160.封印の宝石を得る前に……。
「己の口から語るのもなんだが、私の名は各国に大きく利くぞ。必ず、そなたが望む品の情報が寄せられてくるだろう」
面白そうに笑う王に、アナベルは焦りながら大慌てで断りを述べた。
「私の探し物に陛下の御名を使用させていただくなど、とんでもないことでございます。どうかお気遣いなくお願いします」
それは利くだろう……。
ベリルは大陸有数の大国だ。その王からの要請を邪険に扱える国などほぼ無いに等しいはずだ。が、だからとここで安易に王の名を使う協力などしてもらえば 『やはり王妃になるのだ!』 と騒がれるのは目に見えている。
「遠慮せずとも……」
「あ、アレキサンドライトが好きだと教えてもらえましたっ! 今日からそれに絞って探せます。ですので、無事に見つかると思います」
非礼と思うも堪らず王の厚意を遮ってしまった。
最高権力者の親切や気遣いはありがたいばかりではない。時には毒にもなるのだと自覚したアナベルは丁重に頭を下げる。もう二度と邪推と欲にまみれた人間達に付きまとわれたくはない。セインを悩ませたくもなかった。
「アレキサンドライトか……。確か、封印の宝石がそうであったような……」
王は自身の言葉が遮られたことに、不快を示さなかった。軽くうなずくと、アナベルが口にした宝石のほうに関心を寄せていた。
「封印された宝石でございますか?」
なんだか曰くありげな雰囲気に、首筋がぴくっとなる。
「私は実物を見たことはないのだが、とても大きく美しい品と文献には残っている。見てみるか?」
「はい」
王の勧めに否と返すのは失礼に当たる。
悪い物が憑いていても祓えばいいかと考えて頷くと、王は侍従のひとりを傍に呼んだ。
「封印されしアレキサンドライトをここに」
「ですが陛下、封印を解いて中を確かめるのは難しいかと……。歴代の長官に加えて前長官も、その息子も解くことは敵わずにおります。現長官殿は彼らに勝る使い手ではないご様子。こちらに来るよう連絡はいたしますが、はたして……」
命令を受けた侍従が困惑気味な態度を見せると、王はこちらを見て愉快そうに目を細めた。
「封印はアナベルに解かせるから長官には知らせなくとも良い」
「かしこまりました。では、すぐにお持ちいたします」
侍従は納得した様子で深く一礼すると部屋を出た。
「もし、そなたであっても不可能ならば、別のアレキサンドライトを用意してやろう」
「……ずいぶん強固な封印が掛かっているのですね」
歴代の王宮魔法使いの長官にグレアム……その誰もが解けなかった……。
グレアムの魔法力は強い部類だと思うだけに、彼が不可能だったということは、かなり凄まじい封印のようだ。
特別強力な物が憑いているのかとちょっと不安を覚えたところで、王から席を勧められる。
「私の周りの者たちが勝手な夢を見て行動し、ひどく煩わせたようだな。昨日は会議の後……私が退席したところで宰相に『結婚をやめるわけにはいかないのか』と訊ねる者が出たそうだ」
「なっ!」
アナベルは思わず、部屋に残っている侍従達を凝視してしまう。
セインの所に押し掛けたのか、と目を尖らせて問い質しそうになるも……苦笑交じりの王の言葉に動きが止まる。
「そこに居る者たちではないから安心して座れ。私に子の居ないことが気になって仕方のない、貴族たちだ」
「さようでございますか……」
貴族。とうとう出てきてしまったのかと、少し暗鬱な心地となる。
アナベルが侍従達を睨むのをやめて席に着くと、王は彼らのほうに向けて軽く右手を振った。すぐさま、全員が静かに退出する。部屋にはアナベルと王のふたりだけとなった。
「愛するそなたを私に差し出して恩を売り、権勢をより盤石な物とすればいいとまで言う者もいてな……」
「なんてこと……。ああ……セイン、さぞ気分が悪かったでしょうに……」
王の御前ということを忘れて、アナベルは頭を抱えて呻いてしまった。
だから、気配が黒く変色していたのだ。楽しく結婚式を待つばかりという今この時に……貴族達からやめろだなんだと言われたとなれば、不愉快どころでは済まなかっただろう。
