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135.心が寄り添わない二人

牢獄へ向かうため王の住まいより外に出る。


「月明かりが……」


アナベルは目に映る周囲の光景に、王太后の誕生祝賀会が中断された時より随分と経過していると知った。

王の治療にブルーノとの闘い。

その間に昼の時間は終わり、天には月が輝いていた。


「牢獄は宮殿内とはいえ、王族方の暮らされるこちらにはないのだよ」


馬車に案内してくれたセインに、アナベルは促されるまま乗車した。

二人を乗せた馬車は北のほうに向かって移動し、華やぎのまったくない寂しい区画に到着した。ごつごつとした石造りの円塔が建っている。

セインの護衛騎士が円塔の前に立つ衛士たちに声をかけると、すぐさま門扉が開かれた。


「現在ここに収監されているのは、公爵様が命じられた者のみでございます。一階の、入口より最も奥に入れております」

「それだけ教えていただければ、もし見当たらなくても気配で捜せます。お付きの人は外していただけないでしょうか?」


衛士から自分たちの案内を託された看守に、アナベルはお願いしてみる。


「囚人が暴れて危害を加える、ということはないとは思いますが、気味の悪い状態となっております。お二人に、もし何事かあれば心配です」

「私は今、魔法力が満ちています。彼が牢で何をしても、公爵様には傷一つ負わせないとお約束します。それでも不安でしたら、公爵様は後で皆さまとご一緒に。……先に、私と彼の二人だけで話をさせてください」


