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019.呪い攻撃の首謀者

「では王妃様……いえ、今は王太后様である方は……」


思わぬ話に目を瞠り、驚きの叫びが飛び出しかけたアナベルだったが、慌てて両手で口を塞ぐとそれを押しとどめた。

代わりに声を潜めて問いながらジャンを凝視する。

ところが立派な柱の影となる壁際で脚を止めたジャンは、苦笑すると首を横に振った。


「魔法使いではないよ」

「え?」


魔法でセインを呪っているならそうではないのだろうか。

それをあっさり否定されてしまい、つられて脚を止めたアナベルは拍子抜けしてきょとんとした。


「王太后が黒魔法の呪いが使える魔法使いであるならば、セインが宰相補佐に就くまで何もせずにいるなどあり得ないのだ」

「あ! それも、そうですね……」


自身の子の権利を脅かす邪魔者としか思っていないのだ。幼少期から狙うに決まっている。


「魔法使いではないのだが……セインが宰相補佐に就いたのと同時期に、気に入りの商人から魔法が使えるようになる腕輪を手に入れたのだ」

「そのような都合の良い物が、本当にこの世に存在するのですか?」


魔法使いになりたいと憧れる人間の話は頻繁に耳にしてきたが、それを叶える道具が実在するというのは初めて聞いた。

魔法関連の道具が詳しく記載されている祖母の蔵書の中にも見たことはない。

もしそのような特殊な物が実在するならば、世界中で大々的に名が広まり争奪戦が起きているように思うのだが、そのような事はまったくないのだ。

ジャンには悪いが信じ難い。

どうしても疑いの眼差しを向けてしまうアナベルに、ジャンは気を悪くするどころか、笑っていた。


「こんな話、すぐには信じられなくて当然だ。その場に同席したほかの者達もみな君と同じで、誰も商人の言うことなど信用しなかった。だが王太后だけが関心を示して自身の物としたのだ。その翌日のことだ、きゅきゅが 【セインを呪うなんて許さないわよっ!】 とそれはそれは激しい剣幕を見せた。何事だと心配したセインが王宮魔法使いに相談すると、セインを襲おうとする呪いを払っているとのことだった」


真率な目で語るジャンの話の内容に嘘は感じないが、だからとセインを襲った呪い攻撃の犯人を王太后とするのは無茶なように思う。


「……きゅきゅの払った呪いが王太后様の手にした腕輪によるものという確たる証はあるのでしょうか? 魔法を使える腕輪を手に入れたから、という話だけで決めてしまうのは早計のような……間違いであればただでは済まないと思いますので……」


その当時は王妃であるが、いくらセインを憎んでいる敵のような存在であろうと、確実な証拠のない状態で疑いの目を向けて良い相手はない。

案じるアナベルに、腕を組んだジャンは軽く頷いた。


「それから五日後におこなわれた王家主催の夜会で、きゅきゅが王太后を見た途端に凄まじい声で鳴いて噛みつこうとした。セインが慌てて止めたから何事もなくすんだが、あとで話を聞くと 【おかしな腕輪に頼ってセインに呪いをかけるなんて最低よっ!】 と、叫んでいたそうだ。きゅきゅには王太后が腕輪の力で魔法を使ったとわかったのだ」


「きゅきゅが……」


セインを想うきゅきゅがどれほど怒ったのか、その場にいなくとも目に見えるようだ。


「きゅきゅは君には懐いているが、これまではセイン以外の人間に懐くようなことは一切なかった。それでも私の髪を掴むくらいで、大勢の前で大きな声で鳴いたり、ましてや人に噛みつこうとしたのはあれ一度きりだ。私は聖獣飛竜が嘘を吐くとは思えないし、嘘を吐いたところで何の得もない。誰がなんと言おうとセインを襲った呪いは王太后の腕輪によるものとしか考えられないのだ」