暢気に王宮に通ったことが、つくづく申し訳ない。
「宰相を気の毒がっているようにしか見えぬが? そなた宰相がなんと答えたか、気にならないのか?」
興味深げな問いに、はっとして顔があがる。
「あ。失礼いたしました……。私を手放してまで欲しい権勢などないと彼は答えたと思いますので、それは別に……」
気にならないとアナベルが正直に答えると、王は破顔した。
「あははははは。なんと深い結びつきだ。そなたらはもしや魂まで重なっておるのか? 両親、一族の長老たち……セインが誰に何度言われても政略結婚を受け入れなかったのは、そなたに巡り逢うためだったのだな」
最後は感心しきりでしみじみと語る王に、アナベルは心がくすぐったくて頬が火照った。
「過分なお言葉とは思いますが、そう思っていただけるのがうれしいです。ですが、あの……貴族の方々はセインと私の結婚に反対なのですか? 私たちが結婚すれば、セインの宰相としてお勤めに悪い影響が出るのでしょうか?」
そんなに王と自分を結婚させたいのかと絶望を覚える。
眉を下げ、ちょっと泣きそうな心地で訊ねたアナベルに、王が安心させるように緩やかに右手を振った。
「この私がそなたらを祝福するのだ。反対する者など誰も出ぬよ。しばらく後にはソフィアか他の妃が懐妊するであろうから、そうなれば余計に誰も何も言わなくなる。そなたらに悪いことなどなにも起きぬよ」
「懐妊……」
その一言に全身でほっとする。
そうだ。ソフィア妃や他の妃に御子が出来さえすれば、それで一気に解決なのだ。
王の言葉から感じるに、ソフィア妃達を疎んじている様子はない。
王が妃達と仲良くさえしてくれれば、貴族たちが自分に関心を寄せることはなくなる。セインにも何か言う必要はまったくない。
せっかく健康体になったのだ。ここはたくさん仲良くしてほしい……。
「今回のことはそなたの存在が心地よく、太子を持たぬ身でありながら傍に招いてしまった私の咎だ。許せ」
「滅相もないことでございます。私のほうがセインの話が聞きたくて浮かれすぎたのです」
王と少しお茶の時間を持っただけで、こうも周囲に色眼鏡で見られるとは思っていなかった。が、どう言おうとも結局は、自分が王家の宝石を欲しがったことが原因なのだ。王に謝らせるなどとんでもないことである。
「愛らしいそなたに心惹かれなかったと言えば嘘になる。周りの期待に乗ってやっても良い、と思わぬこともなかった……」
「え?」
静かな声で語られた思わぬ内容に、ぎょっとして目を剥いてしまった。アナベルが固まっていると、王が苦笑した。
「一瞬の夢だ。もし、私がそなたを抱きしめれば、宰相の手で我が王家は終焉を迎える。悔しくは思うが、マーヴェリットが臣下をやめると決断したとき、それを押えられるだけの力はフィラムにはもうない」
「……」
アナベルは、政治や貴族の勢力図には疎い人間だ。
そんな人間がここで何を言っても下手な言葉にしかならないだろうと、黙して聞いた。
「私は……いくらそなたの存在に和もうとも、すべてと引き換えにしてまで己の者とする情熱は心に芽生えなかった。政略とは言え長年連れ添っておる。妃達にも情はあるので、穏やかに過ごさせてやりたい……母も……」
「……」
セインが本気で王と争うと決めたなら、王家に平穏はなくなる。その事態は迎えたくないと言葉に滲ませる王に、アナベルは「彼はそんなことはしない」とは口にしなかった。
そう言ってセインを擁護したほうが良いと思う気持ちはある。
でも……。
自分のためなら彼はそれをする。
そこまで自分だけを一途に想ってくれる人だとアナベルは知っている。
そしてそれが心よりうれしいから……嘘は口に出来なかった。
セインの優しくて立派な人柄だけでなく、過激と思えるそんなところもアナベルは大好きなのだ。
だから、諦めと納得が入り混じる、ちょっと複雑な顔で笑う王の表情をただ無言で見つめるだけだった。
「私は、ベリルと王家の存在を自分から切り離せない。だが、宰相はいざとなれば七公筆頭であることよりも、迷うことなくそなたを選ぶ。だからそなたも揺るぎなく宰相の手を取るのだろう?」
