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165.思わぬ再会

「本当に、お屋敷を留守にしていたのか……」

「叔父様?」


 泣き笑いの表情で真正面に立った叔父に、アナベルはぱちくりする。まさかこのような路上で再会するとは夢にも思っていなかった。


「おまえに合わせる顔がないことはわかっている。だがすまない。どうか私の話を聞いてほしい」


 地面に跪きそうな勢いで深く頭を下げた叔父に、ぎょっとして焦る。


「こんなところでやめてください。大勢見てます!」


 身なりの良い壮年の紳士が、白昼町中で若い女性に頭を下げている。あまり見ない事態に、路上を行き交う人々が何事だと足を止めていた。こちらに向けられる興味津々の眼差しがどんどん増えていくことに、アナベルは非常に落ち着かない。


「で、ではあの馬車の中で……」


 叔父もはっとして我に返り、自身の降りてきた馬車を示した。

 悪目立ちしたくないアナベルはブローチを諦めて馬車に乗る。対面になる位置に座ったところで 御者が扉を閉めた。


「どちらに向かいましょうか?」

「ここから少し離れて、通行の邪魔にならない場所で停めてくれ」


 御者の問いに叔父が答えると「かしこまりました」と一言返る。少しして、ゆっくりと馬車が動き始めた。叔父がカーテンを引いたことで、車内は薄暗くなった。


「お久しぶりです叔父様。こうして鉢合わせするとはびっくりしました」

「私も、お屋敷で暮らしていると聞いていたから、まさか町中で会えるとは思わなかった。王都におまえの母方の親族が住まうとは聞いていたが、正確な場所は知らなくてね。困っていたのだよ」


 叔父は、ちょっと安堵した様子でぽつぽつ語った。

 亡き父は母の両親……アナベルの祖父母が魔法使いであり、王都で魔法屋を営んでいることを誰にも話していない。

 ゆえに、ブルーノはアナベルが魔法使いであるなど微塵も想像することがなかったのだ。

 叔父はその父の教えたとおりに、アナベルの母をただの一般市民としか思わなかった。実家に興味を持つことはなく、祖母の家を訪ねるような真似もしなかったというのに。

 これではまるで、アナベルを躍起になって探そうとしていたとしか思えない。


「……私に話を聞いてほしいとは、ブルーノのことですか?」


 ブルーノが牢で亡くなり、最期に言葉を交わしたのがアナベルであると知ったので探しに来たのだろうか。

 緊張し、それが少し声に滲んでしまうアナベルに、しかし叔父は不思議そうな顔をした。


「ブルーノ? ああ、アナベルも王都で亡くなったことを知っているのだね。突然の訃報に驚いたが、おそらく、慣れない王都暮らしで気疲れが溜ってしまったのだろうと思う」


 ブルーノは懇意にしていたラッセル侯爵と共に王太后の誕生祝賀会に出席し、そこで突然倒れて急死。

 領地まで遺体を届けた際、そのように伝えたとアナベルはセインに聞いている。

 叔父夫婦はいきなりの訃報に取り乱すも、素直に受け入れ、特に疑問を抱いて問い質すような真似はしなかったそうだ。

 なんの屈託もなく淡々と語った目の前の叔父の態度を見るに、その通りのように感じる。


「……」


 ここで、彼の死因は毒呪の剣を使用したことによる代償ですと真実を伝えて、ブルーノの残虐なおこないをすべて話したところで、彼を溺愛していた叔父を苦しめるだけだ。

 それをしたからとジョシュアが戻ってきてくれるわけでもないので、アナベルはなにも訂正なかった。


「私は王都での社交にはあまり興味がなく、そうしたことはすべてブルーノに任せてしまった」


 カウリーは中央政府で重職を担う家ではない。ゆえに一年の大半を地方の所領にて暮らす。

 亡き父と同じくあまり目立つことを好まない叔父も、王都の社交界に顔を出すことは皆無であったように思う。現に、セインの祝いや王太后の誕生祝賀会の会場にもいなかった。


「あの子は私と違ってとても優秀で社交好きでもあったから、楽しくやっているものとばかり思っていた。それがこんなことになってしまい、任せてしまったことを悔やむばかりだ」


