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159.王の祝福

「アナベル様。ようこそいらっしゃいませ!」


 王宮内の、王の私的空間となる白亜の御殿。その入り口にアナベルの姿を見つけた侍従がふたり、喜び勇んで近寄ってきた。


「おはようございます。本日面会予約を取っていない非礼は重々承知しております。何時間でもお待ちいたしますので、陛下に面会申請をして頂けないでしょうか?」

「私たちに頭を下げる必要などございません。本日陛下におかれましては、重要会議も謁見予定もございません。しかも現在政務はご休憩中なのです。大変良いお時間にいらっしゃいました」


 ふたりの侍従は満面の笑みにて、アナベルをすぐさま王の居室へと案内してくれた。


「ありがとうございます」


 朝食の席で、セインの教えてくれたとおりだった。

 今日は王の休暇日だそうで、セインも王宮には行かずに屋敷で過ごすとのことだった。

『侍従達はきっと君を喜んで陛下の許へ連れて行ってくれるよ』と、彼は面白そうに笑って見送ってくれた。


「本日はご機嫌がよろしいようで、大変安堵いたしました」

「……あれは、ちょっと大人げなかったですね。怖がらせてしまってすみません」


 あんまり腹が立ったからと魔法力で侍従達を威圧したことを思い出し、アナベルは苦笑した。


「いえいえ。こうして陛下をお訪ねくださったので充分でございます。これからも、ぜひとも……」

「……」


 ねっとりとした、おかしな妄想と期待の込められた侍従の目を、アナベルはわざとにこやかに見つめ返した。

 無言であっても穏やかに微笑むアナベルに、侍従はあからさまに顔を輝かせた。


「あ、アナベル様。もしやようやくご決断を……」

「はい?」


 妃になる気になったのですね、と続きそうな興奮しきった侍従を、アナベルはきょとんと首をかしげて遮った。


「そ、そうですね。まずは陛下とお話になったほうがよろしいですよね……」


 侍従はそのように自身の中で纏めると、浮かれた様子を隠そうともせずに回廊を進んだ。

 耳まで真っ赤にして高揚している姿に、アナベルは心の内で舌を出す。


「……」

「陛下。ご休憩中失礼いたします。アナベル様がお見えになっております」


 白木に、白銀で螺旋を描く装飾が施された立派な扉の前で、侍従が扉の内に向かって朗々と声を響かせた。


「……中に通すようにと仰っておられます」


 すぐさま扉が開き、これまた笑顔の侍従が姿を見せる。そうして恭しくアナベルに一礼し、天井の高い室内へと促してくれた。


「陛下。ご休憩中失礼いたします。面会を受けていただき感謝いたします」

「私が招くより先にこちらへ来るとは珍しい。なにかあったのか?」


 ゆったりと栗色の柔らかそうなソファに腰かけ、書物に目を通していたらしき王は、少し不思議そうに問うた。

 アナベルが宝物庫に行くより前に自身の許を訪ねてきたことを、ちゃんとわかっているようだった。


「大変お待たせいたしました。お約束のお花にございます」


 アナベルは両手で抱えていた物をそっと、王の正面にある正方形のテーブルに乗せた。

 

「完成したのか」

「お気に召していただけるとよいのですが……」


 声を弾ませる王に、こくりとうなずく。

 最初から室内にいて隅に控えている侍従達も、アナベルの存在にそわそわしてじっとこちらを注視している。が、アナベルの王宮通いは今日で終わりである。

 顔には出さないようにして彼らに意地悪く嗤いながら、アナベルは包みを解いて中身を王によく見えるようにした。


「光り輝くチューリップ……」


 真正面に置かれた青いチューリップに、王が微かに目を見開いて見入った。


「まったくお世話をなさらずとも大丈夫です。私が死ぬまでそのままの姿で咲き続けます」

「こんなにも美しいチューリップを見られるとは思わなかった。爽やかで力強い気配も感じる。そなたの魔法はどこまでも素晴らしい」


 感嘆の声を上げ、大層機嫌よく眺める様子にアナベルは苦労したぶん感無量だった。


「夢見のよくなる魔法もかかっておりますので、できれば寝所に置いてやってください。陛下に心地よい眠りが訪れますよう願っております」


 花を取り巻く白い光は、所有者によい夢をもたらす魔法効果を表している。

 花の発する明るい気配と望みの青色を作り上げることも難しかった。それに加えてこの魔法効果付与にもかなり手間取り、完成に時間がかかってしまったのだ。


「夢見が良くなる魔法とは、そのようなものが存在するのか? 私は聞いたことがないのだが……」


 王が怪訝に、チューリップからアナベルへと視線を移した。


「私は祖父から習ったのですが、広く知られる魔法ではないようです」

「祖父……その者もそなたと同じような魔法使いなのか?」


 興味深げに問われて、少し首を横に振る。


「祖父は黒の上級魔法使いですので、白のほうは使えません。ですが、様々な特殊魔法を知っていて、教えてもらうのが楽しかったです」


 過去を懐かしく思いつつ、正直に答えた。


「楽しかった?」

「すでに亡くなっておりますので……」


 問い返されて苦笑する。ちょっとしんみりしてしまうアナベルに、王がすまなそうに言った。


「余計なことを聞いたようだな」

「滅相もないことでございます。今回の夢見が良くなるというのは、どちらかと言えば白魔法のように思うのですが、なぜか祖父は使うことが出来まして……。とは言いましても、申し訳ございません。悪い夢をまったく見なくなるとまでは保証できません」