「はい。それで……もしもセインがなにも持たない人となったなら、私が養うと約束しております。どこかの町の片隅で、きゅきゅと三人力を合わせてしあわせに暮らすのです」
公爵家が破滅してその事態となることは、どんな魔法を使おうとも阻止してみせる。でもセインが自身で納得して爵位も権勢も捨てると決めたならば、アナベルは笑って受け入れるだけだ。
「はは。そなたが宰相を養うのか……。母上も他の貴族たちも信じないだろうが、私はセインには宰相位にも公爵位にも執着はないと見ている。譲るに足る者が現れれば、きっとすぐさま譲って隠遁生活に入る。あれはそういう人間だ。私があれの大事なものを奪わぬ限り、王家に牙を剥くこともない。眠れる獅子として、誰よりも王家もベリルも守ってくれる宝だ」
さすがは親しい従兄の上に、光属性同士だ。王はセインという人間をよくわかっている。
「私も同じく思います」
役目を厭うようなことはないが執着はない。だから無理にしがみつくために陰惨な悪事を働かない。爵位も地位もなくても、のんびり生きられるなら平気。
セインとはそんな人だとアナベルも思う。
「そうだからこそ余計に、そなたを私に差し出してさらなる権勢を求めろなどと、あれを権力欲の塊にしか考えず賢しげな口をきいた者には腹が立っただろうな……。さて、どう料理するのか見物だ」
「料理?」
どこか悪辣と言っていい笑みを王は浮かべていた。
「自分は宰相に良いアドヴァイスをしてやったと思い込んでいる青年貴族。このたび、兄が急逝したことによりルード侯爵家を継ぐと決まったばかりの者なのだが……ちと上昇志向が強い。副宰相は二人とも交代する意志はないと私は聞いているのだが、そこを狙ってなにやら画策中だ」
「それは、またセインに悩みの種が生まれた、ということなのでしょうか?」
アナベルはしょっぱい顔になるのを我慢できなかった。
漫画版コミックス。
【3話】はこんな感じ……。
◆
アナベルの手を強く掴んでしまったことを謝罪するセインの絵が、紳士で格好いい。
他も、ぽっちゃりしているのに、かわいいよりも格好いいを感じるのがすごい、といつも思って漫画家様に感謝しています。
そして三話は私が特に注目する……セインが川に転がり落ちる回なのです!
良い感じの迫力と、川に落ちた時のポーズがなんとも言えないほど好きです。
見てほしい……。
アナベルがセインの素性を知り、【月の欠片】のことを頼むかどうかを悩む表情……思い切って懇願し、貰えることになった後の【なんでもします!】とセインに感謝するシーン。
アナベルの必死さが伝わってきて、すっごく好きです。
実は自分、この物語の中で、セインが川に落ちるところと、アナベルが月の欠片をください! と願っているシーンが一番好きでして……。
それが書きたいが為にこの物語を設定したくらいなので……今回ご縁あって、こうして動きのある漫画で見ることが出来て、すごくすごく、とっても楽しくうれしかったです!!!
さらに、婚約者になってほしいと言われて「へ?」と、ぽかんとするアナベルはとてもかわいい。
うれしくわくわくする漫画にしていただいていると読むたびに思うわけであります。
なので見ていただきたいなあ、と何度も思ってしまって……こうしてお願いしてしまいます。
コミックスの詳細は、下記のアドレスから確認して頂ければありがたいです。
(アナベルとセインが飾る表紙の絵が見られます)
https://arianrose.jp/comic/?published_id=3960
(↑ 紙版・電子書籍版どちらもございます。お好みのほうでよろしくお願いします)
https://arianrose.jp/comic/?published_id=3802
(↑ こちらは電子書籍配信の、1話単位となる分冊版です)
私としてはぜひとも全話読んでいただきたい、と思いますが……。
いきなり一冊分はちょっと……と思われました方には、こちらがいいのではないでしょうか。無料お試し読みとかもあったりしますので……よろしくです。