 少し肩を落として語る叔父には悪いが、優秀で社交好き、おまけに上昇志向の強かった彼は、誰がどんなに止めようとも王都に出たとアナベルは思う。


「今回のことでラッセル侯爵のような大領主と親交を築いていたと知り、仰天したよ。どうやって縁を繋いだのかは知らぬが、ラッセル侯爵といえば外務大臣という要職にありながら不正を働き、陛下と宰相公爵に断罪されたお人だ。少々優秀であろうと、大した財も持たぬ田舎貴族の息子が、安易にお付き合いの出来る相手ではなかったのだ」


 無理に高みを目指したばかりに身体を壊してしまったのだろうと、叔父は寂しげにつぶやいた。


「だが、懇意にしていた事実は消えない。我が家も罰を受けるのだろうと私は覚悟したが、司法大臣様より丁寧な書状を頂いた。『ブルーノ・カウリーがどうであれ、カウリー家がラッセル家の配下となって働いていたとは見做さない。関与は一切ないものとして罪にも問わない』との内容でね……。緊張が解かれた私はその場で気を失い、気がついたら翌朝だったよ」


 叔父は顔をくしゃっとさせ、苦笑した。

 これはおそらく、カウリー伯爵家を仇討ちの対象とはしないと言ってくれたセインが、司法大臣にとりなしてくれたのだろう。

 アナベルは叔父にはなにも言わず、心の内でセインに感謝した。


「直筆の署名だけでなく印まであって、しかも用紙にはご家門の紋章入りで、最上級の証書となる物だった。カウリーのために七公のおひとりにそこまでして頂けるとは思わず、感謝するばかりだよ」