「きゅきゅが言うなら私もそれを信じます」


アナベルにとっては何よりも信のおける証だ。


「だがね、そうと判明してもセインは王太后に抗議は入れないと言った。それをすれば、母親を止めきれないことを王太子殿下が思い悩み、余計に体調が悪くなるかもしれないと案じてね……。きゅきゅが言うにはセインはそう簡単に呪いにかかるような人間ではなく、王太后の呪いの魔法ではよほどのことがない限り死なせることはできないのだそうだ。それを聞いたあいつは、ならば自分さえ無言でいれば、いらぬ波風が立たないと考えたのだ」


「死なせることができない……ということは、その腕輪は上級魔法の使用は不可能なのですね」


「そのようだ。目や耳が聞こえなくなるといったものや……骨が折れやすくなる、病に罹りやすくなる、頭や身体のあちこちが痛くなる……といった類の呪いが送られてくるそうだ」


「上級の即死の呪いでなくても、陰険だわ……」


聞いていると胸が悪くなる。


「即死の呪いでなくとも役目が果たせなくなるようなものに関しては、自身の精神力ときゅきゅの協力で弾き飛ばしているとのことだが、醜く太らせれば女性が寄り付かなくなるとの短絡的な考えの透けて見える呪いには、あいつはわざとかかった。セインには降るように結婚の話が来ていたから、死なせられないならなんとか有力貴族の令嬢との結婚、子供の誕生だけは阻もうとしたのだろう。セインはそれ以前から婚約者も決めぬほど結婚には後ろ向きでいたのだが……その呪いを利用して王太后に結婚しない意思を示し、玉座も欲さないことをわかってもらおうとした。だが……」


悔しげな目をして言葉を切ったジャンの表情に、続く言葉は簡単に読み取れた。


「それでも、セインの気持ちはわかっては頂けなかった……」


セインに太る呪いをかけているのは、セインにその地位を追われた貴族たちではなく王太后だった。

だが、セインはそれを恨みもせず、自分がこの姿でいれば安心するだろうと言っていた。

己の身を犠牲にしてまで、セインは王太后の心の平穏を願ったというのに……。


「セインが三十となった時、公爵様が亡くなられてあいつはその跡を継いだ。その一年後、国王陛下が亡くなりアルフレッド王太子殿下が即位された。王太后もセインも力を尽しているが、お身体の調子は一向に良くならず、お子も出来ないままだった。アルフレッド陛下は前公様の跡を引き継いで宰相となっていた者を退かせ、最も信頼しているセインを宰相とした。王太后はその人事に反対したが聞く耳を持たなかったそうだ」


「…………」


「現在、王太后は腕輪の力でセインを暗殺できないことに苛立ちを募らせ、己の縁戚である第一妃殿下やセインの政策に不満を持つ貴族たちと共謀し、国内どころか外国の魔法使いにまで関心を寄せる始末だ。とはいえ、王太后の求める魔法使いは上級であるから、そのような者は滅多に見つかるものではない。しかし王太后の気持ちが変わらない限り、呪い攻撃に終わりはない」


ジャンは心持ち俯き、表情を翳らせていた。


「セインは陛下が亡くならないように、耐性が弱まってしまうほど祈ったというのに……。王太后様にその誠意は通じない。あくまでも邪魔にして呪って害そうなどとは……」


あんまりだ。

身体の脇で固く手を握りしめ、アナベルは怒りに身を震わせた。


「それなのにセインは、陛下がお元気になれば何の問題もなくなるとそればかりだ。大切に思っている陛下のお身内に厳しい態度を取りたくないのはわかる。だが、少しは自分の身を守ることも考えてほしい。あいつは善良で優しすぎる」


