の努力を馬鹿にするおこないにしか感じず、同席していたジャンに鉢を持たせると、王太后の前に進み出て一礼した。


『王太后様の大切な祝いの日に、お気に召して頂けない品を贈ってしまうなど、マーヴェリット公爵の名を継いだ者として誠に恥ずかしく存じます。贈り物には後日これに勝る宝石をご用意いたしますので、本日は何卒ご容赦ください』


お褒めの言葉が頂けないからと恨みがましい真似をする。贈った物を引っ込めるなどなんと情けない真似を。新公爵とは恥を知らぬ者なのか……などなど、せせら笑う声を背に受けながら、のしのし歩いてその場を去った。

鉢を持ってそばを歩くジャンは、どうなることやら、と面白そうに笑っていた。


すると後日。

気に入らなかったわけではないのだ、と必死で言い訳を述べると共にどうしても薔薇が欲しいとの切実な思いが記された手紙が王太后より寄越された。

セインに詫びるような内容の物など書きたくないだろうに。

それでも、薔薇には代えられないということだ。

ある意味単純で可愛らしい人だと思いながらセインはその薔薇を再び王太后に贈った。来年の薔薇もお気に召して頂ければ幸いです、と一言添えて……。


翌年、前年よりも素晴らしい薔薇を贈ったセインに、王太后は満面の笑みを浮かべ一日中側に置いた。

どんなにセインが憎くとも、薔薇に魅了されすぎている王太后には美しい薔薇を無視する事だけはできないのだ。

セインの贈り物をいらないと拒否すれば、王太后はその薔薇を二度と目にすることはできない。

そして、いらないと強気で言えるほどの薔薇が他家から贈られることはなく、自身の育種家の手で育てることも出来ないのだ。


「今年こそ堂々とおまえの品を無視してやる、と自身の抱える育種家や取り巻きの貴族たちを叱っているだろうが、まず無理だろうな」


ジャンが顎に手を当て満足そうに、うんうんと頷いている。

セインも同意だ。

ラッセル家も懸命に新種の開発をさせていると聞くが、それでも今年の我が家の品には敵わないと言い切れる。

それほど素晴らしい品が期日までにこちらへ届けられるのだ。


「去年は一輪咲かせるのがやっとだったそうだが、今年は一株全体に咲いたようだしな。一輪であっても、あれは素晴らしい品だった。まさに漆黒だ……」


他家の用意した品が、自家の開発した薔薇よりも素晴らしい品であると素直に認められる物であるなら、セインは王太后が誕生会の席で自身を蔑ろにしても笑顔で持参した薔薇を贈って去ることができる。

だが、認められない品より下と言われて、どうして笑って贈ることなどできるものか。

相手は王族なのだから、多少の理不尽な行いは我慢して当然と人々は言うだろう。しかし、誰に大人げないと言われようと、セインを嫌って呪いをかけることには我慢できても、配下の者の努力を認めないおこないには我慢できないのだ。


「陛下が薔薇の贈り物をされたなら話は別なのだろうが、おまえと王太后様が一日だけでも仲良くされることを優先してくださるから、ありがたいな」

「それをやられたら、私がどんな薔薇を贈ろうと太刀打ちできぬからな」


愛息子からの贈り物。という最高の付加価値がついた薔薇に勝てる品は、さすがにセインも用意できない。

育種家たちの努力が及ぶ物ではないからだ。

それであれば素直に引き下がるしかない。母親が息子の用意した品より他を選ぶなど、そんな姿は見たくないのものだ。

王はそれをわかって下さっているので、毎年二人だけの席を設けて祝いをされる。誕生会には出席されないし薔薇の贈り物もされない。

王太后も、王に無理をさせるわけには行かないからとそれで納得している。


「……終わったようだな。おまえはなんだかんだ言って見始めると早い。見落としもないしな。これは駄目だろうな、と思った申請はすべて弾いている」


例の商会の嘆願書以外にも、申請書などで納得できない物はすべて避けて積んでいる。

そんな、サインを入れなかった物たちを見ながらジャンが感心した様子で言った。


「父の補佐も含めて……もう十年以上やっていることだ。面倒と思えど慣れるさ」


とんとん、と軽く肩を叩いて笑う。


「今日の書類の中には入れられなかったのだが、司法大臣殿の側近が言うには、ラッセル侯爵は銀の利益にかかる税をかなり誤魔化しているそうだ」


排除に有効な手になると考えているのがわかるジャンの目に、セインは苦笑して右手を顔の前で軽く振った。


「それが排除に使える武器になると思っているなら駄目だぞ」

「なぜだ。王家に納める税の誤魔化しが判明した場合は、領地の没収や位のはく奪は当然おこなわれることではないか」


真面目な顔で反論してきたジャンに、唇の端をあげるようにして苦笑する。


「それは、完全に払う意思がないとわかる証拠があればの話だ。それが出ない限り、侯爵家を潰すような追及はできないのが現実だ。追及したところで、記載を誤ってしまったと言い訳し、倍額納めてうやむやにしてきた貴族がどれだけいると思っている」


王家に税を収めないのは重罪であるが、判明しても財の潤沢な貴族であれば、そのようにして逃れる裏技もあるのだ。


「それはそうだが、おまえ、その手で何家も潰してきただろうに……」


司法大臣と組んで上手くやれよとばかりに不満げな顔をするジャンに、それでもセインは同意しなかった。


「潰せた貴族たちは、悪政に耐え切れず側近が裏切って裏帳簿を出してくれたからだ。そして、証言もしてくれた。だから正式に陛下の裁きを与えることができたのだ。だが、ラッセル侯爵には今のところそうした隙がない。側近は忠義に篤く、領民たちも侯爵に逆らうような動きは一切ないと聞く。内部の協力がない状態で税の誤魔化しを断罪するのは不可能に近い」


それが、貴族に自治権が与えられている領地で得られる利益に関する難しいところだ。

王家であろうと国家反逆罪に関わるような理由でもない限り、そう容易く監査の人間を送ることはできない仕組みとなっているのだ。


「ではやはり、使える手はこちらだな」

「他にもあるのか。おまえは本当に優秀だ」


一つの手に固執せず、次の手を出してきたジャンにセインの目が輝く。


「……どうやら侯爵は、銀を採掘するにあたり大勢の者に過酷労働をさせているようなのだ」

「それこそ、領民が逃げ出して保護でも求めない限り手が出せないことではないか。それを狙って目を光らせているが、今日まで一人も出ていないぞ」


領主に自治権はあっても、領民を過度に苦しめても良いという権限はない。

ベリルでは、領主は領民の暮らしを守る者とされている。ゆえに、領民に過酷労働を課して死者が出ているなどと判明した場合は、断罪の対象となる。

しかし、ラッセル領ではそのような事実はまったく表に出ていないのだ。

ラッセル侯爵が得ている銀の利益は途轍もないものである。短期間で大量に採掘しているのだ。それを可能とするには領民に過酷労働を強いていると見て間違いない。

だが、それを断罪するにはラッセル領から生き証人を得ねばならないのは、ジャンとて知ることだろうに……。

セインが不満を露わにジャンを見てしまうと、ジャンは険しい顔をして首を横に振った。


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