自分たちを案じてくれる看守に、アナベルが力強く提案したと同時に、右隣からしっかりと肩を抱かれた。


「一人でなど行かせない。……案内は不要だ。誰も付いてくるな」


看守の返事も護衛騎士の声も聞く気はない、といった様子で、セインはまったく振り返りもせず、獄舎の中へと歩を進めていた。

その言葉に反して後を追ってくる者はいなかった。


「……」


セインの声や雰囲気は、ぽっちゃりさんであった時とまったく変わっていない。

アナベルに対して妙に過保護であろうとするところも同じだ。

でも、丸くぽよんとしたところがまったくない容姿では、どこか違っているように感じてそわそわする。

それに、肩に回っている腕や手が硬くて……つい、失われた柔らかさを心の内で惜しんでしまう。


「何があろうと今度は私が守る。居心地は悪かろうが、気を楽にしているといい」


セインは、アナベルが牢獄という場所に緊張して固くなっていると考えたのか、ぽんぽんと気持ちをほぐすように優しく肩を叩いてくれた。


「あ、ありがとうございます」


まさか牢獄云々よりも、もう見られないぽよふわさんに思いを馳せていたなど言えるわけもない。

アナベルは、小さく微笑むことで誤魔化しておいた。


改めて目にした獄舎はセインの言うとおり、煌びやかな宮殿にまったくそぐわない、陰惨な場所だった。

灯りは燈っているものの、その数は少なく薄暗い。

肌に触れる空気はひんやりと冷たく、湿って淀んでいる。


あまり広くはないその中で、独房内にて鉄格子の傍に座り込んでいるブルーノの姿は、すぐに見つかった。


『破壊しろ。破壊しろ。私の内に残る闇の力よ。すべてを壊し、私の怒りをベリルに示せ』


ブルーノは肩の外れていないほうの手で鉄格子を掴み、一心不乱にぶつぶつ何か唱えていた。

アナベルが近寄るもまったく気づく様子はない。

報告通り、全身を黒い靄が覆っている。

鉄格子を挟んでその正面に立ったアナベルは、身体だけでなく彼の魂まで毒と死の呪いに蝕まれているのを感じた。


毒呪の剣はもうこの世にない。

どれほどその力を欲して呼びかけようとも、ブルーノの内に闇の力など残っておらず、彼が超常の力を使うのは不可能なはずなのだが……。


「!?」


ブルーノの言葉に、毒呪の剣とは別の悪しき力が応えた。

邪悪な気配がブルーノの傍に集まってくる。


毒呪の剣を使用したことで魂が変質したからだろうか。

悪しき物を引き寄せる体質になっているようで、彼の握る鉄格子に灰黒色の光が小さく灯った。


『よし。まずはこの牢獄を吹き飛ばせ!』

『光、集え! 邪悪なる力は消滅!』


ブルーノが満足の笑みを浮かべたと同時に、アナベルは光魔法で彼に集う邪悪な力を消した。


「誰だっ! よくも私の邪魔を……おまえ、アナベル?!」


ブルーノは全霊を込めて集中していたのだろう。己の力を無効化されたことで初めて他者の存在を認識したようだ。俯けていた顔を上げ、アナベルと目が合うと愕然とした。


「ブルーノ……」


彼の八つ当たりの破壊を見過ごすことはできない。

それでも、その魂を覆い尽そうとしている死の呪いに関しては、黙って見ているのはなんだか気持ちが落ち着かなかった。

毒呪の剣自体はアナベルの魔法で破壊できた。が、それがもたらす呪いの解呪は敵わなかった。

しかし、今のアナベルは魔法力が満ちている。

もしかすると、月の欠片がなくとも呪いの解呪も自身の魔法で何とかなるかもしれない……。


「あの毒呪を受けて、なぜ生きているのだ! おまえのような邪悪な女が、この世に生きるなどおかしいだろうが!」


掴んだ鉄格子を揺さぶる勢いでブルーノが激しく叫んだ。その手は真っ黒で、首まで黒く染まっている。これは、顔も黒くなるのは時間の問題だろう。


「私も助からないと思ったのだけど、皆が助けてくれたのよ。あなたは、邪悪な力に二度と身を委ねてはいけない」

「私をこんな目に遭わせておいて、まだ邪魔をする。そんなおまえが安穏に生きるなど許せない。呪われろ、この疫病神め!」


ブルーノが悔しげに唸ると、漆黒の風がアナベルに向かってきた。

アナベルが払っても、まだブルーノに集おうとする邪悪な力があるようだ。力はそのままアナベルの全身に絡みつこうとするが、黄金の光に弾かれて霧散した。


「悪しき力があなたを好いて助けても、この程度では私を呪うことはできない。ブルーノ、私たちは血縁として生まれたというのに、少しも心が寄り添うことがなかったわね」


最初の顔合わせからして最悪で、そのまま悪感情のみを持って成長した。

交わす言葉はいつも冷たいものでしかなく、同じものを見て微笑み合うことは皆無だった。

でも、叶うことなら生きて罪を償ってほしい。

アナベルは、こそりと呪文を唱えず光の浄化魔法をかけてみる。

しかし、弾かれてしまう。

それでも諦めきれなくて、再度魔法を試みたところで祖父の囁きが耳元を撫でた。


【かわいい私のアナベル。己の力に慢心してはいけないよ】

「おじいちゃま……」

【いくらおまえが白黒両方を使える素晴らしき魔法使いであろうと、不可能なことは多くある。ましてや、創造神の恵みが必要な解呪は、人間に手が出せるようなものではないのだよ】

「……」


心に響くやさしい諭しに、アナベルはこくんと深くうなずいた。


「ちっ、偉そうに……」


ブルーノの忌々しげな舌打ちが耳を叩く。

アナベルが逸れていた意識を彼に戻すと、荒みきった目にギロりと睨まれた。


「なんだって一般市民の血が混じるおまえなどと、純粋な貴族の私が心を添わせねばならない。気持ちの悪い言葉を聞かせるな。おまえは私の人生を潰したことを、そこに這いつくばって詫びろ」


苛立たしげに床を指さすブルーノに、アナベルも低い声を返す。


「ではあなたも、命を奪った人たちに詫びて」

「寝言は寝て言え。邪魔者を殺して何が悪い。……ぐ、ごほ、ごほっ!」


まったく反省する様子もなく、堂々と最悪なことを言い放ったブルーノは、アナベルの睨む先で激しくせき込んだ。

黒い血が、口元を覆った彼の手にべったりとついた。


「毒呪の剣の呪いが、あなたの魂にまで食い込んでいる。私にそれを救う魔法はない」


命を助ける術がないと正直に伝えたアナベルに、ブルーノは取り乱すことはなかった。

口元の血を拭って払い落とすと、心の底から楽しそうな笑みを浮かべた。


「あははは。とんだ、白黒上級魔法使いだな。五百年ぶりにベリルに誕生した奇跡などともてはやされても、呪い一つ払えない。おまえのような役立たず、公爵はすぐに嫌って捨てるさ。ああ愉快だ。おまえから初めて気持ちいい話が聞けたよ」

「……」


アナベルの知る彼の性格からすると『死にたくない、なんとかしろ!』との声があがると思っていた。

自身を罵る内容よりもそちらのほうが意外で、黙って聞き入ってしまう。

それに、自分を相手に偽りでない朗らかな笑みを浮かべるブルーノを見るのも初めてで、アナベルはなんだか奇妙な心地だった。



ここからは、書籍にはない話となります。

ぽつぽつ続けます。

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