「……」


 どこを見ても、叔父がブルーノの死に特別な疑念を抱いているといった様子はない。


「安堵してそのまま葬儀をおこなってしまった。従妹なのだから本来は葬儀に呼ばねばならぬのに、探すこともせず済ませてしまい、薄情ですまない」


 申し訳なさそうに頭を下げた叔父に、アナベルは首を横に振った。

 自分に花を手向けられてもブルーノは不快に思うだけだろうから、謝罪などいらないのだ。


「いえ、こちらこそ。お悔やみのお手紙くらいは、叔父様にお出しするべきでした。無情ですみません」

「いや。こちらの勝手で追い出したも同然なのだ。おまえが謝る必要などないよ。悪いのはこちらだ。すま……」

「叔父様。私はカウリーを出る際、婚約破棄を歓迎すると言ったではありませんか」


 何度も繰り返し頭を下げようとする叔父をアナベルは遮った。


「それは、ブルーノが不貞を主張したから……」

「彼のおこないに傷ついていません。私は充分しあわせですので、どうかもうなにもお気になさらず、カウリーの地で心穏やかに暮らしてください」


 偽りのない気持ちを伝えると、叔父がごくりと大きく唾を飲み込んだ。


「ならば……偽りなくそう思ってくれるのなら、恥を捨てて頼む。助けてほしい」

「助ける?」


 異様な輝きを宿す必死の目で見つめられ、アナベルはわけがわからず息を呑んだ。


「どのような経緯があってのことかは知らないが、アナベルはマーヴェリット宰相公爵と結婚するのだろう? すでに一緒に暮らしているとも聞くよ」

「え、ええ。まあ……」


 本当にブルーノは一切関係なく、そちらが王都訪問の理由だったわけか……。

 だから『お屋敷』という言葉が何度かその口から聞こえたのだ。


「ブルーノの葬儀を終えた後、隣の領主にその話を聞いてね。婚約者の絵姿を見せてもらって驚いたのなんの。ブルーノはそんな話はひとつも寄越さなかったものでね」

「そうですか……」


 どこか興奮気味に語る叔父に、なんだかいやな感じがする。つい渋い顔をしてしまうアナベルに、叔父がまたまた頭を下げた。


「アビントン伯爵家の養女としてではなく、カウリー伯爵令嬢として公爵様に嫁いでほしい」

「なっ! なにを言って……」


 まったく思わぬ頼みごとに、アナベルは呆気にとられた。が、顔を上げた叔父の目は真剣そのものだった。


「妻となる方の実家に与えられるという、公爵様の厚遇をぜひともカウリー家に賜りたい」

「カウリー伯爵令嬢は死んだと公に届けを出し、葬儀までおこなったとブルーノから聞いてますよ?」


 こっそり援助してほしいといったことを頼まれるのかと思えば、まさかの、戸籍を戻して正式な身分で嫁げとは……。

 想像の上を行ってしまった。


「そ、それは……不貞を悔いて亡くなったというのは誤りと訂正し、戸籍管理庁に謝罪する。もちろん偽装の罰は覚悟の上だ」

「私をきらっていたブルーノがいなくなり、私が貴族最高位の家に嫁ぐと知った今なら……少々罰を受けようとも私の戸籍を元に戻したほうが得であると……。そういうことですか?」


 血液をほんの少し利用すれば、血筋の者であるかどうかを判別できる中級魔法がある。

 その魔法を使用したなら、アナベルがカウリー伯爵令嬢であることはすぐに証明される。叔父はそうするつもりなのだろうが、なんとももやもやする話だ。


「おまえの言い分をまともに聞こうともせず、ブルーノばかりを優先して見捨てた。兄の大事な忘れ形見を少しも大切にしなかった私が、今さらなにをふざけたことを言っているとしか思えないだろうな」


「その、なにより優先していた愛息子なのに……。亡くなれば、少しも彼の意思を尊重してあげないのですか。ブルーノは私がカウリーを名乗るなど絶対にいやですよ。天の国で、きっと叔父様の決定に嘆いて怒っていますよ?」


 ベリルの国民にとってマーヴェリット公爵家とは大層重要な家で、その厚遇が得られるというのはとんでもなく美味しい話なのだ。というのは、大勢の貴族たちから養父として選んでほしいと追い回されたアナベルは、いやというほど自覚している。

 それでも、ブルーノを大切に慈しんでいた権力欲のさほどない叔父にまで、厚遇目当てに復縁を迫られるとは思わなかった。

 死んでしまえばそれで終わりなのか。

 突然死など受け入れないと騒ぎを起こされるのは困るが、いまさら自分のことを姪として扱うと言われても困る。

 アナベルは、言いしれぬ酸っぱいものが胸の奥から込み上げてきた。


「おまえに不愉快な話をしている自覚は充分にある。私のことは無情で欲深だと、恨んでも憎んでも構わない。私に出来ることならなんでもする。だからどうか頼む。聞き入れてほしい」

「……」


 ところが、涙声で懸命に懇願する叔父の姿を見ている内に、アナベルは首をかしげる。

 急に権力欲に目覚め、マーヴェリット家の縁戚となって美味しい汁が吸いたいから自分を探していた、とは思えなくなってきた。叔父には他に、なにか重い理由があるような……。


「たとえ天の国のブルーノからどれほどの怒りを買おうとも、私は、ご先祖様や兄から引き継いだ領地を守りたいのだ。領民たちに、今のまま平穏な暮らしを送らせたい」


 叔父が項垂れ、苦しげに首を横に振るのを見て、アナベルの目が険しくなる。


「もしや、カウリー領に重大な危機でも?」


 少々の援助では足りない。七公ほどの人間に頼らなければ解決を見ない、とんでもない事態に襲われているのだろうか。


「このまま薬草の栽培方法を教えないつもりならば、領地に災いが起ると脅されている」

「なっ……」


 残忍な話に目を見張る。


「その通達後、西境にならず者たちが集い、勝手に開墾し始めた。いくら私兵を出して追い払っても後を絶たない。交易の邪魔もされ、領民たちが怯え……日に日に領内は暗くなって行くばかりだ」


 武装勢力が強引に住み着いて土地を奪おうとしている、と叔父は顔を歪めて悲嘆の声をあげた。

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『婚約破棄の次は偽装婚約。さて、その次は……。』 書籍情報ページ
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別作連載中です。こちらとよく似た話なのですが、よろしければ読んでみてください。
平民令嬢の結婚は、蜜より甘い偽装婚約から始まる
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