 この部分ははっきり伝えておかねばと、アナベルは少し声を強めた。


「それでも、悪夢を見る回数が少なくなれば、それだけでも日々のお疲れが癒されると思い、ご依頼にない魔法ですがかけさせていただきました。完璧を約束できない魔法であっても……魔法使いの絵を飾るよりは、絶対にこちらのほうが効果はあると思います」


 セインと一緒にベリルを守ってくれる大切な王には、よい睡眠を得て疲れを溜めないでほしい。いつも元気で政務に携わってもらえれば、きっとセインの仕事も減ってしあわせがたくさん増えるはずだ。


「美しいだけでなく安眠効果まで持つ花とは……ああ本当に、そなたが私の魔法使いでないことが残念でならぬ」


 深く心に響く声だった。適当ではなく真心を込めて褒めてもらえたことに、アナベルはとてもありがたく思う。


「陛下にそのようにおっしゃっていただけたこと、誠に光栄に存じます」


 敬意を胸に礼を述べると、どこか寂しげな微笑みが返ってきた。


「私を敬いつつも、そなたから王宮魔法使いになりたいとの意思はまったく感じない。少しでも望めばすぐさま長官にしてやるというのに。当たり前に宰相の許へ帰るのだな」


「私が帰り道に迷えば、心配性のセインは外に出してくれなくなります。ふたりで特別な籠に入ることになっているのです。私はそれでもいいのですが、ベリルのよき未来のため……宰相閣下を籠に閉じ込めて独り占めする邪悪にはなれません。私は迷うことなく彼の許に帰ります」


 セインの傍を選んだ自分には王の側近たる王宮魔法使いになるという道も、ましてや王妃という道など絶対にない。

 アナベルは揺らぐことのないその気持ちを率直に伝えた。

 少し離れた場所にて喜びから一転、結婚相手はセインしかいないとはっきり示したアナベルを、侍従達が恨めしそうに見ている。が、知ったことではない。


「そこまでまっすぐにひとりを愛せるそなたも、そんなそなたに選ばれた宰相も、眩しいくらいに羨ましいな」

「私はセインという人に出逢えたことも、その人を愛することができるのも、そして愛してもらえるのも言葉にできないくらいしあわせです」


 アナベルが晴れやかな心地でまっすぐ答えると、王はまぶたを伏せるようにして頷いた。


「そうか。そなたと宰相のしあわせを私は心より祝福するよ」


 柔らかなその声と微笑みに、ざわりと空気が揺れる。


「そんな……」

「陛下……」


 侍従達から絶望感満載の声がちいさくあがった。

 アナベルはそちらにちらりと目を向けてみる。侍従達は『この分からず屋!』と言わんばかりに睨み返してきたものの、すぐに悔しげにそっぽを向いた。


「アナベル。希望する宝石がまだ見つからないようだな。宝物庫に見当たらぬなら、私の名で大陸全土に手配してやってもよいぞ」

「え?」


 話を変えた王に尋常でない厚意を示されたアナベルは、仰天する。

 聞き間違いかと何度も目を瞬いてしまった。






やったあ!

ついに、ついに王にこのセリフを言わせることが出来た! このシーンを書くことができたぁ!


この先は、ただの自己満足の話です。


書籍の三巻、完結となる本の表紙に王がいるのです。で、その王がアナベルとセインを祝福するように微笑んでいる。

私はそれを見たとき……王からアナベルに 『セインとの結婚を祝福する』 と言わせたいなあ、と思ったのです。


何故かというと。


病弱な身体を完璧に治してくれたかわいい魔法使いに、ちょっかいを掛けずにそのまま済ませる王というのが、私には想像が付かなかったのです。

「絶対ちょっかいかけるよ!」 だから、書籍表紙の笑みを浮かべて大団円になるまでには何か物語がある! と、勝手に思ってしまった次第であります。


それプラス……正直、書籍は完結となっても……アナベルとセインで書きたいエピソードが私の中にはまだ残っていたのです。

なので、書籍の完結と合わせてこちらを終わりにせず、開き直ってのんびりずるずる書くことにしました。


ですので、と続くのも違うような気がするが……。


書籍の終わりとこちらの話の終わりは違うシーンとなります。

書籍はブルーノの死、ラッセル侯爵断罪、表紙絵のような大団円、で纏まっています。


纏まっているのです! (大事なことなので二度言いました(笑))


適当なところでぶつっと切れるような、唐突な終わりにはせず、きちんと完結を付けています。

書き下ろしの番外編では、夫婦となったふたりの愛ある暮らしもちょこっと書いていますので……。


書籍のほうもよろしくお願いします、と言うことです(笑)


ブルーノの最期に関するシーンから分岐し、書籍とWEBは別な話になっています。

現在書いているエピソードは、このサイト上にしかないものです。


その、書籍では書ききれなかったエピソードのひとつを本日とうとう書くことが叶い……。

これで、王はアナベルとセインの仲を邪魔する人にはならず、祝福して見守る人になる。ベリルには波風が立たず平穏は保たれる。という、自己満足を果たすことが出来ました。やった!


とは言え、話はまだ続きます……。


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