「光属性のセインはそう簡単に害せるような方ではありませんが、そんな腕輪が王太后様の手にいつまでもあっては駄目ですね」


実際、耐性が弱まってしまった折は、きゅきゅが命がけで弾かねばならなかった。

今はアナベルが守っているのでそのような危険はないが、呪い攻撃の源がわかっているなら取り除いておく方がより安全である。


「はずす手立てを考えてくれるかい?」

「もちろんです!」


笑顔で請け負うとジャンが嬉しそうに口元をほころばせた。

だがすぐにその笑みは消え、難しい顔になった。


「王太后はその腕輪をどのような時であろうと、一切はずそうとしない。衣装との調和を考えてやんわりはずすようにと持ちかけた者は、たとえ長年仕えた女官であろうと職を解いて自身の傍から追放している。今では王太后の腕輪に関して何か言うような者は一人もいない。就寝中に、ひそかにはずして使用不可能としたかったのだが、手の者にやらせてみたがはずれなかった。留め金がないばかりでなく、腕輪自体が王太后の肌と同化しているのだ」


「同化……」


なんとも不気味な腕輪だ。

ブルーノに填められた物を思い出してとても嫌な気持ちになる。


「王太后にそれを勧めた商人ならばはずし方を知っているかと締め上げてみたが、商人は魔法使いになれるというのは冗談だと言った。そんな良い物であるなら、売らずに自分が使っていると」

「確かに……」


何より納得できる言い分だ。


「商品を売り込む際に『幸せになれるかもしれない』とか『良縁に恵まれるかもしれない』といった女性を喜ばせる言葉を付けるのは日常茶飯事で、あの腕輪に関して付けた言葉もその一環だったそうだ。深い意味はなく、普通は誰も信用せず笑い話にしかならないものだと……」


「商人は女性の気を惹くような言葉を並べ立てながら商品を見せただけ……」


「だそうだ。あの腕輪は外国の骨董市でたまたま目に留まって手に入れたのだが、あとで考えると色がどぎつすぎるから買い手がつかないのではないかと不安になったそうだ。そこで『珍しい品だから、もしかすると魔法が使えるようになるかもしれない』と言ってしまった。ところが、皆が馬鹿にして笑う中、王太后だけが真剣な顔をして強く関心を寄せたので、商人のほうが困って青くなったそうだ。商人は眉唾ですと謝罪したが、王太后は気に入ったから構わぬと言って購入したのだ」


「どぎつい色……」


どんな色だろう。思い付かない。


「身に付けるには普通は躊躇うような……赤黒く輝く腕輪だ」

「赤黒……他者に呪いの魔法をかけられる腕輪ではなく、腕輪自体に呪いがかかっていそうな感じですね。その商人も、よくもそんな物を仕入れたものです」


迷惑な話だ。


「結局のところ、商人は腕輪に特殊効果があるなど知りもせず……王太后の手に渡って初めて、どのような作用が働いたのかはわからぬが、本物であることが証明されたというわけだ」


「きっと、セインに対する憎しみの感情が腕輪の力を解放したのだと思います」


激烈に強いものだったからこそ、腕輪が反応したのだ。

そうでも考えなければ、腕輪を身に付けただけで誰でも簡単に呪いの魔法が使えるのならば、やはり世界的に有名な品となっているはずだ。骨董市で適当に並べられるとは思えない。


「そんなところだろうな。身体と同化している物をはずしてほしいなど無茶を言っているのはわかっているが……」


心苦しそうな目をしたジャンに、アナベルはにっこり笑った。


「全力を尽くします。それと、どのような魔法使いを手に入れようとセインを攻撃するのは不可能ということもわかっていただきます」


国王が健康体となれば王太后のセインを憎む気持ちは薄れるのかもしれない。

だが、セイン守り隊副隊長として、アナベルには何も言わずに済ませるというのは無理だ。


「ありがとう。私も、君とセインの出会いをすべてのものに感謝するよ」


気合を入れているアナベルに、ジャンは朗らかに言って手を差し伸べてきた。

ジャンを同士のように感じたアナベルは、微笑んでその手に手を預ける。

再び歩きはじめた二人は、大きく開け放たれた入口より、光溢れる華やかな夜会場へと入った。



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